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第五話「佐圓乃子と言う女」

 店内に鳴り響く安らかなBGMと食器が擦れる心地のいい音.....。

 夕方の人の少ない喫茶店で癒しの空間に包まれていた。


 目の前の珈琲を見つめ続けているこの女を除いては....。


「せ....先輩...。そろそろ話してもらってもいいですか....?公園では何を...?」


 出来は恐る恐る聞いた。"見てしまったからには聞くしかない"彼女はそう考えていた。


「ま、まぁ。無理して言わなくても大丈夫です...。他の人には何も言わないので...。」


 と言っている彼女の心の内はと言うと...。


『あぁ〜ホントにどういう事〜!?先輩は子供相手に変な事を吹き込んでる変人で、それを隠しながらずっと仕事してたってこと??』


 お互いがうつむき、安らぎの空間の一角に気まずい雰囲気が流れていた。


「あ...っと...。」


 そんな中、最初に口を開いたのは佐圓だった。

 だが、その声は弱々しく、震えていた。


「あ...のね...?私って、仕事...。全然出来ないじゃん...?」

 

 佐圓はそのまま自身の話を続けた。


「会社で何をしても怒られてばっかりで...。プライベートだって誰かと一緒にいても上手くいったことなんてないし...。」


 出来はその間、何も口を挟まず珈琲に映る佐圓の目を見続けていた。


「けど...ね...?ある日ね、何もうまくいかないなって思いながら会社帰りに公園に寄ったんだ...。」


 ――――――

 ――――

 ――

 

 公園にて――。


 佐圓は今日も今日とて怒られて傷心状態だった。

 そんな状態の中、フラフラと何も考えずに歩き続けて辿り着いた公園のベンチへとへたり込む。


 周りの声など聞こえず、何も見えない、否、見たくない。

 ”未来は暗い“と感じていた時、その公園で嫌でも聞こえてきた声は”子供たちの明るい声“だった。

 何も考えずにボールを蹴り、明日や門限そっちのけでワイワイとはしゃぎ合う。


 佐圓からするとそこには大きな壁があった。

 自分にはもう純粋に生きることは出来ないのだと。

 自分はというと明日の事や、今日怒られた時の言葉が一生ぐるぐるしているだけの人生。

 そのキラキラに目を当てられて自分が情けなくなる。


 そのキラキラに目を潰されないように顔を伏せようとした時、佐圓の足元へとボールが転がってきた。

 ボールを手に取ろうとするが手が動かない。

『拾っていいのか、こんな私が......。』そう考えていた。


「おねーさん、どーしたの?」


 顔を上げるとボールを取りに来た少年が不思議そうに佐圓を見つめていた。

 聞かれてしまったからには何か返事をしないといけない...。


「少年にはまだわかない、知らない大人の世界があるんだよ...。」


 とっさに出た言葉がそれだった。

 佐圓は少年が「何を言ってるのー?」と去っていくところを想像していた...が、現実は想像とは全く違うものだった。


「え〜!なにそれ!どう違うの〜?教えてよ〜!大人のこと知りたい〜!!」


 それは、意外な反応だった。

 佐圓は子供の何でも興味を持ってしまう生態を甘く見ていたのだった。


「あ...えっと...。」


 その後のことを考えていなかった佐圓は言葉を詰まらせた。

 だが、無慈悲にもその興味というのは子供たちの間で伝染していく...。


「何してんの〜?」

「なんか話してくれるんだって〜!」

「なになに〜?」

「私も聞きたい!」


 気づいた時には10人程の子供が紙芝居を見に来るように周りへ集まっていた。

 その数に圧倒されてしまった佐圓はこの場を早く離れようと考えた。

 その方法は、“雑なことを言ってこの場を離れてしまおう”という作戦だった。


 そうして、子供が佐圓に対して目を輝かせていた頃。

 佐圓は口を開いた。


「君達は知らないだろう?“イルカは眠ると溺れるため、脳を半分ずつ眠らせる”と言うことを...ね。」


 少年たちは聞いたことがない“話”に更に目を輝かせた。

 

