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リビングの掛け時計が午後八時を指した。ケイは、先程から風呂に入っている。風呂に入る際彼女は僕に「絶対覗かないでよ! いい? 絶対だからね! 覗いたら承知しないからね!」としつこく言ってきたので、僕は、はいはいと答えた。言われなくとも誰が覗くか、お前のような女の裸など見たくもない。
手持ち無沙汰になって、僕はテレビをつけた。最近流行っている韓流ドラマが映った。時代物らしく、出演者は皆古めかしい格好をしていた。
そうだ、と、僕は思い出した。実家に電話しなければ。今頃心配しているに違いない。
携帯電話を取り出し、電話帳から「母」を呼び出すと電話をかけた。二、三回の呼び出し音の後、母が出た。
「はい、もしもし」
「あ、母さん。僕だよ」
「ああ、修。どうしたの?」
僕は母の応答に違和感を覚えた。いつもならば、この時間まで帰らなかったら、母は心配する。特に僕は一人息子だ。大事にされている。
それが一体どういうわけか、今の母の反応は、心配している人間がするものではなかった。「突然のありもしない電話に少々戸惑っています」とでも形容できそうな感じだった。
「実はさあ、今日、泊まることになったから」
「はあ」
間の抜けた声だった。それがどうしたの、が、間違いなく省略されている。
「えっと……うーん……」
母の意外な反応に動揺を隠せず、僕はそう唸り声をあげた。
「ペンハウスでしょ?」
事も無げに母はそう言った。
「え?」
「聞いたわよ、さっき、横島先生から。電話があったのよ。大学の企画だそうね、選ばれるなんて、あんた、すごいじゃない。家のことは心配ないから、そっちで頑張んなさい。お父さんだって反対しないわ」
母はそう言って、電話越しにケラケラ笑った。
「違うんだよ、母さん、実は一人じゃなくてさ」
「ええ、知ってるわよ、津島さんって子と二人で住むのよね。いいわねー、なんか、同棲みたいじゃない。母さんそんなのしたことなかったなあ」
母はうっとりとした声を出した。いやいやいやいや、母さん、問題はその女なんだよ。
「母さん、そのつし」
「一緒に住むのは構いませんけど、あんた、津島さんを泣かせちゃだめよ。女の子なんだから優しくしてあげなさいね」
あのケイを僕が泣かす? あのケイを? 泣かされるのは僕の方だ。
「荷物は近々また取りに来なさいね。それじゃ、母さん、今ドラマ観てるから。ちゃんと食べるのよ。じゃあね」
電話は一方的に切れてしまった。かすかに聞こえていた音声から判断すると、今テレビに映っているチャンネルと母の言った「ドラマ」とは、同じらしかった。
携帯電話片手に、僕は全身が脱力するのを感じた。愚痴ることもできないのか、と、思った。
浴室から、ドアの開く音が聞こえてきた。ケイだった。鼻歌が聞こえる。どうやら、こんな僕を他所にして、王女は上機嫌のようだった。




