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◇◇◇
それから私は大急ぎで荷物を詰め込んで、半ばやけっぱちで馬車に飛び乗ったわ。
到着した先は、こんなことでもなければ一生訪れなかったような、雪山の近くだったの。
「……寒い!」
キャルトナータ帝国の北東側には、巨大な山脈がそびえている。
私が案内された屋敷は、その山脈のふもとにあったの。
足元に雪は残っていないけど、少し目線を先に向ければ、近くの山が白くなっているのが見える。
もう温かくなり始めた春先なのに。
早く部屋に入りたいな。
私は急いで屋敷のドアを叩いて、メイドの方に迎えてもらったわ。
「お話しはお聞きしております。ようこそいらっしゃいました」
「ありがとうございます。ロロメルテです!今日からよろしくお願いします!」
これから同僚になるのだもの。挨拶が肝心!そう思ってできる限り元気に、握手の手を差し出した。
「......よろしくお願いします。ディノアマト様のお部屋に案内します」
メイドさんは一応手を握り返してくれたけど、その手は一瞬で離された。
じろじろと値踏みされている気がするし、あんまり良く思われていない感じがする。
気まずい雰囲気の中、屋敷の廊下を歩く。美人が黙っているのって怖いわあ。
「こちらのお部屋です。どうぞ」
「ありがとうございます」
私は部屋のドアをノックして、扉を開けた。
「はじめまして、ロロメルテです。本日からお世話になります!」
その部屋は執務室みたいだった。
目の前にはデスクがあって、書類に向かっている男の人がいる。
「ああ、はじめまして。急に呼びつけてすまなかった」
男の人は立ち上がってこちらに向かってくる。
「ディノアマト准将だ。本日からよろしく頼む。」
目の前に来たその人は、とんでもない威圧感だったわ。前に会った中将の人も威厳があったけど、この人は威厳というよりは威圧感。
長身に鋭い目つき。年齢は30歳手前くらいかしら。
「仕事の内容は何と説明されている?」
「パティシエ、と聞いています。元の人が療養中だと......。」
「そうだ。元のパティシエが高齢でな。腰を痛めたそうなので休みを出した。君の料理の評判は聞いている。これからは毎日、私のために菓子を作ってもらうことになる」
「......評判だなんて。兄がどれほど大袈裟に言ったのかわかりませんが、本当に普通の、趣味のレベルのものですよ?」
もう。一体どれだけ良いように説明したのよ。そのせいでこんな目に。二度と料理を作ってあげないわ。
「それで十分だ。到着して早速だが、準備ができたら何か作ってもらえないだろうか?夜までにできればいい」
ええ~。もう仕事ですか。
「かしこまりました。」
でも断る権利はありません。もちろん。
「それと......。注意事項がある」
「!はい、お聞きしたいです!」
何か問題が起きては大変!しっかり聞いておかないと。私は真剣に言葉を待つ。
「大量に作ってほしい」
「......はい?」
「一人分の量にはしないでくれ。三人、いや五人分を想定して作ってくれ。今後菓子を作る際は常にだ」
ディノアマト様は少し恥ずかしそうに、視線を外して言った。
「はあ、かしこまりました」
どんな料理も、一人分だけ作るというのはなかなか難しい。自然と何人分かを作ることになるんだけど。料理をしない人からすれば、わからないのかも。
「……よろしく頼む」
ディノアマト様はまだ視線を外している。
たくさん食べたい、ということだと思うけど。そのくらいのことでそんなに照れるかしら?
やたらと恥ずかしそうな軍人様は、少しかわいらしい。
こういうところを見られたくなくて、秘密にしてるのかしらねえ。
軍人さんのイメージって、偉そうで怖くて、正直良いものじゃなかったけど。
あんな表情を見たら、意外に人間らしいところもあるじゃない?なんて、少し見直してしまう。
仕方ないわねえ。着いたばかりだけど、挨拶代わりに何か作りましょうか。
部屋を出たら、さっきのメイドさんが待っていて、屋敷を案内してくれた。
「こちらがお部屋です。他のメイドとも共有です」
「あら、そうなんですね」
通された部屋は二段ベッドが二組ある小さな部屋だった。一部屋で四人が住めるみたい。
とりあえず、持ってきた荷物をぼんっと置いておいた。
「こちらがキッチンです。あちらが一般調理用の作業台。こちらがあなた専用の作業台です」
部屋の端にはかまどがあり、その前に二組の大きなテーブルがある。片方を私専用にしてくれるみたい。
でも、作業場所が同じということは。
「あの、屋敷のみなさんは、私の仕事のことは......」
「専用のパティシエとして存じております。屋敷のなかでは皆知っておりますので、ご安心ください」
なんだ、よかったあ。
屋敷のなかでも嘘をつきながら生活するなんて、無理があるものね。
「小麦粉とか、材料のある場所もわかりますか?」
「はい、こちらにございます」
そこには、きっちり整理された小麦粉、果物、アーモンドなどの宝の山が。
「素敵!!」
私の叫びに、メイドさんはびっくりする。
「ああ、ごめんなさい。最近は何もかも値上がりしてしまって、私はお菓子作りをずっとやめていたのよ。だけどここではそんな我慢をしなくていいのね!」
「......休業中のパティシエも、最近の値上げを嘆いていました」
「そうそう、そうなのよ!」
この宝の山。
無理やり連れてこられた仕事だったけど、ちょっとだけ良いことがあったわ。
私が食べれる訳じゃないのにって?
作ったお菓子は味見しないといけないもの。うふふ。
きっとつまみ食いできちゃう。いひひ。
屋敷の案内を一通りしてもらったあと、私はキッチンに戻り、頼まれていたお菓子を作ることにした。
「毒の混入などの可能性もありますので」と言って、メイドさんもついてきた。
まだ信頼も何もないものね。仕方ないか。
ところでこのメイドさん、すごく雰囲気があるというか、かなり目を惹く外見をしている。
まず眼帯をつけた片目に目がいくし、髪はブロンド。姿勢もビシッ!として、とてもかっこいい。なんだかただ者じゃなさそう。いろいろ質問したいけど、そんな空気じゃないのが残念だわ。
さて。作るのは、寝かせる時間もなく、ほとんど混ぜるだけでできる簡単スイーツ。『クラフティ』にしようかな。
クラフティは少しの小麦粉と、卵・牛乳・砂糖を混ぜて焼くだけでできる。今日みたいに急に上司に頼まれたときに便利!
……そんな状況そうそう起きないわね。
本当はさくらんぼを散りばめて作るのが主流なのだけど、今日はブルーベリーを使っちゃうわ。
食料倉庫から牛乳を持ってきて、少しだけ別の器に避ける。こくりとそれを飲む。
悪くなり始めの牛乳は、見た目や匂いには変化がないから。飲んでみておかしなエグみが出ていないか確かめる。
昔、古い牛乳を気がつかないで使ってしまって、焼き上がりの味にびっくりしたのよね。
ひどい味になるんだから。
小麦粉、砂糖、卵も倉庫から取ってくる。
家で慣れたカップと器で作る時は、目分量でよかったんだけど。初めての道具ばかりだから、ちゃんと計りましょうかね。
牛乳と小麦粉を計り、器に入れる。焼くために使う器で卵もそのまま混ぜちゃう。
最後にブルーベリーもたっぷり乗せる。いくつか味見。悪くなってたら困るもの!
これで準備はもう完了!
あとは焼くだけ。簡単で素敵ね!




