01
『ザルバート伍長の義妹君、あなたに召集令がかかっている。至急応答するように』
このような文面の、高圧的な手紙が届いたのが始まりだった。
最初はいたずらかと思ったわ。だって兄ならともかく、私は軍に呼ばれる心当たりなんて何もなかったから。
だけどその手紙には、間違いなく軍の紋章で封がしてあった。兄から『この手紙が来たら、本物だから捨てないでね』と言われていなければ、気がつけなかったかもしれない。
私はしぶしぶ軍部を訪ねることにした。
きっと何かの間違いで、受付に行ったら『え?何のご用ですか?』なーんて反応をされるんだろうな、と思っていたの。
だけど実際は違ったわ。
どんどんと軍部の巨大な建物の上へ上へと案内され、やたらと重そうな扉に通されて、私は来たことを後悔したの。
部屋の中で待っていたのは、豊かなヒゲの男性。
威厳のある風貌から、間違いなく階級は高いのだろうと思ったわ。
「やあ、ロロメルテ・ハートレンだね。会えてうれしいよ」
その人は立ち上がって握手を求めてきた。とりあえず応じたけれど、やっぱりなんとなく偉そうで、イヤだな〜帰りたいな〜という感じだったわ。
「はじめまして、ロロメルテです」
私の笑顔はきっと引きつっていたでしょうねえ。
「私はバールノルド中将。早速だが、君を呼んだのはある仕事を頼みたいからだ」
「……仕事ですか?」
「ああ。君には、とある人物の専属パティシエになってほしい」
「パティシエ??」
突拍子もない提案に、私は混乱してしまう。
何の修行もしたことがない、ただの一般人に、パティシエ??
「困るのも無理はない。君の兄は北部支部の通信部に所属しているね?その兄君から、君の作ったお菓子がとても美味しいという話を聞いていてね。それで君に白羽の矢が立った。」
「待ってください!確かにお菓子作りは趣味でしたが、もう過去のことです。それに本当に趣味程度で、雇っていただけるほどのものではありません!」
「いや、趣味程度のもので全く問題ないんだ。」
「どういうことですか……?」
「短期間の雇用なんだ。勤務先の『とある人物』は毎日甘いものを食べることを楽しみに仕事を乗り越えている。しかし専属のパティシエが腰を痛めてしまってね。
しばらく休みをとらせるというから、君にはその休業中の代理を頼みたい」
確かに私は仕事を探さないといけないところだった。だけど軍人様の下で働くなんて、失敗すればどんな目にあうかわからないもの。さすがに怖すぎて、良い返事はできないわ。お断りよ、お断り!
「あの、すみません。事情はわかりました。だけどやっぱり、私なんかでは……」
「おや、すまないね。わかりにくかったかな。君のお兄さん、ザルバ―ト伍長は通信部に属しているね?そのことも踏まえて、考えてほしいんだ」
「…………!」
なんて嫌な人。信じられない!要するにこの人は脅しているのだわ。
断れば、兄がどんな目に遭うか想像しろと言っているのね。
私が絶句していると、バールノルド中将と名乗るその人はまた言葉を紡いだ。
「なに、元のパティシエが戻るまでの数か月間だ。あまり気負わないでくれよ」
ヒゲで口元はあまり見えないけど、きっと笑顔を作っているつもりなのでしょう。目は細められているけど、なんだか白々しいわ~。
「それは、お受けするしかないということですよね。正直まだ混乱していて……。なぜそうまでして私に?軍にも専属の料理人がいるのではありませんか?」
「もちろん、間違いない腕を持つ料理人はいくらでも。だが今回の仕事は菓子作りなんだ。大の男が菓子を好んで食べているというのは、バレるとあまり印象が良くなくてね。
この話を少しも軍の内部に漏らしたくない。君ならきっと秘密を守ってくれるだろうし、最適ということだね」
やっぱり、兄を口実に脅せることが理由で選ばれたのね。お菓子を作れる人の中で、利用しやすい相手を探したのでしょう。本当に嫌な人だわ!
ひげ!アホ!卑怯者ー!
『そこまでして秘密にする必要が?』とこの時は思ったけど。後から私は知ることになる。
隙のない屈強な大男がスイーツに熱中する姿は、たしかに士気に関わるかもしれないこと。でもそれにしたって脅すのは卑怯よねぇ。
「……わかりました。できる限りのことをさせていただきます。」
「ああ、良い返事をもえらえて安心したよ。それでは早速だが、来週からでも相手の屋敷に行ってくれるかな?」
「来週!?」
急すぎる。だけど無理と言っても聞いてはもらえないのでしょうね。あーやだやだ。
「最低限生活できるものは揃えてある。とても寒いだろうから、防寒具を持って行きたまえ」
「はあ......」
「そうそう、これからの君の主の名前はディノアマト。ディノアマト准将だ。表向きには、君は『栄養士』ということになっている。くれぐれも、この仕事については誰にも言わないように」
これも後から知ったのだけど、この中将は停戦派の筆頭だったの。
こんな脅すようなことをしておいて、平和を望む人だったのよ。




