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鋼色の青春  作者: 泉流計
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「……そこでこの小説の作者、かの有名な国定宏樹氏が言うにはぁ!」

部室いっぱい、それどころか外にまで聞こえているに相違ない、怒声と言っても差し支えない程の大音声が轟く。それにしても、だみ声だ。

「ここで比喩を使ってだねえ、それがまた見事と言うしかないシロモノであってぇ!」

文芸部部長の北野の声は、とにかくでかい。彼は週一回ここで開催される「講演」において、ひたすら張り切る。

 別に誰かがしてくれと頼んでいるわけでもないのに、自分が部長であるというその一事でもってして、彼は彼独自の文芸論の「講演」を、半ば強制的に僕たちに聞かせている。こんな風に怒鳴り散らされるのは、はっきり言って不快だった。僕がこう感じるのも無理もない話だろう。だって、大して中身もないことをさも物凄いことであるかのように威張って言う、言うだけならまだしも、常人なら考えられないような音量で威圧的居丈高な態度で喋る。普通の感覚の人間なら、誰だって嫌な気分になってしまう。これは、絶対的な事実のように思える。

 以前北野にやんわりと、もう少し音量を下げてくれないか、と、一応相手は部長なので下から進言したのだが、

「なんだチミは、吾輩の話が聞けないっていうのかい、えぇ! 吾輩は部長である。これは、吾輩は猫であるということと一緒なのだよわかるかねチミえぇ! 部長の話が聞けないなんて、チミそれでもチミは小説を志す者なのかい!」

と、まあ、こんなことを言われた。

 だめだこりゃ、と呆れてしまった僕は、その次の日から文芸部に顔を出すことをやめた。

 それから数ヶ月経って、今日、久しぶりにここに来てしまった。ここにいる誰にも理解されない、誰にも認められない、それはわかっている。なのに僕はここにいる。自分でもよくわからないが、たぶん人って、引き合うように出来ているんだと思う。地球に引力があってそれが万物を地表にはりつけようとしているように、人にも、互いに引力のような目には見えない力があって、それが無理矢理に引き合わせるのではないか。あくまで僕の持論だけど。

 それに、僕は淡い期待を抱いていた。あれから数ヶ月経つ。もしかしたら、北野も変わっているんじゃないか。北野だけじゃなく、溝口も井手も、変わっているんじゃないか。

 そんな期待が、僕をこの文芸部の部室へと足を向かわせたのだった。

 しかし、僕の期待は、見事に裏切られた。北野は依然として聞いている者の胸をむかつかせるような声を、これ見よがしに出し続けているし、その北野の右隣に座っている溝口は北野の言っていることを聞いているのかいないのか、どこか遠くの方角に目を向けてむすっと黙り込んでいるし、北野の左隣に座っている井手は、へらへらと薄ら笑いを浮かべながら僕を見ている。

 この席の配置も、なんだかおかしかった。僕が部屋に入って「久しぶり」と声をかけて井手の隣に腰をかけると、井手はすぐさま、席を立って向かいにいる北野の左に、よいしょなり、と言いながら座ったのだった。丁度、北野、溝口、井手の三人と僕とが向かい合う形になっていた。

 そして今に至り、北野は五月蝿い。こんな不快な声をどうして出せるのかと不思議に思う。

「とまあこういうわけで、吾輩にはこの作品が素晴らしいものだと考えられるわけであったりするのであーる!」

北野は目に見えてふんぞり返った。

「さっすがは部長なりぃー、見事にこの小説のキモを堪能させていただきましたなりぃー」

井手が、へらへらへらっとしながら歓声をあげた。

「うむ。見事でござる」

溝口は腕を組んで、神妙にそう言った。よく見ると、鼻水を垂らしている。

「はっはっはっ、いやいや」

あからさまなお世辞に北野はまんざらでもない様子だった。

「どうかね、本城。何か言いたいことはあるかね?」

北野が、どうだ、と言わんばかりに威張った態度で、僕にそう問いかけた。

 僕は溜め息をついた。北野の目は物語っていた。「俺は一番だ、俺は最強だ、俺は素晴らしいんだ、こんな俺を認めない世間は馬鹿だ、俺はかっこいいんだ」

 全く、変わらない。変わろうという気さえ起こっていない。エゴイストがここにいる。だめだ。こいつには、何を言っても無駄だ。僕は、ここに来たことを後悔していた。

「……いや、特に何も……」

「全く久しぶりに来たと思ったら、吾輩の論にぐうの音も出とらんじゃないか、ここ数ヶ月間、どこで何をしとったんだ、えぇ! どこで無駄な時間を過ごしてきたんだ、えぇ!」

