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グリンロッドとキャルトナータの国境付近の粗雑なテント。
そこへ最低限の従者を連れ、ディノアマト准将が訪れました。
しばらくすると目的のお相手が到着します。
眼鏡をかけた知的な男性、それはグリンロッド王国の宰相秘書官、ソルトレーデ氏です。
「はるばるお越しいただきありがとうございます、ソルトレーデ殿」
ディノアマト准将は恭しくあいさつをします。
「こちらこそ、お時間をありがとうございます。天気も荒れてきていますし、さっさと本題に入りましょう。和平条約のことでしょう?」
テントの外では雨が降り始めています。じきに足元は崩れていくでしょう。
「はい。先日は上官が失礼な条件を提示してしまい、申し訳ありません」
ディノアマト准将は謝罪から会話を始めました。
先日キャルトナータ帝国とグリンロッド王国は和平に向けて会合をしたのですが、キャルトナータ帝国から出した和平のための条件がひどいものだったのです。キャルトナータはグリンロッドを怒らせてしまい、交渉は決裂しました。
「ふん。こちらがリンダーグと同盟を組んだとたんに手のひらを返しおって。次は立場を理解した条件をいただけるのでしょうね?」
当然、ソルトレーデ秘書官からの印象も良くありません。
「お互いにとって利のあるものだとは思います」
「こちらの条件は変わりませんよ。ダノフォーグ地方全域の領土引渡し、および所蔵大砲の永久個数制限です。これが飲めないならば条件は結べません」
グリンロッド王国は、和平の交換条件として、キャルトナータ帝国の領土を欲しがっているのです。
「こちらも改めて上層部との協議を図りました。ただ……領土に関しては1ミリも譲ることができません」
「ふざけおって......!そんなことを言うためにわざわざここまで呼びつけたのか!?」
「しかし代わりに賠償金を支払わせてほしい、ということで合意しました」
ディノアマト准将は金額を書いた紙をソルトレーデ秘書官に差し出します。
「............!」
それは、国家予算の1年分にあたる金額です。
「所蔵武器の個数制限をのみ、合わせて賠償金の支払い。これで合意をいただけるよう、宰相殿を説得していただきたい!」
「なるほど、これなら条件としては悪くない。しかし先日の会合で、宰相閣下はお怒りです。閣下は地図を書き換えることを望んでいます。領土が条件にならない限り、このまま戦争へと発展する可能性が高いでしょう」
「......ソルトレーデ殿、あなたはカーンベルグの出身とお聞きしました」
「はあ、それが何か?」
突然何を言い出すのか、とソルトレーデ秘書官は思いました。
「カーンベルグでは、家庭のお菓子としてキャロットケーキが親しまれているとか。お好きですよね?」
......なぜ私の好物が母の作るキャロットケーキだと知っている?と、ソルトレーデ秘書官は思いました。
「わが国との交渉で、長らく実家に帰れていないでしょう。故郷の味が恋しいのでは?」
ソルトレーデ秘書官は考えました。なぜこんなにもったいぶった言い方をするのか?と。
まさか、すでに私の母のことを......?いやまさか、と。
「キャロットケーキは家庭ごとに独自のレシピがあり、母の味があると聞きました。工夫された独自のレシピ。……ぜひ食べてみたいものですなあ」
ディノアマト准将は、ニヤリと笑いました。その顔の恐ろしいことと言ったら。恐ろしいことと言ったら。
……外ではビシャリと雷が鳴ります。嵐の前兆です。
ーーーこいつ、間違いない。すでに母の所まで密偵を送り込んでいるのだな!?脅すつもりか!?
ソルトレーデ秘書官はぶるぶると震え始めます。
「今日はお喜び頂けるかと思いまして、あるものをお持ちしたのです」
ディノアマト准将は部下に持たせていた箱をテーブルに置き、ゆっくりと開けていきます。
中に入っていたのは、キャロットケーキ。
「......見てください。この美しさ。とびきり美味しいに違いありません」
ディノアマト准将は話し続けます。
要するに、『誰しも故郷があり、領土を渡せばその住人は故郷を奪われることになる。だから渡せない』という話をしていたのですが、ソルトレーデ秘書官にはすでに聞こえていません。
ーーーこれがここにあるということは、母はすでに、母はすでに!!
「貴様、母に何をした!?!?」
「......はい??」
何か大きな誤解が起きたようです。
ディノアマト准将は接待のつもりで、喜んでほしいとキャロットケーキを用意しました。ソルトレーデ秘書官のお母様には特に何も起きていません。
「......っくしゅん!誰か噂してるね」
おうちでくしゃみのひとつくらいはしたかもしれません。
この後のもろもろで誤解はとけ、ディノアマト准将の提示した条件で和平条約を進めるよう、宰相を説得してもらえることになりました。
若干の誤解はあったようですが、この和平のための根回しは功を奏し、条約が結ばれました。ディノアマト准将は屋敷でのスイーツライフを取り戻したのです。
ちなみにソルトレーデ秘書官は、この時食べたすばらしい出来映えのキャロットケーキについて、『恐怖で味がしなかった』とのちに語っています。
◇◇◇
国境付近で泊まり込み、しばらくいろいろな所に顔を出した後、ようやくディノアマト准将は屋敷に帰ることができました。
屋敷には、以前作ったクッキーとジャムが、まだ残っていたようです。
「あまい。この突き抜ける甘さ、拷問訓練の鞭打たれた衝撃を思い出す」
やはり甘いものというのは、平和の象徴です。
これからもスイーツを味わえる平和な国を守れるよう、ディノアマト准将は仕事に励むのでした。




