森の案内人
翌朝。
私とカイテルさんはメイソン家の屋敷から馬車に乗り、直接カレル森へ向かった。
リオとリアは、街を出るまで馬車に乗ってもらうことにした。
……さすがに、あの大きさで街中を走られたら大騒ぎになっちゃう。
二匹のホワイトウルフちゃんも一緒に乗ると、広々とした馬車でも窮屈になる。
だが、街を抜けた途端、二匹は
(オレタチ、ハシっていく!)
と唸り声を上げ、馬車が完全に止まる前だというのに、イキイキと飛び降りてしまった。
「き、気を付けてねーっ!」
私の声は風にさらわれて消えていった。
……さすがホワイトウルフちゃん。
久しぶりの森に行けるのが、よほど嬉しいみたいだ。
二匹の白い背中はあっという間に街道の先へ消えていった。
ガタゴトと揺れる馬車に乗り、王都を離れてしばらくすると、カレル森が見えてきた。
本当に王都のすぐ近くだ。
「カレル森って、本当に王都に近いですね。動物たちが街の人を襲ったりしないんですか?」
私の疑問に、カイテルさんは穏やかに答えてくれる。
「王都の外壁はとても頑丈に作られているんだ。百人以上の強化魔法の使い手が、外壁に魔法をかけている。
それに、警備騎士も常駐しているから、街は安全だ」
「なるほど……強化魔法って便利ですね」
私は思わず感心した。
「その魔法で、おじいちゃんの小屋の屋根も強化してもらいたいです。大雨が降ると、いつも雨漏りしちゃうんですよ」
カイテルさんは口元を押さえて笑いをこらえた。
「はは……そっか。大変なんだね」
……きっと、大貴族のカイテルさんには、雨漏りの面倒さなんて想像できないのだろうな。
カレル森の入り口に到着すると、カイテルさんが先に馬車を降り、私の手を取ってエスコートしてくれた。
そのとき、近くに人の気配を感じ、視線を向けた。
そこには、カイテルさんと同じような騎士の鎧を身に着けた三人の男が立っていた。
険しい表情で剣を構え、リオとリアと向き合っていた。
リオとリアは尻尾を激しく振りながら、
(ニンゲン、ぶっとばすゾッ!)
(コイッ!バカドモッ!)
と、やる気満々で鳴いていた。
……溜まってるわね、君たち。
「ちょ、ちょっと待って!リオ、リア!やめて!襲わないで!」
私は慌ててリオとリアの前に立った。
リオはすぐにつまらなそうな顔になり、尻尾を下げた。
リアは不満げに耳を伏せ、
(ナンデナノッ!?)
と唸る。
「この人たちは……カイテルさんのお友達――ですか?」
念のため、カイテルさんに向かって確認した。
「騎士だよ。大丈夫」
カイテルさんは、安心させるように小さく笑った。
「リオとリアに、襲わないよう伝えてくれる?」
「この人たちはカイテルさんのお友達だから、何もしないでね!」
二匹は不満そうに、
(つまらんっ!)
と唸った。
「タイラル隊長、おはようございます。騎士団本部、一番隊所属のカイテルです」
カイテルさんは、一人の男に向かってきちんと敬礼する。
「アーロン大臣の命令により、リーマを連れてきました。私とリーマ、そしてこの二匹のホワイトウルフも、本日の捜索に参加します」
……仕事モードのカイテルさん、初めて見た。
すごく新鮮で、すごく格好いい。
三人の騎士は顔を見合わせ、剣を鞘に収めた。
「おはようございます。騎士団本部、二番隊隊長のタイラルです」
タイラル隊長もきちんと敬礼を返す。
「話は聞いています。リーマさんですね。本日はよろしくお願いします。
そのホワイトウルフは……リーマさんの?」
「……え、えぇ」
「失礼しました。あまりにも勢いよく走ってきたもので、襲われるかと思いまして」
――まったくその通りです。
私が止めるのが一秒遅れていたら、確実に襲われていました。
……こちらこそ、失礼しました。
私は心の中でぺこりと頭を下げた。
「こちらこそよろしくお願いします」
「こちらの二名は、二番隊の隊員、アレックスとザインです」
タイラル隊長に紹介された二人の騎士は――
「……」
二人とも目を見開いたまま、私をじっと見つめていた。
……ん?なに?
私の顔に何かついているのかしら。
不安になって、そっと自分の頬に触れてみたけれど、特に何もない。
「えーと、よろしくお願いします……」
私が先に挨拶すると、
「おい」
タイラル隊長の低い声が飛んだ。
「……っ!はい!よろしくお願いします!」
二人は我に返ったように、慌てて声を揃えた。
……何だったんだろう。
そう思ってカイテルさんを見ると、カイテルさんはアレックスさんとザインさんを睨みつけていた。
さっきまで機嫌がよかったのに……
「リーマちゃん、俺が守るから安心してくださいね」
アレックスさんが、やけに馴れ馴れしく声をかけてくる。
「このホワイトウルフ、ペットなんだね?すごいなあ」
ザインさんも負けず、声をかけてきた。
(だれが、ペットだっ!)
