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番外編という名のリハビリ文章 冒険者編(前編)

リハビリSS

 ゴーディン王国の王都の一角には、ストリートチルドレンが集まって生活しているコロニーがある。

 廃屋を利用した辛うじて雨露を凌げる程度の拠点を中心に、王都の北部を縄張りに活動している。

 主な活動は、旅行者や冒険者を相手にした小物を売ったり、荷物持ちなどの小間使い的な仕事や、場合によっては自分たちで郊外にあるダンジョンに潜ったりしている。

 それらの収入によって彼らは生計を立て、日々を生き抜いていた。

 自活した生活を送っている点で、ただの物乞いや浮浪者達とはこの子供達は一線を画している。

 その最大の要因であり功労者は集団のリーダー、エドだ。

 彼の大人顔負けの知識と技術と戦闘力で、子供だけしか居ないこの集団を地元でも一目置かれる存在にまで押し上げたのだ。

 が、そのエドは今、非常な困難に直面していた。

 日に焼けた褐色の肌を滑り落ちる脂汗が、頬を伝って落ちてゆく。



「もう一度お願いできますか? あなたは俺たちに何をして欲しいんですって?」

「ダンジョンに連れてって欲しい」



 目の前に座っている白銀に近い薄い蒼色の髪をした子供は、少女特有の高い声でそうエドに告げる。


「ダンジョンね。郊外にあるあのダンジョンでいいんですか?」

「手近な場所にあるのは、そこだけらしいからね。ぎりぎり日帰り出来る距離にあるって聞いてるよ」



 確かに行って帰ってくるだけなら、十分に日帰りで行けるし、そんな深くまで潜らないのであれば、ダンジョンの中だって入れるだろう。

 だが、それは冒険に熟練した人間での話であって、間違ってもどこかのお貴族様が物見遊山で行けるような場所では無い。

 ましてや目の前に居るのは男の格好をしてはいるが、間違いなく自分と同じくらいの年齢の少女である。

 絶対に帰ってこれない自信がエドにはあった。



「悪いけど無理ですよ」

「えっ!? なんで?」

「逆に聞くけど、なんで行けると思ったんです?」

「だって、ボーマンが日帰りで行けるダンジョンだって教えてくれたから……」

「実行する人間が自分だと、そのボーマンさんとやらに伝えたんですかね?」

「……い、いえ……」



 はぁ、と大きなため息をついてうなだれるエド。

 脂汗をだらだらと流しながら、針の筵の上にでも座っているかのようなお貴族様の子息。

 貴族特有の傲慢さがないのはとても好感が持てるのだが、自己のプランに対する計画性が皆無という時点でお近づきになりたくない手合いである。

 万が一、行った先でトラブルに巻き込まれたら、この少女の親に睨まれてしまう。

 そうなれば大きな権力の後ろ盾が無い自分たちなんて吹けば飛んでしまうだろう。

 絶対に受けてはいけない案件である。



「それに貴方は、原生林の踏破経験はありますか?」

「あ、前の学校で林間学校行った時、山の中を4時間くらい歩き回ってました! だから山道や森の中はそれなりには歩けると思うんですよ」

「その時は従者とか居たんでしょう?」

「従者? あぁ、付き添いの人? はぐれてたから、山ん中歩いている時は一人でした。えへへへ」



 林間学校が何かは分からないのだが、概ね内容は理解できた。

 つまりはこの子は冒険するには無能すぎると。

 結論が出たところで、お引き取り願おうと席を立つ。

 それを見た貴族の子は、慌てて懐から一枚の金貨をテーブルの上に叩き付けた。



「ぼ、ボクがバイトして貯めたお金です。こ、これでどうかっ!!」

「……」



 金貨。

 エドは今まで金貨などという物には一切縁が無かった。

 日々の稼ぎですべて消えてゆくから蓄財なんてなかったし、蓄えるとしたら銭では無く食料である。

 故に今まで生きてきた中で見た一番高価な貨幣は銀貨までだった。

 この金貨一枚あれば、向こう半年は楽に暮らせる。

 年下の子供達に、清潔な下着を買ってやれるかもしれない。

 古びた冒険用の道具をいくつか買い換えられるだろう。

 寝床の毛布ももう少し買い足したいし、女の子用の下着だって買ってやれる。

 一瞬の間に、金貨の使い道がエドの頭の中を駆け巡った。

 だが、しかし、あまりにリスキーだ。

 何か失敗してしまったとき、どうやって逃げ延びたら良いのか。

 そもそもこの子はどの貴族の子供なんだ?



