82話 ケン先生による魔法講座
「3日後に君主様の生誕式典が催されるから、5日後に決まったぞ」
横で話を聞いていたパッツアが口を出す。
「それで、相手は?」
「公都ギルドのS級と言ったら、「方舟の守護者」(アーク・ガーディアンズ)だろ。他のS級の中でも頭一つ抜けてるからな」
「……そうですか……。師匠、「方舟の守護者」(アーク・ガーディアンズ)は強いです。それを一人で相手なんて……無理だけはしないでください」
パッツアは相手の名前を聞き、悔しさを噛みしめるように答えた。
一方、ケンはというと、あっけらかんとした口調でバルガスに質問をする。
「って言ってますけど、実際どうですか? バルガスさん」
「はっきり言えば、相手にならん」
パッツアは「やっぱり」と思ったのか、首を垂れて項垂れた。
「ですよね……。いくら師匠でも……」
「パッツア、逆だ。ケンが強すぎて相手にならん」
「へ?」
パッツアは目を丸くしてバルガスを見る。
「ケンに言っておくぞ。自重しろよ。いいな! 相手に見せ場を作って、圧倒だけはするなよ。S級試験は勝ち負けは関係ない。力を見せればいいんだからな!」
「大丈夫ですって。任せておいてくださいよ」
「お前が『任せて』とか言うな! 大体お前は……」
話が長くなりそうな空気を読んで、ヴィシが別の話題を振ってきた。
「ところでバルガス、商業ギルドの方はどうだ?」
「あぁ? ああ、話が逸れたな。商業ギルドの方は、ケンを逃がさないようにこの屋敷の門前と裏口に人が見張ってるぜ」
ヴィシは顎に指を当て、う~んと唸っている。
「子爵様、どうなされたんですか?」
「あ~いや、うん……バルガス?」
「えっ、俺かよ?」
ヴィシとバルガスが顔を見合わせ、コソコソと話をしている。
その様子を見たアクアが、仕方がないといった様子で切り出した。
「もう♡ しょうがないわね♡ うちの人、君主様の生誕式典で他の貴族たちを驚かせたいのよ♡ だから公都内を回ってもらって、何かいい感じのネタを仕入れてほしいって悪巧みしてるのよ♡」
「悪巧み……」
「いや、聞いてよケンさん。『悪巧み』って言葉が悪いけど、君主様に喜んでもらうアイデアがないかなって思っただけだよ」
「お、おう、そうだぞ。異世界から来たお前なら、街でも見たらいいアイデアが浮かぶんじゃないかって思ってだな……」
「さっきは悪巧みなんて言ったけど、そこまで悪いことじゃないのよ♡ ブイヨン家が認められれば、それはコトコト村の発展にも繋がるんだから♡」
「そうですねぇ……。コトコト村のためになるんだったら考えなくもないんですけど……屋敷から出られないっていうのは……」
「そうだねぇ~。入り口と出口に人が見張ってるとなると、この3メートルはある壁を一気に飛び越えないと見つかっちゃうよねぇ」
「飛び越える……あっ!」
バルガスとケンが顔を見合わせた。
――そして。
ケンたちは庭に出てきた。
一緒に出てきたのは、バルガス、パッツア、ヴィシ、アクア、そして「銀翼の旅団」のシオンとアンの6人だ。
「え~っと……先生になったみたいで緊張するなぁ……。えー、皆さん聞こえてますか?」
他の者たちは頷いたり、返事をしたり、おちょくったりと、それぞれ様々な反応をする。
「え~、皆さんは『炎色反応』って知ってますか?」
「聞いたことがないです。父上は?」
「いや、僕も聞いたことはないね」
ここにいる全員が首を横に振る。
「これは、お前の世界にある『科学』の話か?」
「ええ、そうです。見せた方が早いですね」
ケンはマジックバッグの中から、いくつかの物を取り出した。
「これは塩です。これを炎の魔法で燃やすと、何色になると思いますか? はい、バルガスさん」
「えっ、そりゃあ普通の炎の色だろ。オレンジとかの」
「皆さん、同じ意見ですか?」
皆が頷く。
「では、やってみましょう」
ケンは風魔法で空中に塩を留め、そこにゆっくりと炎を混ぜる。
炎が大きくなり過ぎないように、慎重に、ゆっくりと混ぜていく。
すると、炎は黄色く燃え上がった。
「残念、ハズレでしたね。では次に行きます。これは銅を加工した時に出たカスですが、これをさっきと同じように燃やすと何色になりますか? はい、アクア様」
