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03

◇◇◇


グリンロッドとキャルトナータの国境付近の粗雑なテント。

そこへ最低限の従者を連れ、ディノアマト准将が訪れました。


しばらくすると目的のお相手が到着します。

眼鏡をかけた知的な男性、それはグリンロッド王国の宰相秘書官、ソルトレーデ氏です。


「はるばるお越しいただきありがとうございます、ソルトレーデ殿」

ディノアマト准将は恭しくあいさつをします。


「こちらこそ、お時間をありがとうございます。天気も荒れてきていますし、さっさと本題に入りましょう。和平条約のことでしょう?」


テントの外では雨が降り始めています。じきに足元は崩れていくでしょう。


「はい。先日は上官が失礼な条件を提示してしまい、申し訳ありません」


ディノアマト准将は謝罪から会話を始めました。

先日キャルトナータ帝国とグリンロッド王国は和平に向けて会合をしたのですが、キャルトナータ帝国から出した和平のための条件がひどいものだったのです。キャルトナータはグリンロッドを怒らせてしまい、交渉は決裂しました。


「ふん。こちらがリンダーグと同盟を組んだとたんに手のひらを返しおって。次は立場を理解した条件をいただけるのでしょうね?」


当然、ソルトレーデ秘書官からの印象も良くありません。


「お互いにとって利のあるものだとは思います」


「こちらの条件は変わりませんよ。ダノフォーグ地方全域の領土引渡し、および所蔵大砲の永久個数制限です。これが飲めないならば条件は結べません」


グリンロッド王国は、和平の交換条件として、キャルトナータ帝国の領土を欲しがっているのです。


「こちらも改めて上層部との協議を図りました。ただ……領土に関しては1ミリも譲ることができません」


「ふざけおって......!そんなことを言うためにわざわざここまで呼びつけたのか!?」


「しかし代わりに賠償金を支払わせてほしい、ということで合意しました」

ディノアマト准将は金額を書いた紙をソルトレーデ秘書官に差し出します。


「............!」


それは、国家予算の1年分にあたる金額です。


「所蔵武器の個数制限をのみ、合わせて賠償金の支払い。これで合意をいただけるよう、宰相殿を説得していただきたい!」


「なるほど、これなら条件としては悪くない。しかし先日の会合で、宰相閣下はお怒りです。閣下は地図を書き換えることを望んでいます。領土が条件にならない限り、このまま戦争へと発展する可能性が高いでしょう」


「......ソルトレーデ殿、あなたはカーンベルグの出身とお聞きしました」


「はあ、それが何か?」

突然何を言い出すのか、とソルトレーデ秘書官は思いました。


「カーンベルグでは、家庭のお菓子としてキャロットケーキが親しまれているとか。お好きですよね?」


......なぜ私の好物が母の作るキャロットケーキだと知っている?と、ソルトレーデ秘書官は思いました。


「わが国との交渉で、長らく実家に帰れていないでしょう。故郷の味が恋しいのでは?」


ソルトレーデ秘書官は考えました。なぜこんなにもったいぶった言い方をするのか?と。

まさか、すでに私の母のことを......?いやまさか、と。


「キャロットケーキは家庭ごとに独自のレシピがあり、母の味があると聞きました。工夫された独自のレシピ。……ぜひ食べてみたいものですなあ」


ディノアマト准将は、ニヤリと笑いました。その顔の恐ろしいことと言ったら。恐ろしいことと言ったら。

……外ではビシャリと雷が鳴ります。嵐の前兆です。


ーーーこいつ、間違いない。すでに母の所まで密偵を送り込んでいるのだな!?脅すつもりか!?

ソルトレーデ秘書官はぶるぶると震え始めます。


「今日はお喜び頂けるかと思いまして、あるものをお持ちしたのです」


ディノアマト准将は部下に持たせていた箱をテーブルに置き、ゆっくりと開けていきます。


中に入っていたのは、キャロットケーキ。

「......見てください。この美しさ。とびきり美味しいに違いありません」


ディノアマト准将は話し続けます。

要するに、『誰しも故郷があり、領土を渡せばその住人は故郷を奪われることになる。だから渡せない』という話をしていたのですが、ソルトレーデ秘書官にはすでに聞こえていません。


ーーーこれがここにあるということは、母はすでに、母はすでに!!

「貴様、母に何をした!?!?」


「......はい??」


何か大きな誤解が起きたようです。

ディノアマト准将は接待のつもりで、喜んでほしいとキャロットケーキを用意しました。ソルトレーデ秘書官のお母様には特に何も起きていません。


「......っくしゅん!誰か噂してるね」


おうちでくしゃみのひとつくらいはしたかもしれません。


この後のもろもろで誤解はとけ、ディノアマト准将の提示した条件で和平条約を進めるよう、宰相を説得してもらえることになりました。


若干の誤解はあったようですが、この和平のための根回しは功を奏し、条約が結ばれました。ディノアマト准将は屋敷でのスイーツライフを取り戻したのです。


ちなみにソルトレーデ秘書官は、この時食べたすばらしい出来映えのキャロットケーキについて、『恐怖で味がしなかった』とのちに語っています。


◇◇◇


国境付近で泊まり込み、しばらくいろいろな所に顔を出した後、ようやくディノアマト准将は屋敷に帰ることができました。


屋敷には、以前作ったクッキーとジャムが、まだ残っていたようです。


「あまい。この突き抜ける甘さ、拷問訓練の鞭打たれた衝撃を思い出す」


やはり甘いものというのは、平和の象徴です。

これからもスイーツを味わえる平和な国を守れるよう、ディノアマト准将は仕事に励むのでした。


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