「なにそれ~!!」

「イルカさんって寝てないの~!?」

「どういうこと~!!!」


 佐圓が口にしたのは昔、子供の頃に聞いた何気ない雑学だった。

 その雑学は子供たちの心へ刺さり、興味を引いた。

 そして、その興味に満ちた歓声は佐圓の奥底へ....。

 子供の時以来感じていなかった"ワクワク"へと突き刺さった。


「そ...そんなことも知らないのかね...?」


 まんざらでもなかった。

 そして、その感情は光へと走り出した。


「ならば教えてやろう....。」


 そのまま数分間"あることない事"を純粋な子供へと吹き込んだ。

 その子供たちの目は希望に満ち溢れていて、かつ、未來を見ていた。


「わ~!!すげぇ!」

「水族館に行ったら見れるかなぁ!」

「来週に水族館行くから見てくる~!!」


 佐圓の心は高揚感で満たされていた。

 その一瞬だけは、社会の荒波や喧騒も、上司の声も顔も忘れることが出来た。


「これは大人になっていけばどんどん増えるのだよ、君たちの知らない世界はもっと広いのだよ。次もまた"面白い話"をもってきてやろう...。」


 そう言って佐圓はその公園を後にした...。

 それが、すべての始まりだった。


 佐圓にとっての心の平穏をもたらしてくれる、唯一無二の場所となった――。


 ――――――

 ――――

 ――


 「と言う訳で...。昨日の警察もそれが行き過ぎた結果で....。」


 佐圓は心の内を初めて人に話した。

 それは申し訳なさそうに。


 けれども、どこか心の奥底の罪悪感は少しづつ消え去っていた。

 そうして、出来の顔色を伺う。


『あぁ~...。話しちゃった~!!もう終わったぁぁ....。絶対に変な奴だって思われてる~!!』


 「ごめんね」と反射で言いかけた所でそれを遮るように出来は話し始めた。


「すみません...。私、正直に言うと先輩って何も考えてない"馬鹿な人"だと思ってました。」


『ば...馬鹿!?』とツッコミたかったが、ここはグッとこらえた。


「けれど、今の聞いて何となくわかりました。先輩も社会にもまれてうずもれて苦しんでたんだなって。ベクトルとかやり方が人と違うだけで、考えてたんだなって。」


 そんな出来の目は佐圓を憐れむのではなく、共感の目をしていた。


「私、正直先輩を見下してました。見下すことで自分の安寧を求めてたんです。けど、今思い返してみれば、先輩は誰よりも人のために最善を尽くして動いてたし、失敗は多かったけど、その分行動してたんだなって。」


 出来のその目には涙が浮かんでいた。


「先輩って表ではみんなから怒られてばかりだけど、裏ではなんて言われてるかわかりますか?」


 "裏"で何かを言われている、それ自体を知らなかった佐圓は嫌な妄想しか出来なかった。


「それは....。"誰よりも頑張り屋さん"なんですよ?」


 思いもよらなかった回答に啞然とするしかなかった。


「怒られてばかりだけど、その分努力はしてる人だって。私もよく言われてたんです、"努力をするなら佐圓先輩を見習え"って。正直、最初は納得いかなかったです。今までもそうでした。でも先輩が周りから怒られながらも頼られてるのも事実...。私なんて大きな仕事なんてまわってきたことなんてなかった...。」


 出来は少し呼吸を整えた後にまたは言葉を紡いだ。


「羨ましかったんです....。正直。けど、今何となく先輩が本音を話してるところを見て思いました。その"行動力"が人を惹きつけてるんだろうなって。」


 開いた口は未だ塞がらなかった。

 "裏"で言われていた事実と出来からの真実....。

 そして、彼女は思っていた....『いや、そういう褒め言葉こそ、もっと表に出せよ....』と。


「すみません...。結構話し込んじゃいましたね...。今日のお代は私が出しておきますね。明日も仕事...。よろしくお願いします。」


 佐圓何も言えず、ただただ啞然とした状態でコクリと頷く事しか出来なかった。

 出来はその場から立ち上がり、帰り支度をする。


「あ、あと....。良ければたまにこうやって色々な"話"をしてもいいですか?」


 その問いにも頷く事しか出来なかった。


「では、また明日...。お疲れ様です。」


 そういうとそそくさと会計を済ましてカフェを後にした。


 肝心の佐圓とはというと....。


「あ...がが...んご...が....。」


 顎が外れていた....。

どこまでも面白れぇ女。

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