最強のポンコツ男を巡る、噛み合わないシンクロニシティ
1. 怒れる後輩、サフランへ突撃する
カランコロン、と昼下がりの『サフラン』に、少し乱暴な鈴の音が響いた。
「いらっしゃい……って、あら?」
カウンターの奥から顔を出した美緒は、思わず目を丸くした。
ドアを押し開けて入ってきたのは、数日前、翔にマジギレして彼を置いていったバイトの後輩――香織だったからだ。
香織は美緒の姿を認めるやいなや、ずいっとカウンターまで進み出て、そのまま椅子にどさりと腰掛けた。
「美緒先輩! すみませんお仕事中に! ……もう私、頭にきて頭にきて! あのバカのホームグラウンドであるここに、直談判に来ちゃいました!」
「あのバカって……もしかして、翔のこと?」
美緒が尋ねると、香織はメロンソーダを注文するのも忘れて、激しく何度も頷いた。
「そうです、あの底辺理系留年男です! 先輩、あいつクローバーでのバイト中もずっと『香織、なんで怒ってんの? アルゴリズムがバグった?』とか言ってくるんですよ!? 完全に人をおちょくってます!」
美緒は上品に紅茶を淹れながら、内心では(やっぱり……!)と激しいガッツポーズを決めていた。
(あの子、まだあんなに怒ってる。つまり翔は、クローバーでも一切態度を変えず、あの子への『お試し期間ルール』を徹底しているのね。私のために、他の女の子からの好意をここまで冷酷にシャットアウトし続けるなんて……あぁ、なんて恐ろしい、そして一途なプレデターなのかしら……っ!)
2. すれ違う「悪口」のシンクロニシティ
「本当に最低よね、あの男」
美緒は、自分の熱い脳内補正を完全に隠し、大人の余裕を醸し出しながら香織の言葉に同調した。
「そうなんですよ! 先輩もそう思いますよね!? 昼間はサフランでヨレヨレのTシャツ着て漫画読んでるくせに、何が『プロトタイプ』ですか! 何が『付き合う前の評価制度』ですか! 人のハートを何だと思ってるんだか!」
「本当よ。あいつはね、そうやって無自覚なフリをして、女の子をじわじわと自分の沼に引きずり込む天才なのよ。大盛りナポリタンを出したって『お母さんみたい』なんて、人のプライドをズタズタにする爆弾を平気で放つんだから」
「うわ、サイテー!! ナポリタン作ってくれたマドンナに向かってお母さんって何ですかそれ! 絶交レベルですよ!」
「でしょう? それにね、私のこの美しく研ぎ澄まされた、芸術的なスレンダーボディを前にして、邪心ゼロの顔で**『無駄のない完璧な幾何学美ですね』**なんて、私の美学を完璧に狙い撃ちするセリフを吐いてみたり……。
夜は夜で、繁華街のクローバーで蝶ネクタイなんか締めて、キザなカクテル言葉をサラッと言ってみせたり……。あいつは女の子の扱いを熟知している、超上級者のハンターなのよ」
「……え? ハンター……ですか?」
香織は、美緒の言葉に一瞬だけ強烈な違和感を覚えた。
自分にとっては**「デリカシーが宇宙レベルで欠如した理系バカ」なのだが、美緒先輩の語る翔は、なぜか『冷酷で計算高い、女を翻弄する危険なダークヒーロー』**のように聞こえる。
(……いやいや、美緒先輩も相当あのバカに酷い目に遭わされて、憎しみが斜め上に爆発しちゃったんだな……可哀想に……)
香織は全くトンチンカンな解釈で、ひとり納得した。
「とにかく! あいつは一生、数式と漫画だけを抱きしめて孤独死すればいいんですよ!」
「ええ、本当にね。そんな傲慢なプレデターには、一生出られない天罰が下るべきだわ(※そう、この私という名の、最高に気高い『愛の監獄』という名の独房でね……っ!)」
二人は「最低 of 最低の男」という共通言語(※中身は180度ズレている)で、奇妙な一体感を覚え、大いに盛り上がった。香織の怒りは次第に笑いに変わり、サフランの店内には女の子たちの賑やかな笑い声が響き渡った。
3. 宇宙人の襲来、そしてキョトン
カランコロン。
「――ちわーす。あ、香織、お前こんなとこにいたのか」
噂をすれば影。ドアを開けて入ってきたのは、首元がヨレたTシャツに大きなリュックを背負った、ノンシャランの極み――翔だった。
サフランのラックにあるお目当ての週刊漫画雑誌に手を伸ばそうとして、その動きを止める。
翔はカウンターで香織と美緒が並んで、何やら楽しそうに大笑いしているのを見て、不思議そうに首を傾げた。
「何、二人でそんなに笑ってんの? 面白いネタでもあった?」
その、あまりにもマヌケで、生活感に溢れ、邪心が1ミリも存在しない「いつもの翔」の姿を見た瞬間。
「「ぶっ……! ギャハハハハハ!」」
香織と美緒は、同時に吹き出した。
さっきまで「冷酷非道なプレデター」「女を翻弄するハンター」と散々大物扱いで悪口を言っていた張本人が、入ってきた瞬間からあまりにも無防備なマヌケ面で立っているそのギャップに、完全にツボに入ってしまったのだ。
「あははは! 先輩、見てくださいよあのヨレよれの襟! どこがプレデターですか!」
「ふふっ、本当ね。あんなに偉そうなシステム(プロトタイプ)を作った開発者には、到底見えないわ!」
お腹を抱えて笑い転げるマドンナと後輩。
翔は雑誌ラックの前で、完全に宇宙の迷子になっていた。
「……え? なに? 俺、また何かバグ踏んだ? なんで仕様書通りに動いてるだけなのに、そんなにエラー吐いたみたいに笑われてんの……? 誰かログ解析してくれよ……」
夕暮れの手前の『サフラン』。
女の子たちの楽しげな笑い声と、宇宙の真理を見失って完全にキョトンとしている翔の悲痛な心の叫びが、心地よく響き渡るのだった。