リオが怒り始めた。
「ち、違います!ペットじゃありません!友達です!ね!?」
慌てて否定し、リオとリアに同意を求めた。
(そうだっ!ともだちだっ!)
リアは満足そうに鳴いた。
……この誇り高きホワイトウルフちゃんをペット扱いしたら、拗ねられるに決まっている。
馬車は森の入り口付近で止まり、ザインさんの隠蔽魔法によって姿を消した。
……魔法って、便利すぎない?
何でもありじゃんか……。
ちょっとムカつくんですけど……。
そうして、私たちはカレル森へと足を踏み入れ、捜索が始まった。
先頭を進むのはタイラル隊長。
左右に間隔を取りながら、アレックスさんとザインさんが音を立てないよう慎重に進む。
この森には凶暴な動物が多い。
それに、どこに人間が潜んでいるかも分からない。
「こちらの存在に気づかれないようにしないといけないんだ」
私の隣を歩くカイテルさんが小声で教えてくれた。
……問題は音を立てずに歩く訓練なんて、一切受けていない私にはそれが無理だということだ。
――カツッ、カツッ。
私が歩くたびに、森に響く。
もし私のせいで見つかってしまったら、そのときは……素直に謝ろう。
襲われたらごめんなさい。
リオとリアは、私を挟むように前後を歩きながら、イキイキと周囲を探っている。
完全に獲物探しの目だ。
今日は狩りじゃなくて、人間の捜索だって説明したんだけどな……。
まあ、ホワイトウルフちゃんだし、今日は好きにしてもらおう。
しばらく歩いても、森は静かだった。
虫の声はまったくない。
虫がいないのは助かるけれど、逆に不気味だ。
……西の辺境森だと、こんなことが一度もなかったのに、ここはまるで何かに追い払われたみたいだ。
ふと、視界の端に動くものが見えた。
視線を上げると、木の上で一匹の小さな動物が木の実をかじっていた。
……あれ?
見たことがない。
なんていう動物だろう。
仲良くできるかな?
――ヒュ――ッ!
私は、思わず口笛を吹いた。
動物は木の実をかじるのをやめ、音のした方をきょろきょろと見回した。
――ヒュ――――ッ!
もう一度、口笛を吹いて、大きく手を振った。
すると、その動物は私に気づき、すぐに木を降りて、こちらへ駆け寄ってきた。
私はその子をそっと抱き上げた。
茶色の短い毛並み。
腕は長いのに足は短い。
大きな瞳がきらきらと輝いている。
……小さくて可愛い。
そう言えば、虫の声はないのに、この子はまだ普通に木の上で木の実を食べていた。
……違いは何だろうか。
『ぐるぅぅぅぅっ!』(このチビッ!)
不思議に思ったとき、リアが羨ましそうに唸った。
リア、嫉妬しているみたいだ。
私はそっとリアの頭を撫でた。
「……どうしてキルモンキーが、リーマちゃんに……?」
アレックスさんが、首を傾げて呟いた。
「リーマさんの能力だ」
タイラル隊長が、端的に答えた。
「ここで見たことを誰にも言うな。これはアーロン大臣の命令だ」
「はいっ!」
アレックスさんとザインさんが元気よく答えた。
「リーマちゃん、すげぇ〜!可愛い〜!」
ザインさんは目を輝かせていた。
まあね~
「キルモンキーっていうの?初めて見たよ。可愛い〜」
褒めると、キルモンキーちゃんは両手で顔を隠し、もじもじし始めた。
……恥ずかしがり屋なのね。
私は思わずぎゅっと抱きしめた。
「この森に、人がたくさん来ているって聞いたんだけど……どこにいるか、分かる?」
そう尋ねると、キルモンキーちゃんは、東の方を指さし、
(アッチ、タクサン)
と鳴いた。
「あっちにいるのね。連れて行ってくれる?」
(イイヨ)
小さく頷いた。
私たちは再び歩き出し、キルモンキーちゃんの示す方向へ向かった。
「さすがリーマだね。キルモンキーまで手懐けるなんて」
カイテルさんは感心したように言った。
キルモンキーちゃんはかなり気性が荒く、どんな生き物でも襲うらしい。
けれど、この子はまだ幼く、生まれて数週間ほど。
だから、私たちに敵意を向けなかったのだそうだ。
――なるほど。
キルモンキーちゃんは強い子なのね。
だから、アレックスさんとザインさんは驚いていたのね。
……え?
じゃあ、弱い子たちはどこへ行ったのかな?
フクロウちゃんはもう他の森に逃げたのかしら。
キルモンキーちゃんを見つけたけれど、私たちは相変わらず、何も分かっていないわ。
キルモンキーちゃんは不安そうに何度も森の奥を見ていた。
その先に何があるのか。
きっと、もうすぐ分かる。




