02
「お疲れ様。私の仕事はこれからなの」
「おお~、楽しみっす!ジェノワじいさんはよくおこぼれをくれたんすよ?」
ライガくんはニコニコしながらこっちを見ている。
「あらまあ。ご期待に添えるかしら」
今日はまだ何を作るか決まっていないから、『おこぼれ』をあげられるか約束できないわ。
とりあえず食料庫を見に行かないと。
見てみると、小麦粉はたっぷりあるし、卵も豊富にあるみたい。
牛乳は少しね。すぐに悪くなっちゃうから、あまり保管していないのでしょう。
いちごも少しあるけど、メインで使うには少ないかも。
うーん。昨日のクラフティはかなり簡単に作れるお手軽レシピだったから、今日は少し手間のかかるものにしようかしら。
これを作るなら、早めに準備を始めなくちゃ。
「これならおこぼれをあげられそう。しばらく時間がかかるけど、またキッチンに来る?」
「やった~!今日どうせ暇なんで、待ってますよー!何作るんすか?」
ライガくんは手元を覗き込んで来る。
「これからクロカンブッシュを作ります!」
「クロカン……。何すか?」
「クロカンブッシュ。小さいシュークリームを、たくさん積んだものよ」
「シュークリーム!大好きっす!」
「おいしいわよね~。私も大好物!だけどシュークリームと違って、クロカンブッシュには最大にして最凶の罠があるの……」
私はごくりと唾をのむ。
「……罠って……?」
私の真剣な顔から察したのか、ライガくんも真剣な顔をする。
これこそが、私が実家で一度としてクロカンブッシュ作りを成功できなかった理由。
ここを強靭な精神力で突破できるかどうかで、クロカンブッシュになるか小さいだけのシュークリームになるかが決まる。
その罠とは何か。
「―――積み上げる前に、自分が全部食べたくなってしまうことよ」
これよ。これに尽きるわ。
山ほど焼き上がった一口サイズの可愛らしいシュー。そこに、溢れんばかりに詰まった濃厚なカスタード。仕上げにトロリと絡める黄金色のキャラメル。
……こんなの、積んでる場合じゃないのよ。今すぐ口に放り込みたいの!
一個くらい味見してもいいよね?と、つまみ食い……いや味見!を繰り返した結果、土台すら作れないレベルでシューの数が激減したりするのね。
なんなら「もう私の胃袋の中で積み上がっていれば、それは実質クロカンブッシュってことなんじゃない?むしろそれがクロカンブッシュの起源なんじゃない?」って感じで、たまらないわけで!
だけど、今日は絶対大丈夫。なぜならお仕事だから。さすがに自制できるはず。
「……はあ?」
あほみたいな発言に、ライガくんがあきれている。
「だってあの小ぶりなシュークリームって、一口でパクッといくのに絶妙すぎるサイズ感で最高というか、シュークリームの難点だった『クリームがこぼれて食べにくい』っていう欠点兼ダイゴミが改善されて最強っていうか敵なしというか!」
いまいち伝わっていない気がする。
「……たぶん見ればわかるわ!言っている意味が!」
「……俺、見張ってたほうがよさそっすね」
食いつくしを疑われているわ。ライガくんがギロリとこちらを見ている。
今にわかるから。今に!
それでは、調理にとりかかります。
まずは小さいお鍋に、バター、牛乳、水、砂糖を入れて沸騰させる。
火を止めて、小麦粉をイン。
小麦粉のおかげで固形になっていくから、火にかけながら混ぜる。
それを鍋から別の器に移したら、卵を入れてまた混ぜる。
ここで絞り袋に投入!天板に薄く油を引いて、生地を絞っていく。この作業けっこう好き。
生地がふくらむから、くっつかないよう隣同士の間をあけながら。
これで準備オーケー!かまどに入れて焼いていきます。
あとはカスタードクリームの準備ね。
卵黄と砂糖、小麦粉、牛乳を混ぜて火にかけて、練る!ひたすら練る!
「もううまそうっすね~」
洗い物を終えたらしいライガくんが寄ってくる。
「そう。カスタードも途中で減りがちなのよ。……ちょっと味見する?」
「……まあ、味の調整は必要っすよね?」
「そう、大事!甘さが足りないかもしれないし!」
というわけでパクリ。
「「あま~~~!」」
おいしーい!成功!
「いや~もっと食べたくなるっすね~。これは確かに完成まで我慢がきついっす!」
「そうよねそうよね!」
わかってくれたようねえ。
「このあとシューを積んでいくんだけど、せっかくだから手伝ってくれないかしら?」
「いーっすよ!カスタードの恩義っす!」
ありがたい。ここからがちょっと面倒な作業なのよお。
シューが焼きあがったみたいだから、かまどから取り出して冷ましておく。
よしよし、しっかりふくらんでる。
その間に、シューをつないで固めるための飴をつくります!
飴の材料は砂糖と水だけ。なんだけど、固さの調整が結構むずかしい。
両方を鍋にいれて、火にかけて混ぜていく。
……これくらいかな。
「ここからが肝心!私はシューにカスタードを詰めていくから、ライガ君は飴をシューにつけて積んでいってほしいのよ」
だいたいこういう感じで、というのを空っぽのシューを積んで例を見せる。
「了解っす!」
「でもこれが難しいのよね……」
そう。私の仕事であるカスタード詰めは、失敗するとせっかくのシューが破れてしまう繊細な作業なの。
最悪、シューを半分に切って、「詰める」のではなく「挟む」形でカスタードを入れてもいいんだけど。クロカンブッシュならやっぱり「詰める」シュークリームにしたい!
シューの底に小さい小さい穴をあけて、そこから絞り袋でカスタードを入れていく。
よし、できた!
そしてここからが例の罠の領域。
作業でつかれた脳と胃袋が、完成した小さい甘味をターゲットロックオンしている!
たっぷり入ったカスタード。ちょうどひょいっとつまみやすいこのサイズ。
だめよロロメルテ!たしかにひとつくらい食べても問題ないけど。ひとつで済まなくなることを、自分で良く知っているのだから!




