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鋼色の青春  作者: 泉流計
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 僕は神がかった早業で会計を終え店を出た達也を、追いかけた。彼は小走りと言える速度で、もう既に店から数メートル離れた場所を歩いていた。

 僕は不思議だった。いくら美人とはいえ、理不尽にびんたされて公衆の面前で赤っ恥をかかされた相手にこうも夢中になれる達也の恋愛感覚がわからなかった。僕からすると考えられない。まあ確かに、相手はただの美人ではなく、「絶世の」美人なのだが。

 しかしいくら「絶世の」美人でも、中身があれでは、どうしようもない。少なくとも僕には無理だ。あんな高飛車な女は今まで出会ったことがない。それも、ただの高飛車ではない。「超」がつく高飛車だ。

 だが何を言っても、達也には無駄だろう。彼女が「超」がつく高飛車ならば、彼は「超」がつく面食いなのだ。そんな彼をいくら僕が制止しても、それは詮無きことと諦めるしかなかった。

 達也の歩行速度は尋常でなく、僕はその背に追いすがるのがやっとだった。

 王女に向かって達也は一直線に歩く。今の彼の目には、王女以外何者も映っていないに違いない。周りにいる学生たちの、誰一人として映っていないに違いない。どこまで自分に素直なんだ、こいつは。

 王女との距離は、見る見る縮まっていった。そして、二度目の対面と相成ったのだった。

 達也に目の前に立ち塞がられ、王女は足を止めた。

「やあ」

達也は屈託無く彼女に声をかけた。あんなことがあったのに、懇切丁寧な感じ極まりなかった。

 王女は、一瞬達也の顔を凝視したかと思うと、すっと顔をそらし、彼の横を通り過ぎた。僕の横も通り過ぎた。

 達也は狐につままれたように立ち尽くした。だが、気を取り直し、ちょっと走って王女の前に回った。行く手を阻まれ彼女はまた立ち止まった。

「やあ」

王女は眉一つ動かさなかった。そして再び達也の横を通り過ぎようと歩き始めた。

 その動きを見て取って、達也は王女を通せんぼした。

 一瞬止まった王女は何も言わずに達也を抜き去ろうとした。

 すかさず達也はその前に回る。

 逆から抜こうとする。回る。また逆から抜こうとする。回る。

 王女は立ったまま動かなくなった。

「どうして無視するんだよ」

達也は哀願するような調子で彼女にそう声をかけた。すると王女は、微塵も動揺の色を見せずに、成人式の日に聞いたのと同じソプラノで、こう言った。

「あなた誰」

 達也は固まった。僕も固まった。なんだ、こいつは。記憶喪失の癖があるのか。

「い、いや、この前言ったじゃないか、冗談だろ」

達也は動揺のためか、あからさまにどもりながらそう言った。見ると、彼の顔には苦笑が浮かんでいる。

「なによ! あたしに意見する気!」

怒声が耳をつんざいた。驚いて王女を見る。彼女の頬には、この前の時同様、痙攣が走っていた。頬の筋肉がぴくぴく動いている。

「え……あ……その……」

いわれもなく怒鳴られた達也は、体側に沿って両手をせわしなく上下させ、ひどくたじろいだ。周囲の学生たちが、何事かとこちらを見ている。

「あ……その……ご、ごめんなさい」

叱られた子供のように、達也は小さくなって頭を下げた。

 王女は何も言わず、こころもち首を上に傾けて、下目遣いに達也を見下げた。その態度は、「何て言ったの、聞こえないわ」とでも言うかのようだった。

「あ……う……」

そんな王女を見て、達也は目をきょろきょろさせた。狼狽が一層激しくなっていた。

「ご、ごめんなさい」

何も悪いことはしてないのに彼はまたしても謝った。

 王女は全く動かない。呼吸すらしていないかのように静かだ。それでいて、瞳は、眼前の達也の顔をしっかりと捉えている。

「す、すみませんでした!」

一際大きな声で、達也はそう言いながら腰を折って深々と頭を下げた。周りにいる何人かの学生が、その光景を立ち止まって眺めている。

 ようやく納得したのか、王女は上に傾けていた首を元に戻し、冷静な声音でこう言い放った。

「あたしにかまわないで」

自分の声が達也の耳に入るのを見届けるかのように一瞬間をあけてから、王女はゆっくりと達也の横を通り過ぎた。

 その時、またしても僕と王女は、刹那、目が合った。

 その目は、道端に落ちている何の変哲もない石ころを見るような目だった。そこには何の興味も、何の感情も見出せなかった。王女はすぐに目をそらした。

 僕は振り返って王女の後ろ姿を見た。しっかりとした足取りで歩き去っていく。まるで誰にも会わなかったかのように、何事もなかったかのように。

 とんでもない女だな。僕はそう思った。

 達也を見た。彼も、去り行く王女を無言のまま見送っていた。

 やがて彼女が見えなくなると、彼は僕に向かって、「俺、何か言ったか」と呟いた。僕は、両手を肩の高さまで上げて首をかしげ、「さあ」と答えた。本当に、「さあ」だった。なぜ彼女が怒ったのか、意味不明だった。

 右足の付け根の辺りに細かな振動を感じた。ポケットを探って携帯電話を取り出し画面を見る。そこには、「横島先生」とあった。

 何だろうと思いながら、僕は電話に出た。

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