閑話:イケメングレート諜報員の憂鬱02
ディノアマト准将の屋敷の屋根に、また怪しい人影が覗いてます。
彼はリチャード諜報員。例によって、オルドワーズ国の安全のため、ディノアマト准将の活動を監視しています。
(ディノアマト准将はかつてより独自の武器開発をしているという噂がある。見慣れぬ物体を大切そうに抱え込む姿が何度か目撃されており、しかも彼は発明家であるルシアン氏とも仲がいい。
ルシアン氏はキャルトナータ帝国の軍事開発を支える重要人物だ。多様な分野における才能が認められており、未発見の鉱石の発見、昆虫の体液の医療利用など彼による功績は歴史に名を残すだろう。
最近そのルシアン氏がディノアマト准将の屋敷に出入りしたという情報が入った。武器開発に関する助言をした可能性も考えられる。
ディノアマトがわが国に対し宣戦を布告する準備をしていないか、俺が確認する必要があるだろう)
リチャードはまたディノアマト准将の屋敷の壁によじ登り、室内の音を聞く特殊機械を耳に当てます。
またロロメルテとディノアマト准将が何か話しているようです。
「メープルナッツもマカロンも、山ほど積み上げられたとしても一瞬で崩すことができるのに……。耐えなければいけないのか……!」
「ディノアマト様、今はまだその時ではありません。お辛いでしょうが、我慢なさってください!」
ロロメルテとディノアマト准将は、いつもどおりスイーツについて話しているようです。
最近の食生活改善で、大量にはお菓子を食べられないことを、ディノアマト准将が苦痛に思っているのですね。
すると、それを聞いたリチャード諜報員は手を震わせ、顔を赤くして怒り始めました。
「……!なんてことだ!!あの不遜な男め……!」
彼の顔はどんどん険しくなっていきます。
特におかしなところはありませんでしたが、リチャード諜報員は何に怒っているのでしょうか?
(エイプル公爵のことをナッツだと!?しかもマカオン司令官ともども、どんなに『戦略を』積み上げても一瞬で崩すつもりだと……!?)
ナッツ、というのはクレイジー、つまり『頭のいかれた』という意味のスラングです。
エイプル公爵はオルドワーズ国の貴族です。そしてマカオン司令官というのは同様にオルドワーズ国の戦術司令官です。どちらも指揮能力、戦略知識に長けており、オルドワーズ国の平和の支えになっています。
つまりリチャード諜報員は、ディノアマト准将がオルドワーズ国の貴族達に対して見下したような発言をしたと勘違いして怒っているのです。
彼はお菓子の知識が全くない故に、似ている別の単語だと誤認してしまうのです。
けれどきっと、彼がお菓子の名前を知っていたとしても、『血の通わない男』ディノアマト准将が、夜中に使用人を呼びつけて、ダイエットの苦痛について愚痴を言っているとは予想もしないでしょう。
どちらにせよ暗号か何かだと思ったに違いありません。
(しかし『我慢の時』ということは、少なくとも今は攻め込んでくる気はないということ。何が抑止力になっているか、今後調べる必要がありそうだ)
リチャード諜報員は一旦納得し、ディノアマト准将が尊大で好戦的、いけ好かない男であることを頭の中に書き留めたのでした。
そして翌日。
リチャード諜報員は昼の間、林の中から望遠鏡を使い屋敷の様子を伺っています。
今日はロロメルテが買い物に出かけるようです。
リチャードは何度かロロメルテの後をつけ、行動を監視したことがあります。彼女は栄養士を騙る戦術司令官であるに違いないのですが、今のところボロを出さず、いずれも町で食材の買い出しをして終わったのです。
もう後をつける必要はないのですが、これまでがカモフラージュという可能性もあります。
リチャードは諜報員としての勘が働き、『今回は何か違う気がする』という直感の下、再度ロロメルテの後をつけることにしました。
ロロメルテが馬車に乗り町に向かうのに対し、リチャードは自ら馬に乗り、距離を取った上で後を追いかけます。
平らなイスに座っていられる馬車と違い、乗馬は座っているだけであらゆる筋肉を使います。
馬に跨ったまま落ちないように挟む内もも、揺れるたびに姿勢を制御する腹筋。
昨夜は林から屋根に飛び乗るという人間離れした動きを見せたリチャード。さらにそのまま小一時間壁に張り付いていたのですから、常人ならば今日はクタクタのはずです。
しかしそこはオルドワーズ国の凄腕諜報員。
どれほど疲れていても、馬に乗り、誰かの後をつけるなど朝飯前なのです。
その活躍を讃え、彼はその存在を知る人の間では、『イケメングレート諜報員』として噂されています。少しダサいですね。
さて、ロロメルテが目的地に着いたようです。
リチャードはバレないよう、こっそりと後を追います。
ロロメルテが歩いて向かった先は、ケーキ屋さんでした。
リチャードは、おや、と思いました。
これまでは八百屋やスパイス屋に入ることはあっても、ケーキ屋には立ち寄りませんでした。
来客の予定でもあるのだろうか、とリチャードは思ったのですが、ハッとします。
(ケーキ屋に見せかけて、特殊な武器や密輸品を売る裏ルートということも考えられる。念のため調べた方がいいだろう)
リチャードはこれまで、煙草屋に見せかけた人身売買会場や、酒屋に見せかけた反逆会議場所を目撃したことがありました。
その経験からいえば、どれほど平凡な店に見えても、裏の顔がある可能性は捨てきれないのです。
ここでリチャードには問題が発生します。
ケーキ屋には列ができており、店に並んでいる人たちはほぼすべてが女性なのです。
男の自分が並ぶのは恥ずかしい……ということではなく、悪目立ちすれば、諜報員であることがバレてしまうかもしれないのです。
リチャードは少し考えると、ロロメルテからは一旦目を離し、必要なものの買い出しに向かいました。
10分ほど経過した頃でしょうか。
リチャードは再びケーキ屋の前に現れました。
彼のその出で立ちは、少し前とは変わっていました。
頭には長い髪ーー布屋で買ってきた黒い布を引き裂いて作ったかつら、体には庶民の着るようなほつれた大振りのスカートのようなものをまとい、女性のような見た目になっています。
リチャードはなんと、変装で性別を偽ることも可能なのです。
彼の腕の見せ所となるのは、服装や見た目のみではなく、その立ち振る舞いです。
背中を丸め、ゆったりと歩幅を小さく歩くことで、まるでどこにでもいる買い出しの主婦のような印象を与えています。
その顔の美しさすらなりを潜め、平凡な女かのように、風景に溶け込んでしまうのです。
リチャードが並んだケーキ屋の列は、ロロメルテの並んだ場所からは、数人を挟んで後ろ側です。
疑われることもないちょうど良い位置と言えるでしょう。
少しずつ列は進み、ロロメルテが店に入っていきます。
買い物の様子が見れないのは残念ですが、店が怪しいかどうかは、これから自分で見て確かめることができるので、リチャードは焦りません。
ロロメルテが店から出て、さらに列が進みます。ロロメルテが店内にいた時間の長さも、不審なところはないでしょう。
リチャードの番になり、ようやく店内に向かいます。
突然の事態にも備え、リチャードはゆっくりとドアを開きます。するとそこには。
きらきらとつやめく、小さな小さなスイーツが並んでいました。
「……!」
「いらっしゃいませ!お決まりになりましたら、お声がけください!」
リチャードは初めて見る光景に、目をぱちぱちさせました。




