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ディノアマト様の屋敷で仕事をし始めてから1週間が経ったとき。
私にパティシエとしての小さな試練が訪れたわ。
「ロロメルテ、少しいいだろうか」
その日、私は珍しくディノアマト様から呼び出されたの。
「先日の強風で、チェルウッド地方の果実が大量に落ちてしまったらしい」
「ああ、確かにすごい風でしたねぇ」
二日前に記録的な強風があって、ずっと外に出られなかった日があったのよ。庭師のノクトラスが文句を言っていたっけ。
チェルウッド地方というのは、わが国のさくらんぼの名産地。広大なさくらんぼ農園が広がって、収穫時期には大勢の人が駆り出されるの。
「収穫前の時期で、まだ熟していない果物だ。落ちたものは売り物にならず、農家が大赤字になる見込みらしい」
それは大変。
けれど話が見えてこない。ディノアマト様は私に何をさせたいのかしら?
「落ちた果実は売り物にはならないが、地元農家で消費されるそうだ。味は完璧ではないが、食べられないほどではない」
「なるほど……?」
「赤字補填の足しにさせるため、我が屋敷で大量に買い取ろうと思っている。何か甘味に使えないだろうか……」
おっとお。そう来ましたか。
ディノアマト様は少しバツが悪そうにしているわ。
食べ物を大量に買うということは、料理人の仕事が増えるということ。
それにご存知かわからないけど、味の悪い果物というのは、食べられるようにするために工夫も必要なのよね。
完熟した美味しい果物よりさらに手間がかかっちゃう。
ディノアマト様は、その仕事を引き受けられるかどうか、ということを聞きたいのでしょう。
「そうですね……。ジャムであれば、長く保存できますし、ちょうどいいと思います。どれくらい買い取るおつもりなのですか?」
「500kgだ」
「ごごごごごご500!?」
むり、ぜーったい無理!!!
それこそ要塞が作れますよ!?
「ディノアマト様、差し出がましいのですが、それはさすがに食べきれませんわ。どれほど工夫しても、ほとんどが腐ってしまいます!」
むりむり、むりですからねー!
「……むう、そうか。ではどれくらいならば可能だ?」
よかった、まだ500kgで確定してるわけじゃないのね。
ええと、前に家で作ったジャムが400gであれくらいだったから、えーっと......。
「……そうですね。保存できる期間を考えると、5kgくらいでしょうか?」
「5kg。もう少し増やせないだろうか。屋敷の使用人たちにも分けることを考えよう。そうすれば消費は早くなるのではないか?」
「それは確かに、もっと大量に消化できますが……。なぜそこまでして買い取りたいのですか?」
「……赤字が出れば、農家の経営が厳しくなる。採算が取れないとなれば、来年以降は農地を潰す者たちも現れるだろう。
一度なくなった果実の樹は、そう簡単には植え直せない。将来、どこかでさくらんぼが不足することになってしまう。
……私は未来永劫、止まることなく、美しいチェリーデザートを楽しみたいのだ……!そのためには、今できるだけ金銭的支援をしたい!!」
ディノアマト様はカッ!と目を見開き、凄まじい熱量で語ってくれた。
なるほどなるほど。
……ええ、デザートのため!?
結果的に農家のためになるかもしれないけど、結局自分の欲望のためじゃない!
しかも『未来永劫』って。この方って本当にお菓子のことばかり考えているのねぇ。
だけどまあ、理由は私利私欲でも、せっかくディノアマト様がわざわざ相談してくれているのですもの。できることならお手伝いしてあげたいわ。
「そうですね……。それなら使用人に配るのに加えて、近隣の教会にも寄付をしてはいかがでしょうか?
甘味は貴重ですし、喜んでいただけるかと思いますわ。教会にも配るとなれば、さくらんぼの量は倍以上、おいしく消費できそうです」
「なるほど、いい考えだ!」
ディノアマト様は喜んでくれているみたい。けれど問題がひとつ。
「ですが、問題がありまして......。作業量がすっごいことになるのです。心苦しいのですが私一人では、とても終わらせられませんわ」
そう。思わず提案してしまったけど、これを私一人でやるのは現実的じゃないわ。
いちごやブルーベリーならまだしも、さくらんぼには恐ろしい『とある作業』があるの。
私はこれが嫌で、お菓子にさくらんぼを使うことを避けてきたのよ。
手間を考えないで提案してしまったことを、少し後悔しちゃうわ。
「それは問題ない。この作業のために屋敷中の使用人を手伝わせよう。他の仕事は一時中断して良い。指示を出しておく!」
よくそこまでしますね……。
そこまでさくらんぼ農家を救いたいとは……。
こんなわけで、屋敷の使用人総出でこの『とある作業』......要するに『さくらんぼの種取り』をすることになったわけなのよ。
大変なのよね〜これ。もう先が思いやられるわぁ。




