第20話 『慣れ』
警察に獅子原を引き渡して数日後。
「うおおおっ! めっちゃいいサーモンが釣れたですうううっ!」
水質が戻った川から鮭を釣りあげて、美鈴が喜んでいる。
「……日本の警察って、対応が早いですね」
タブレットで『脱色薬の密造工場制圧』のニュースを見ながら、千鳥が少し、意外といった様子だ。
なお、以前、警察官が七瀬達に口を滑らせた『認識阻害結界が出回っている』という情報にたどり着きそうな文言はほぼ見受けられない。
出回り始めていることは明かせないが、制圧したことそのものは問題なく発表する。
それはそれとして、制圧作戦が組まれるまでが早く、そして制圧も滞りなく終わっている。
「時と場合によると思うけどな。企業だろうと行政だろうと、現場の人間って言うのは『直前に起こった事件』の影響を受ける。警察が素早く動いていたら何の問題もなかった事件が直近であれば、早く動くはず」
「……なるほど、そういわれると、心当たりはありますね」
いろんなニュースを確認している千鳥だが、記事の内容は凄惨なものだ。
そしてどれもこれもが、『警察が早く動けていたら何の問題もなかった事件』の話である。
「とはいえ、今回に関しては、警察の信用回復も兼ねてると思うがな」
「どういうことですか?」
「こんな数日で、制圧とその発表まで済ませるとは思ってなかった。そうだな……『慣れた人間の勘』を疑うことなく進行した空気を感じる」
「ふむ……」
何度も何度も同じ判断をしていると、それは『勘』として定着する。
戦闘なら、『戦う時に必要な動きの反復練習を積むことで、いざと言う時にモンスターの攻撃を対処できるようになる』ということだが。
組織的な行動の際は、『上司の経験値』というのはこういった場面で発揮されるものだ。
「認識阻害の結界があるから場所がわからないというだけで、そういった結界を用意できないような弱小組織の犯罪を取り締まることは慣れていると?」
「……まぁ、俺が見てきた部分もあるけどな」
「どういうことですか?」
「安全なルートの確立と、物を多く運ぶ必要性がそろってる場合、公的機関って言うのは、俺みたいな荷物持ちを使う時もあるってことだ」
「ほう……」
「そういう現場を見てきた経験からすると、このダンジョン時代。警察の経験値はなかなか凄いよ」
どれほど魔法がアプリとなり、魔力量さえ満たしていれば誰もが使えるような時代になったとしても。
ダンジョン探索の現場と言うのは、どうしてもアナログの何かが必要になる。
というか。
この時代において『助けを求めることはできるが、自分でダンジョンから出られなくなった』と言った状況の場合、救助隊が動くことになるわけだが。
そういった場面では、救助要請を出した側は、モンスターに襲われない安全エリアまでは逃げられたが、そこから先はどうしようもない。という状況に陥っている。
だが、魔法はスマホを持っていればダウンロードして使えるような時代なので、そういった人間に必要なのは、何かしらのアナログのアイテムで、しかも普通なら重くて荷物に入れないようなものなのだ。
重い荷物を背負って現場に入る。と言う意味では、公的機関でも訓練を積んでいる人間はもちろんいる。
ただ、『数多くのダンジョンで、身軽な探索者に、重い荷物を背負ってついていける』というのはなかなか希少なので、たまに呼ばれるのだ。
「……そのすごい経験値があるからこそ、こうして制圧されたわけで、その後の対処も問題はなさそうですね」
「ああ。ダンジョンには強力な自浄作用がある。それを前提に、『片付けるのはある程度で問題ない』って感覚で処理を済ませてるし、ほんと、慣れてるよ」
行政とは、稼げることではなく、必要なことをするのが求められる。
ただ、普通の人は稼げるかどうかで物事を判断する。
必要なことが何なのかを判断する経験値は足りないし、必要なことを実行するためにはどんな訓練を積むべきで、現場でどういう判断をするべきなのかも知らないことが多い。
七瀬はただの荷物持ちだが、そうであるがゆえに、いろんな現場に行ったことがある。
誰もかれもが、それを、『凄いこと』だと思っていない。
これまで何度もやってきて、体に染みついた『普通のこと』だと思っている。
「まぁ、警察の『仕事』の話はこれくらいでいいか。スライムの素材も手に入れたし、美鈴は魚を釣って満足そうだ。そろそろ帰ろう」
「そうですね」
慣れている。
そういう関係で、いろんな人がいろんな人とつながっている。
そんな世の中で。
七瀬が身に纏うジャスティススーツは、歓迎すべきか迷うのも、事実ではある。