「うわぁ、これ本物? 本物の金貨?」



 お茶のお替わりと新しいお茶請けを持ってきたナユラが金貨を手にとって舐め回すように眺める。

 ナユラの姿を見て、ニヤリと笑う貴族の子供。



「本物です。ボクがこの2週間で稼いだお金なんですよ。もう2週間あれば、さらに金貨を1枚は用意できます! ふふふ、誰はばかる事無く使える正真正銘、ボクのお小遣いです」

「えぇぇ! 金貨全部で2枚も!?」

「満足いくダンジョン日帰り旅行に連れて行ってくれるのであれば、ですけれど」

「エド、エド、エド!!! 受けようよ、この依頼! もうね、この上客を他に取られるなんて馬鹿のすることよ!!」



 金貨を突っ返そうにも、すでにナユラが懐にしまい込んでしまって取り返せそうにも無い。

 エドは仕方ないのでふっかける事で相手の交渉意思を挫く方向へと舵を切る。



「分かった。だが色々と付けたい注文があります。日帰りでは無くて、1泊2日。俺たちの他にあなたの面倒を見てくれる人を最低2人は用意して欲しい。もちろん、俺たちの足を引っ張らない人材でないと受け入れられない」

「い、1泊2日かぁ……、な、なんとか頑張ってみる。あと、同行者2名はどうしても居なきゃ駄目?」

「あぁ、駄目ですね。俺たちにはあなたの身の回りの世話なんて出来ませんからね。それに万一を考えてあんた自身の護衛は必要でしょう?」

「別に身の回りの世話なんて自分で出来るから――」

「自分で自分の身を守れるんです?」

「……守れません」



 エドの突っ込みに、力なく項垂れる少女。

 やはり、自分の身内にバレたくないらしい。

 この線で攻めればあきらめるか、あるいは条件をクリアできないという事で契約自体を破棄できる。

 むしろ後者なら、違約金としてこの金貨を掠め取ることだって出来るだろう。

 この善良そうな子供には悪いが、生活の事を考えたら違約金を取る方向で話を進めるべきだとエドは冷静に判断する。



「なら、誰か連れてきてください。基本俺たちは水先案内人であって、あなたのお守りが出来るほど教養も礼儀作法も知らないんですよ」

「む、むぅ。礼儀作法なんて気にしないのに……」

「出来ないなら、話は無かった事に。あるいは、一旦正式に依頼を受けた後、取り決めに違反する行為があれば、違約金としてこの金貨は没収。あと、依頼報酬は前金で金貨1枚、成功時で金貨2枚の合計金貨3枚ってことでよろしく」

「えー、よ、3枚? それは流石に高くない?」

「嫌ならいいんですよ? 正規のギルドを通して依頼を流せばいい話だし、なにもモグリの俺たちを頼る必要も無いですよね」

「う、うぅ、痛いところを……。じゃあ、それで。あと後払いは冒険帰ってから2週間後に支払うってことでもいい?」

「2週間後ですか。……まあいいでしょう。そっちからの注文はなにかありますか?」

「ギルド関係の人には絶対に漏れないように。あと、北町の会長さんにも極力バレないようにしてね」

「町会長となんかあったんです? 揉め事は避けたいんですけれど」

「あ、いや、揉めてなんていないけど、バレたらいろんな横やりが入りそうでヤダなんだよね」

「なんとなく胡散臭いけど、一応信用しときます。違約があれば前金没収ですからね?」

「う、うん、わかった」



 いくつか必要装備を伝えて後、少女は俺たちの家を出て行った。

 エドがなんとなく彼女の後ろ姿を2階の窓から覗いていると、彼女に気付かれないように複数人の人影が護衛しているのが見えた。

 彼らは他人の目は一切気にせず、少女にバレないようにだけ動いているようだ。

 なるほど、箱入り娘を心配する親の配慮だろう。

 面倒くさそうな背景が見え隠れすることに、エドは思いっきりため息をついた。

 


