⑱ ヴィヴァルディ
その頃のアントニオ・ヴィヴァルディは、32歳。
教会の司祭の仕事はサボり気味で、作曲に没頭しつつ、ピエタ養育院のヴァイオリン教師として、腕を振るっていた。女子ばかりの彼の教え子が催す、ヴァイオリンのコンサートは、評判を呼び、連日超満員の人気ぶりだった。
また、彼自身の作曲集も、世間から高い評価を受けており、翌年には作曲集"調和の霊感"が、当時のベストセラーとなったのである。ヴァイオリン演奏が大好きな、サン・ジェルマンの興味を引いたのも、頷ける事であった。
その日の夜、彼は行きつけのバーのカウンターに座り、一人で酒を飲んでいた。別に司祭だからといって、アルコールは禁じられてはいないのである。ただ呑み過ぎについては、戒められているのだが……。
すると、後から店に入って来た女が、彼の隣の席に座った。その女は、あまり見かけないデザインの、黄色い服を着ていた。それに頭髪も黒く、やけに短い。まるで修道女のようだ。よく見ると、顔つきも独特だ。東洋人か?なかなかエキゾチックで魅力的だ。
「今晩は。お隣、よろしいかしら?」
その女は言った。
「……ああ、もちろん。構わないですよ。」
女に見惚れていた彼は、慌てて返事をした。
「彼と同じモノを。」
その女は、まだブランド化される以前の、トスカーナ地方の赤ワインを、バーテンダーに注文した。
「……ああ彼にも、もう一杯あげて。私の奢りよ。」
「え、そんな、今会ったばかりなのに……。」
「……まあイイじゃないの。貴方、アントニオ・ヴィヴァルディさんでしょ?私、貴方のファン……信奉者なの。貴方の作曲の才能と演奏に対して、とてもリスペクトしておりますのよ。」
「……そりゃあ、どうも。」
酒の席で女に褒められて、悪い気がするオトコは居ない。
「お寛ぎのところ、大変申し訳無いんだけど、貴方の神のような、作曲の秘密を、是非、御教授いただきたいわ。何かコツのようなモノが、有るのかしら?」
「……なんの、なんの。特別なコツなど無いのですよ。ただ、ボンヤリしていると、メロディやリズムが降って来るのです。」
少し酔いの回って来たヴィヴァルディは、語り出した。
「……降って来るって、天から?もしかして貴方、本当に、神様からアイデアを授かっているの?」
「いやいや、そんなんじゃありませんよ。何と言うか……もっと、図書館のようなイメージの場所から……。」