がっはっはっは、と北野は、かばのような笑い声をあげた。

「そうなりぃー、無駄なりぃー、この分じゃ、本城の書く小説は、またまたくそつまらないものなりぃー」

以前ここで、僕は自分の書いた小説を三人に読ませたことがあった。評価は散々だった。彼らに言わせると、僕の小説は、「幼稚」らしかった。

「うむ、くそつまらんでござる」

溝口が腕組みを解かずに続く。当然鼻水は彼の鼻の下に光ったままなのだが、本人は気付かないのだろうか。もしかして、わざと?

 三人の書いた小説を、僕は読んだことがあった。

 読めたものではなかった。

 文章はめちゃくちゃで、比喩は的外れで、物語は筋が通っていなかった。箸にも棒にもかかっていなかった。はっきり言って、小学生でももう少しマシなものが書ける。読むのに苦痛さえ感じた。

 だが、僕は、そうは言わなかった。三人が三人共、「自分の書いた小説は素晴らしい」と思い込んでいるのが見え見えだったので、言う気が失せたのだ。

 小説を書くにあたって自惚れが大事であることは確かだ。しかしその自惚れは、下手をするととんでもない落とし穴を作り出す。三人は、自らが作った穴に入り込み、それが小説道において正しい状態だと信じ込んでしまっていた。そんな書き手には、何を言っても通じない。この三人は、文章がどうとかいう以前に、まず、意識レベルからの変革が必要であるように思えた。

 そして三人は、僕が何も言わなかったのを見てとるや、自分の小説が本城を黙らせた即ち自分が勝った、と思い込み、それから明らかに僕を見下す態度をとり始めた。

 いじめとはまた違った。この三人は、僕を自分達より下だと決め付けているだけだった。彼らの論理で。

「ていうか、本城はなんでここに来るなりかぁー。ここは、小説の才能のある人間しか来てはいけないところなりぃー」

一体どこから声を出しているんだ、と尋ねたくなる声で、井手がそう言った。

「左様。いっつも澄ました顔で黙りこくり、自分の無知と才能の無さを誤魔化すお主はここに来てはいけないのでござるよ」

きらきら光る鼻水をすすりもせず溝口がそう言ったが、「それはお前だろ」と言いたいのを堪えるのに僕は必死だった。こいつらは、喋ることで自分に酔い、自分はすごいと勘違いしている。物書きにしゃべりは不要だ。ただ、作品の中で、表せばそれで良い。

「吾輩もそう思っていたところである!」

北野が続く。声がでかい。でかい声を出しゃあ何とかなると思っているのだろう。

 僕は、もうめんどくさくなって、席を立った。この場所に僕はお呼びでないらしい。

「何だ、帰るのか? 負け犬のように、尻尾を巻いて帰るのか? 全くこれだから小説をわかってない下手の横好きは」

北野が口角を上げてにんまりと嗤った。この男には、どこまでいっても自惚れしかない。

「帰るなりぃー帰るなりぃー。貴公子本城様のお帰りなりぃー」

井手が囃し立てる。

「帰れ帰れ。負け犬は帰れ」

組んでいた腕を解いて溝口が、犬を追い払うかのようにしっしと片手を振りながら言った。眩しい鼻水だった。

 悔しいが、僕は何も言わなかった。心底うんざりしていた。こんな所に来ようと決めた数時間前の自分を呪った。

 ドアを開け、外に出て、後ろ手にドアを閉めようとする。

 げへへへ、という三人の、僕に対する嘲笑いが背中に聞こえたが、僕は気にしないようにしてドアを完全に閉め切った。

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