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特別業務を受けてくれないだろうか、と頼まれたのは、いつも通りディノアマト様にデザートをお出しした後だった。
大量にあったジャムもようやく使い切り、おそらくはディノアマト様の活躍のおかげで、砂糖も買えるようになった頃のこと。
「町に新しくケーキ屋ができたと噂を聞いたのだ。その店で『マカロン』を売っているらしい」
「マカロン、ですか?」
私は聞きなれない名前に、目をぱちぱちさせたわ。
話の流れからスイーツであることは間違いないけど。カロン、という部分がなんとなく涼しげでかわいい名前だわ。
「そうだ。マカロンとはオルドワーズ国のデザートだ。カラフルな見た目にサクサクとした軽い食感。その独自の食感は一度食べるとやみつきになる。残念ながらキャルトナータにはレシピが伝わっておらず、そうそう店でも手に入らない」
「そんなスイーツがあるのですね」
「ああ。新しいケーキ屋はリンダーグ王国で修業をしたパティシエの店らしくてな。そのマカロンを扱っているという。ぜひとも食べたいのだが……、私が買いに行くとなると問題が多い。悪いが買ってきてはくれないだろうか?」
使用人として、お使いを頼まれるなんて当然のこと。それなのに腰の低いディノアマト様は、やはり主人としてすばらしい方なのよね。リリーほどではないけど、心酔する人がでるのもわかるわ。
「ええ、ええ。それくらいもちろんです!」
「それに店の商品をみるのも、いい勉強になるだろう。マカロンだけではなく、気になるものがあれば何でも好きに買ってくれて構わない」
なんでも好きに買っていい?そんな甘美なご提案、いいのですか!?私のような庶民にとって、それはとても魅力的なお誘い。お使いなんていくらでも行きますとも!
「いいのですか!?ありがとうございます!明日行ってまいります!」
「そうだ、重要なことがある。できれば朝一番、午前中のうちに向かってくれないだろうか」
「はい?」
「その店のマカロンは人気商品らしくてな。午前中のうちに売り切れてしまうのだ。確実に手に入れるため、朝から向かってくれるだろうか」
「かしこまりました!」
こうして私は町で新しいケーキ屋さんに行くことになったの。
そのお店の名前は「ルパラディ」。リンダーグで修業したと言っていたから、この店名はリンダーグ語なのかも。
お使い、なんて楽なご用事と思っていたけど、お店の近くまで来てよく分かったわ。
まだ朝早いというのに、「ルパラディ」の入り口から道にかけては、行列ができていたの。
「……わざわざ並んで食べ物を買うなんて!」
「さすがの人気店すね~これはディノアマト様では並べないっす。通報されちゃうっす」
買い出しということで、せっかくならとライガ君もついてきてくれたの。
まさか並ぶとは思っていなかったけど、待ち時間に話す相手がいてくれて助かったわ。
並んでいるのはみんな若い女性。確かにディノアマト様がここに混ざったら、悪目立ちするでしょうね。
「知ってるっすか?ディノアマト様が以前出先でパンを買いに行ったとき、抱えた巨大なパンを武器だと思われて、『ディノアマト准将はプライベートでも武器を携帯している』『屋敷で新型武器を開発している』なんて噂が立ったっす。それ以来、あの人は自分で買い物しないようにしているらしいっすよ?」
ライガ君はケラケラと笑いながら、楽しそうに教えてくれた。
「なんてかわいそうなの……。パンですらそうなら、ケーキ屋さんになんて並んだらなんて言われるかわからないわね」
ディノアマト様こそ、お店で直接ケーキを選びたいでしょうに。お気の毒だわ。代わりにしっかりと吟味しなければ。
「俺も選んでいいんすかね?いくらでも買っていいなんて、太っ腹っすよね!」
「本当にね!特別な日でもないのにケーキ屋さんに来るなんて不思議な感じ。しかもこんなに並ぶなんて、すごくすごくおいしいに違いないわ!」
「待つ時間が長いほど期待しちゃうっすよね!」
「「楽しみ~~!」」
るんるんで行列を待っていると、お店から出てきた人と目があった。あれ、男性もいるじゃない。
その人ははしゃぐ女性たちの中では少し目立つ、男性客だった。
「あれ、ルシアン様!」
ライガ君がその男に声をかける。
「ライガ君、知り合い?」
「お前は確かあ、ディノアマトのところのお……」
「ルシアン様はディノアマト様のご友人っす。お久しぶりです!」
「よお。お前たちも買い出しかあ?お前は初めて見るなあ」
ルシアン様、と呼ばれた男の人は、こちらに目を向ける。
ルシアン様は間延びした話し方と細身の体型で、軍人であるディノアマト様の真逆の印象。
「はい、ロロメルテと申します。ディノアマト様の……」
うっかりパティシエ、と言いそうになってしまって、言葉を止めるわ。危ない。確か『栄養士』ということになっているのよね。
「ディノアマト様の栄養士です」
「ああ、ジェノワの後釜かあ?それじゃあ俺も世話になることもあんだろう。ルシアンだ。よろしくなあ」
すると、ライガ君が顔を寄せて、小声で教えてくれる。
「ルシアン様はディノアマト様の甘いもの友達っす。発明家で、この人もディノアマト様の生きがいを知ってるっす」
ああ、なるほど。甘いもの友達!ディノアマト様の『ご趣味』を知っている人もいるのね。
この方の場合、自分でケーキ屋さんに来ているのを見ると、隠しているわけではないみたいだけど。世の中には意外と、お菓子好きな男の人も多いのかも。
「どうせディノアマトに頼まれたんだろお。目当てはなんだあ?」
「マカロンです!人気商品だと聞いていますので、早めに来たのですが……もう行列なんですね」
「さすが情報がはやいじゃん。そーそー、ここに来るならマカロンを買わねーとなあ」
「他にも、欲しいものがあったら好きなだけ買ってきていいって言われてるっす!太っ腹すよね!」
すると、それまで穏やかに会話をしていたルシアン様の表情が曇った。
「……好きなだけえ?」
ライガ君は無邪気に答える。
「そうっす。勉強になるだろうし、店の様子もよく見て来いって!」
「……最近の気温じゃ、大量に買っても日持ちがしねぇ。まさか好きなだけ買って、そのまま今日明日のうちに食べきるつもりじゃねぇだろうなあ?」
「……?まあ、たぶん今日中に食べきっちゃうと思うっすよ?」
「……さすがに主を差し置いて、使用人だけで分け合うとは思えねぇ。当然奴も大量に、好きなだけ、このたっぷり油と砂糖を使ったおいしいデザートを食べるんだろうなあ?」
「ええ、もちろん!」
ライガ君も私も、ルシアン様が何を気にしているのかわからなかったわ。
するとルシアン様はガシっとライガ君の肩に腕を回し、店から回れ右をした。
「よおし、お前たちは店に並ばなくていい。このまま帰るぞお」
「「ええ!?!?」」
なんで!?どうして!?私には、ルシアン様のお考えが全く分からなかった。
「ちょうど俺もディノアマトのところに行こうかと思ってたんだあ。奴には俺の買った分のデザートを分けてやるから安心しろお」
「ええ!買い放題がー!!」
ライガ君が叫ぶ。私もケーキ屋さんが気になっていたのに!
「また来ればいいだろお。ここだと説明がめんどうなんだよお。またそのうちあいつに頼まれることもあんだろお」
よくわからないうちに、私たちは屋敷に帰ることになってしまったわ。