「えっ、私? でも炎なんて赤、黄、オレンジぐらいじゃないの? それじゃあ……赤、赤色にするわ」
「それでは、見てみましょう」
ケンは先ほどと同じように、銅のカスと炎を混ぜ合わせる。
「ケンさん、当たり前にやってるけど、これって凄いことよね」
聖職者のアンが、魔導士である魔族のシオンにコソッと聞く。
「ええ。効果範囲を限定しての2属性同時に無詠唱発動……これだけでも世界で何人できるか……」
そんな話は聞こえていないケンは、出来上がった緑色の炎を前に話を進める。
「残念、緑でしたね」
「炎って、こんなに綺麗に見えるのね♡」
緑色の炎を見ながら、アクアが答える。
「こんな感じで、火はある物と一緒に燃やすことによって、いろんな色に変わることがあります。これを炎色反応と言います。ここまでは分かりましたか?」
全員から拍手が起こる。
「さて、ここからが本番です。魔法を使う時に一番大事なことは何でしょうか? はい、アンさん」
「あ、はい……。やっぱりイメージじゃないですか? 効果、範囲ともにイメージがないと成功しないので」
「正解です。魔法はイメージが大事です。イメージと属性によって魔法は使えると、俺は考えています。つまり、イメージ次第でこんなこともできるわけです」
ケンは皆の前に右手を出す。
そして、指の一本一本に炎を灯した。
赤、黄色、青、緑、紫。
5本の指に灯った炎は、全て違う色をしている。
「では、炎を任意の場所で爆発させる魔法は何ですか? はい、シオンさん」
「は、はい! エクスプロージョンだと思います!」
「はい、正解です。では、今まで言ったことを全て合わせると、こんなこともできます」
ケンは拳を上に突き上げる。
すると、そこから火の玉が勢いよく打ち上げられた。
一筋の光が尾を引きながら青空へと上がっていく。
そして――。
昼前の青空に、小さな破裂音が響いた。
次の瞬間、色鮮やかな光の球が四方八方へと一気に広がる。
直径2メートルほどの小さな円の中に、赤や青、金色の光の輪が鮮やかに咲き誇った。
「これを俺たちのいた世界では『花火』って言います。魔法で上げるから、ファイヤーフラワーって言った方がいいかな?」
「ファイヤーフラワー……」
「綺麗……」
皆から感嘆の声が上がる。
「これを君主様の生誕式典の時に上げるのはどうでしょう? 夜の方が綺麗に見えるけど、ここから打ち上げればお城からはよく見えますし、50発くらい打てば見栄えもいいですし、俺もこの屋敷から出なくてもいいですし。どうですか?」
ヴィシが満面の笑みを浮かべ、ケンの手を握る。
「いいね! 最高だよ、ケンさん! 他の貴族たちは、いかにもお金を掛けたプレゼントばかりで、僕としては気持ちを大切にしたかったんだよ。本当に最高の生誕式典になると思うよ!」
ケンとヴィシは、生誕式典のサプライズとなる花火について会議を始めた。
そして夜に花火を上げることを決定し、打ち上げのタイミングなどを細かく詰めていった。
火魔法の使えるアクア、パッツア、シオンの3人は、炎に色を付ける練習をしていた。
ヴィシとの話し合いを終えたケンが皆に向かって話をする。
「そろそろ俺は公都を見て回ろうと思います」
「だけど師匠、外にいる商業ギルドの方は……」
「大丈夫だ、パッツア」
バルガスが答える。
「それじゃあ皆さん! こうやって、できれば3色、うまくいけば5色を目標に炎を出しましょう!」
そう言ってケンは、西側の壁の上に少し出るように5色の炎を浮かばせる。
皆がその炎に目を奪われている。
そして、外で見張っている商業ギルドの者たちも、その炎に気を取られていることを確認すると、ケンは東側の壁をフライングブーツで軽く飛び越えた。
こうして、ケンは公都へと姿を消した。
ケンがいなくなったブイヨン邸に、パッツアの声が響く。
「父上、僕は師匠に勝てるんでしょうか?」
「彼も鬼じゃないんだから、ちゃんとパッツアの努力を見てくれると思うよ。ねえ、バルガス」
「あいつは努力は見てると思うが……親馬鹿だからなぁ」
「あははは……」
「ちょっと! 僕はいつになったらリナさんと結婚できるんですか!?」
「あははは……」
ヴィシとバルガスの乾いた笑いが、ブイヨン邸の庭に響くのだった。




