02
◇◇◇
これは和平条約が結ばれる少し前のお話。
砂糖がない、という報告を差し上げてからというもの、ディノアマト様は留守が多くなったわ。
そして数日後の朝、屋敷にもどられると、私は声をかけられたの。
「ロロメルテ!ロロメルテはいるか!」
「!?はい、いかがされましたか?」
珍しく焦った様子で、余裕のないディノアマト様。
「ロロメルテ、キャロットケーキを知っているか?」
「キャロットケーキ?はい、食べたことはありますが」
どうしたのかしら。
「そうか、今から作れないだろうか?友人に贈りたいのだ」
「今からですか!?ええと、ちょっと材料を確認してまいります!」
「にんじんは買ってきた。足りなければいくらでもすぐに買いに行こう。よろしく頼む」
ご自分で食べるためじゃないなんて、珍しいわね。
私は食糧庫を見ながら、キャロットケーキのレシピを思い出す。
というか、結構無茶ぶりよね。パティシエとはいえプロではないのだから、ふつうは世の中のスイーツをすべて知っているわけではないのですよ。
キャロットケーキというのは、すりつぶしたニンジンを混ぜた、ケーキという割には食事っぽい、スパイスの効いたパンのようなケーキよ。
もそっというか、さくさくというか、独自の食感も肝心。
スパイスにはシナモンやナツメグを使うんだけど......。うん、倉庫にあるわ!
「ディノアマト様、材料がございました。作れそうです!ただ、砂糖はこれで最後になりますが、使ってしまってよろしいのでしょうか?」
「おお!そうか、問題ない。頼む」
「ちなみにディノアマト様、お急ぎですか?」
わざわざ朝早くに依頼してくるのだもの。何か事情があるのでしょう。
「ああ、でき次第また出発する。可能な限り早いほうが嬉しくはあるな」
「かしこまりました。リリーに手伝ってもらえると早いのですが......。お借りできないでしょうか?」
「問題ない。私が呼んでこよう」
「ありがとうございます!」
うーん。直接呼んでもらったほうが事情は伝わるけど、のぼせて使い物にならないかもしれないわ......。
案の定リリーは顔を真っ赤にしてキッチンにやってきた。
「あわ、あわわわわわ、ディノアマト様が、お名前を、お名前を!久しぶりの!存在が!」
「リリー、気持ちはわかるけど。この粉をふるってほしいのよ!」
動揺しすぎよ!
ほい、と私はリリーに小麦粉とふるいを渡すわ。
「そう、仕事、手伝い!今、手が震えてるから、ちょうどいいかも......」
リリーはプルプルしながら粉を振るっていく。上手よ!ディノアマト様ありがとうございます。
その間私はニンジンをすりおろしていくわ。
このニンジンのすりおろしが、まあまあ大量に必要になるのよ。リリーと二人でできるといいんだけど......。
「リリー、次はニンジンをすりおろしてほしいのだけど、プルプルは大丈夫?」
「ダメだけど、ダメだけど、それくらいできる!」
本当に大丈夫かしら。もう1本のニンジンを渡す。ごりごり、と作業をしているうちに、リリーは少しずつ落ち着いてきたみたい。
「ねぇ、私もお菓子作りを勉強したいな。手伝いができるようになったら、今日みたいにディノアマト様から話しかけられる機会が増えるってことでしょう?」
「いいじゃない!私もリリーと二人で作れたほうが楽しいわ。でも休み時間が減っちゃうけど、それはいいの?」
「もう全然いい。なんならパティシエと兼任したいくらい」
恋って偉大だわ。
リリーはかわいらしい話をしながら、爆速でニンジンをすりおろしていく。
さすが元軍人。力が強いのね。
材料の準備ができたら、ナッツも入れて、全てを混ぜて焼いていく。
ニンジンのすりおろしが最大の難所で、あとは簡単な工程ばかりよ。リリーがいてくれて助かったわ。
「リリーは力も強いし、細かい作業も得意だから、料理にとっても向いてると思うわ」
「そう?力って必要ある?」
「結構大事よ。サツマイモとかカボチャとか、固いと包丁の刃が通らないこともあるもの」
焼き上がりを待っている間、クリームチーズに砂糖を入れて練ってなめらかにする。キャロットケーキの上にのせるクリームにするのね。
これがあると、スパイスの効いたさっくりケーキと、クリームの酸味の味変で最高なのよ!甘すぎないから、食べている罪悪感がぜーんぜんないのもいいのよね~。
焼き上がった生地を冷ましたら、クリームを塗って完成!
「おいしそう!」
「リリー、ディノアマト様を呼んできてくれる?完成しましたよーって」
「いいの!?最高、最高すぎる......!」
リリーはフラフラとキッチンを出て行ったわ。
そういえば贈り物って言ってたけど、箱とか入れ物とかあるのかしら。探して来ましょ。
そしてしばらくすると、リリーの連絡を受けて、ディノアマト様がキッチンを訪れたわ。
「ご苦労だった。迅速な仕事、いつもながら敬服する」
リリーは部屋のすみで目を伏せてじっとしている。クールなお仕事モードなのね。
「お褒めに預かり光栄です!ただ、贈り物としてふさわしい入れ物がございませんでした」
「ああ、いいんだ。道中で何か入手してこよう」
ディノアマト様は出来上がりのキャロットケーキを見つめる。
「贈ってその場で食べられるよう、切り分けてくれるか」
「かしこまりました!」
パーティーか何かなのかしら?
いやでも、キャロットケーキはパーティーに持っていくには庶民的すぎるわ。
キャロットケーキは家庭で作るお菓子というイメージで、見た目も茶色と白でかなり地味なの。身分の高いかたのパーティーで持っていくようなものじゃないのよね。
とりあえずいわれた通り切り分けて、お皿にのせてお渡しする。
「朝からすまなかったな。ゆっくり休んでくれ」
そう言うとディノアマト様はまた出かけて行ったわ。
「......朝からディノアマト様とお話できて幸せ♡♡♡お仕事がんばれちゃう♡」
ディノアマト様が立ち去った瞬間から、リリーは溶けそうな表情で機嫌よくしている。
今日は一段と屋敷がきれいになりそうね!