 それから何度か彼女と打ち合わせを行い、同行するという少年と侍女っぽい人と顔合わせもし、装備の確認も終わり、あとは当日を待つだけとなった。

 案内人はエドを含めた冒険有資格者4名。依頼主側は、あの少女と少年、侍女の3人。

 合計7人のパーティーなので、足には荷馬車を用意して、万一の場合に備えて多少の食料、武器、薬品も積み込んでおく。

 前金だけをもらうつもりであったのだが、以外にもこちらの条件をクリアしてきて、行かないわけにはいかなくなた。大誤算であった。

 後は、いかに無事この依頼をこなすかに全身全霊をかけるべきであろう、とエドは金貨を磨くナユラを眺めながら腹を決めた。



 そして当日。

 待ち合わせ場所の駅馬車広場にて、総勢7名のパーティーが集まった。

 薄蒼の銀髪少女、スワジクというらしい。

 そしてその侍女らしき年上の女性、ミーシャさん。一応護身程度の武術は身につけているらしい。

 彼女たちの護衛役の少年、ボーマン。装備や態度からそれなりに場数を踏んだ冒険者と見受けられる。

 主従関係にあるはずなのだが、どうにも彼らの会話を聞いていると仲の良い友達同士という風にしか見えない。

 もちろん、口調も態度もスワジクを立てているのだが、なんというか発言内容に遠慮が無い。

 だがそれはスワジクを侮っているのではなく、本当に心を許せるからの発言なのだろうと直ぐに理解できる。

 エドは3人のやり取りを聞き流しながら、装備の再チェックに余念が無い。

 現地に行ってから持ってくるのを忘れましたでは済まされない。

 そこへスワジクの護衛のボーマンがやってくる。



「結構いろいろ積み込んでるんだな」

「ええ、万が一ってことも想定しておかないと、ダンジョンでは何があるか分かりませんからね」

「慎重なんだな」

「貴族様の水先案内ですからね、慎重にもなりますよ」



 メンバーがそれぞれ問題ない事を報告に来たところで、エドはボーマンに出発したいと伝える。

 ボーマンは分かったと短く答えると、ミーシャにねちねちと小言?をいわれ続けているスワジクの元へと向かった。

 


「うわぁ、王都の外ってこんな感じなんだ! 凄い感動!!」

 


 王都の城門を抜けて外に出るなり、スワジクは興奮気味に周囲の景色を見て感嘆の声を上げる。

 なんてことの無いただの平原なのだが、箱入り娘のスワジクには新鮮なのだろうとエドは勝手に解釈した。



「地平線なんてテレビでしか見た事無かったよ!」

「ひ……お嬢様、興奮しすぎです。あとテレビってなんですか?」

「あ、テレビってね、家に居ながら違う場所の映像が見える機械のことなんだよ」

「便利な物ですね」

「まぁ、便利っちゃ便利だけど、見たい番組がないとただの箱だしねー」



 などと意味不明な会話を繰り返しながら、一行は目的地である草原の主の洞へと向かった。

 道中、スワジクが原生動物に興奮して馬車から落ちそうになった意外は特段問題も無く目的地へと到着した。

 うっそうと生い茂る立木の中に、その洞の入り口はある。

 町を出たのが朝方で、到着が昼過ぎ。まぁ、順調な方だった。

 この洞が初心者用の洞で、道もある程度整備されていたから馬車でここまで来れた。本当ならこんな整備された道も無ければ、馬車で移動できるはずも無い。

 森の外縁からここまでくるだけでも、歩いてならスワジクが居れば日が暮れていただろう。



「じゃあ、先に野営の準備を始めます」

「はいはい! テント張りたいです!!」



 元気に手を上げるスワジク。

 何もかも案内人任せっていう他の貴族様よりは好感が持てるが、そもそもテントの立て方を知っているのか?

 そういう疑念を込めた視線をスワジクに向けると、隣にいたナユラがぼそりと呟く・



「やらせてみればいいんじゃない? 出来ても出来なくても満足すれば大人しくするでしょ」

「そうかも知れないが、倍時間がかかる」

「金貨のためだよ。サービス、サービス♪」

「あ-、そういう考え方もあるのか」



 エドの指示の元、スワジクとエドの仲間達でテント設営が成されてゆく。

 意外にスワジクは協調性があり、思ったほど設営に掛かった時間は長くなかった。

 そしてテント設営が終わったら、薪拾いに行ってくると意気揚々ボーマンを連れて森の中へ入っていた。

 このあと洞に潜るんだが、体力は持つのだろうかとエドは少し不安になった。

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