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鋼色の青春  作者: 泉流計
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 こうして、僕とケイとの、同棲と言っても過言ではない共同生活が始まった。結局家事は、全部、僕がすることになった。反論しようとしたが、取り付く島もなかった。

 下の名前の漢字を聞いていないと思い、彼女に尋ねたが、例のごとく「どうしてあんたに教えなきゃなんないのよ」と言われ、「一緒に暮らすんだから教えてくれてもいいだろう」と返したところ、「何よ! あたしに意見する気!」とまた叫び出したので、名前を聞くのは諦めた。

 料理をするのも当然僕の役目だった。冷蔵庫の中には、肉や野菜などがびっしり詰まっており、ケイが用意したのかと一瞬思ったが、あのケイがそんな気の利いたことをするはずがないと思った。きっと初めからあったのだろう。

 家でろくに料理をしたことがなかった僕は、慣れない手つきで包丁を扱い、フライパンに油を垂らした。切った食材をそこに入れ、火をつける。

 食材から染み出た水と油とが混ざり合い、フライパンの中でぱちぱちと音を立てる。まんべんなく火が行き渡るように、右手でフライパンを前後左右に動かす。

 ふと気になってリビングのソファに腰掛けているケイを横目で見遣る。彼女は静かに本を読んでいた。文庫本だった。本にはカバーがかけてあり、何の本なのかはわからない。小説かもしれないし、エッセイなのかもしれない。フライパンを動かしながら、ケイに聞こえる程度の大きさの声を出した。

「何を読ん」

「教えない」

本から目を離すことなく彼女は即座にそう答えた。そう言われた以上何を言っても無駄だと悟った僕は、フライパンに目を落として料理に専念することにした。自分が言い終える前に拒絶の返事をされて多少いらついたが、気にしないように努めた。無視されるよりはましだと自分に言い聞かせた。

 炒め終わり、出来上がったものを皿に盛り付け、丸テーブルに持っていく。そしてまたキッチンに戻り、流しの下にあったご飯のパックを二つ取り出すと、蓋をはがしてレンジに入れた。スタートボタンを押した一分後、ほかほかの暖かいご飯が出来上がった。それらをレンジから出して丸テーブルの上に置いた。

「ケイ、出来たぞ」

熱心に本を読んでいるケイに向かってそう言った。彼女は本をソファの上に置き、無言で食卓についた。

 何だよ返事もしねーのかよ、作ったのは僕なのに、と、僕はケイの態度を苦々しく思った。しかし、何も言わなかった。

 彼女の向かいの席に座り、箸を持ってまずはご飯を食べることにした。少量つまんで、開けた口に持っていく。しかしその時、

「いただきます」

という声が聞こえた。向かいに座るケイに顔を向ける。

 彼女は、胸の前で手を合わせ、一礼していた。そして顔を上げ、何事も無いように食事を始めた。

 僕は驚いた。自分の目を疑った。と同時に、自分がいただきますを言ってなかったことに思い当たり、慌ててご飯を戻すと「いただきます」と言った。

 ケイは、黙々と食事している。僕は箸を動かすのも忘れ、信じられない思いでそんな彼女を凝視した。

 するとケイは、僕の視線に気が付いたのか、テーブルの上から目を上げて、馬鹿にしたような口ぶりでこう言った。

「あんたに言ったんじゃないからね」

不意を突かれて、はっ、となり、僕は目を泳がせた。自分に言われたと勘違いしていたことが恥ずかしくなった。目を伏せるように俯いて僕は再びご飯をつまみ上げた。

 食事の間中、ケイは一言も言葉を発さなかった。一方僕は、いけ好かない奴とはいえ女の子と食事するのは生まれて初めてだったので、何だか気まずくなり、幾度かケイに話しかけようと顔を上げたが、彼女は僕などまるで眼中に無いらしくただ食べ物を口に運ぶことに集中していたので、話しかけるのを止めた。箸と食器とがぶつかる音だけが、空しく響いた。

 先に食事を終えたのはケイだった。彼女は、僕がまだ半分も食べていないのに、自分に与えられた全ての食事をたいらげ、「ごちそうさまでした」と誰にともなく言って食べ始めと同じように一礼した。そして、ふうっと息をつくと、「とーへん、お茶」と言った。

 とーへんって何だ、と、僕は箸を止めて一瞬考えたが、ああ、とーへんぼく略してとーへんかと思い至った。すなわち僕のことだった。

「お茶、早く」

ポケットから取り出したハンカチで丁寧に口を拭きながら、彼女は平然とそう言った。

 どうやら反論の余地はなさそうだ。そう理解した僕は、こっちはまだ食べてるのに自分でやれよ、とぶつぶつ文句を言いながらもキッチンに向かい、冷蔵庫にあるウーロン茶をコップに注いで彼女の元へ届けた。その時彼女は「これからはお茶も用意しといて」と僕に言いつけた。僕は何も答えなかった。沈黙だけが、ささやかな抵抗だった。

 お茶を飲み終えると、ケイは席を立ち、ソファに向かった。そこに腰を下ろし、置いてあったさっきの本を取って続きを読み始めた。

 何だ殆ど食後の休み取ってないじゃないか、と、僕はそう思った。僕などは、食べ終わった後三十分は動けない人間だった。どういう神経してんだよこの女は。

 首を傾げて席に戻り、僕は食事を続けた。

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