③逃亡
彼女は剣先を下ろさないまま、わずかに唇を震わせた。
「壊れる……?私が?」
「違う、そうじゃない」私は一歩、彼女へ近づいた。
「お前の心だ。
ここに居続けたら、戦って、命令されて、誰かを憎むふりをし続けて……その心が、いつか本当に壊れる」
沈黙。
廃工場の天井から、ポタリと水滴が落ちる音だけが響く。
彼女は剣を構えたまま、しかしその瞳は揺れていた。
「……そんなこと、知られても、困るのよ」
強がるように笑ったその顔が、ひどく痛々しかった。
「命じられた相手を倒して、勝てば称賛される。
でも、夜になると、胸が苦しくなる。
戦っても、倒しても、私の中の『空っぽ』は埋まらないの」
その言葉は、剣先よりも重かった。
——この女は、戦うために生きてるんじゃない。
——生きるために、戦わされているだけだ。
私は思わず、手を伸ばした。
「一緒に……逃げるか?」
彼女の瞳が大きく見開かれる。
驚きと、戸惑いと——ほんの少しの希望。
そのすべてが揺らぐように、瞬きの中で混ざり合った。
しかし——。
ズドォォンッ!!
廃工場の鉄扉が爆音とともに吹き飛んだ。
黒い装甲スーツのショッカー戦闘員たちが雪崩れ込んでくる。
「裏切り者——処分対象を確認」
冷酷な機械音声が響く。その銃口が、彼女と、私に向けられた。
彼女は一瞬、迷ったように拳を握りしめた。そして——。
「あなた、本当に……本気で言ったの?」
「言った。もう一回言う。俺と——逃げろ!」
次の瞬間、彼女は振り返りざま、仲間だった戦闘員の銃を叩き落とした。
「裏切り者確認、裏切り者確認!」警報が鳴り響く。
そして——彼女は叫んだ。
「走れ!ここで捕まったら、本当に終わる!」
俺たちの逃避行は、あの錆びた廃工場から始まった。
そして今——花屋の開店準備をする俺の隣で、妹が言う。
「ねぇ〜、いつまで誤魔化すつもり?ねぇってば、どうやって出会ったの?」
……言えるか、こんな話。




