81話 王都にて 02
「おはようございます」
ケンがブイヨン子爵の公都にある別邸のダイニングへ入ってきた。
公都の別邸は、コトコト村にある本邸の三分の一程度の規模ではあるものの、一辺が百メートルほどある正方形の敷地を石壁で囲った立派な建物だった。
敷地内に建つ建物も、十部屋ほどある二階建てで、まさに金持ちの別荘といった雰囲気である。
「おはよう、ケンさん。よく眠れたかい?」
「ええ、おかげ様で」
二人が挨拶を交わすと、メイドたちが朝食を運んできた。
焼きたてのパンにスープ、卵料理にサラダ。
次々と料理が並べられ、朝食の準備が整っていく。
全ての料理が揃う頃には、ダイニングに全員が集まっていた。
ケン、ヴィシ、アクア、パッツア、そしてシルバー・ウィングスのメンバーたちである。
バルガスだけは朝から冒険者ギルドへ顔を出しているらしく、まだ姿を見せていなかった。
シルバー・ウィングスのメンバーは当初、自分たちがパッツアと同じ席で食事をすることを遠慮していた。
しかし、
「同じパーティーで食事をするのは当たり前だろ」
とケンが押し切った。
さらに、食事中は敬語も禁止にした。
対等な立場で意見を言い合えなければ、冒険者パーティーとして上手くいくはずがないからだ。
最初こそ遠慮していたメンバーたちだったが、ここ数日でかなり慣れたらしい。
今では普通に昨日の反省点や改善案を話し合いながら朝食を取っていた。
「昨日の最後の警戒は俺が甘かった」
「いや、俺も周囲の確認を怠ってた」
「次からは交代で索敵を確認した方がいいかも」
「それなら私も魔法で補助できる」
そんな会話が自然と飛び交う。
その様子を見ていたヴィシが満足そうに頷いた。
「うんうん、いい雰囲気になったね」
「これくらいなら、俺が話さなくても子爵様が話せば良かったんじゃないですか?」
ケンがそう言うと、ヴィシは苦笑した。
「いや、この生活に慣れてしまうと、こんなことにも気付かなくなるんだと反省していたのさ」
「そうそう♡ 自分たちが昔は普通にやっていたことなのにねぇ♡」
アクアも楽しそうに笑う。
「そんな大層なことは言ってませんからね」
「師匠、そんなご謙遜を」
パッツアがすかさず口を挟む。
「師匠が言ってくれたから、僕たちは変われたんですよ」
分かりやすい持ち上げ方に、ケンは思わず顔をしかめた。
「はいはい、分かったから食べろ」
照れ隠しも兼ねて話題を変える。
「そういえば、このポタージュ公国ってヴォルガノン帝国から独立した国なんですよね?」
「そうだね」
「それなのに、何でヴォルガノン帝国より大きいんですか?」
その質問に答えたのは現ブイヨン子爵であるヴィシだった。
「ヴォルガノン帝国が軍事国家だというのは知っているかい?」
「ええ、前にバルガスさんから聞きました」
「今から350年ほど前にポタージュ公国は建国されたんだが、その頃はヴォルガノン帝国と魔王国アビスガルドが戦争状態だったんだ」
「はい」
「そして当時のポタージュ公国には、両国の間に立つ壁の役目が与えられた」
「壁ですか……」
「正確には、ヴォルガノン帝国の筆頭公爵家だったミネストローネ公爵家を良く思わない貴族たちに押し付けられたんだね」
「酷い話ですね……」
「ところが、そこは我らが君主ミネストローネ公爵さ」
ヴィシは少し誇らしげに笑った。
「彼は支配ではなく友愛の道を選んだんだ」
「友愛ですか?」
「そう。魔王国アビスガルド、ドワーフ国アイアンフォルジュ、エルフ国エルダー・リーフ、獣人国ファングランド。その四か国との仲を取り持ち、貿易を始めたのさ」
「戦争じゃなくて商売を選んだんですね」
「もちろん、最初はヴォルガノン帝国に黙ってね」
ヴィシは肩をすくめる。
「ミネストローネ公爵って凄い人だったんですね」
「そうだね。ミネストローネ家は代々平和主義者が多いんだ」
そう言いながらヴィシはパンを一口かじった。
「地理的に貿易の要所となったポタージュ公国は急速に発展した。一方で、戦争を続けたヴォルガノン帝国は軍事費が嵩み、財政難に陥った」
「なるほど……」
「そして困窮した帝国はポタージュ公国へ援助を求めたんだ」
「それで?」
「援助の代わりに領土を譲渡したのさ」
ケンは思わず目を丸くした。
「それで国土が大きくなったんですか」
「そういうことだね」
「今も帝国は魔族を倒したいとか思ってるんですか?」
「今はそこまで望んではいないと思うよ」
「そうなんですか?」
「五ヶ国協定があるからね」
「五ヶ国協定?」
「そう。ポタージュ公国、魔王国アビスガルド、ドワーフ国アイアンフォルジュ、エルフ国エルダー・リーフ、獣人国ファングランド。この五ヶ国による不可侵友好協力協定さ」
「へぇ……」
「帝国はその枠組みから外れてしまった。だから今さら一国で戦争を仕掛けるのは現実的じゃないんだよ」
「それって、どれくらい昔の話なんですか?」
「戦争をしていたのが四百年ほど前かな。協定が結ばれたのは三百年ちょっと前だったと思うよ」
「結構長い歴史があるんですね」
ケンが感心していると、不意にダイニングの扉が開いた。
入ってきたのはバルガスだった。
朝から冒険者ギルドへ向かっていたらしく、少し慌ただしい様子である。
「ケン」
「おっ、バルガスさん。どうしたんですか?」
バルガスはニヤリと笑った。
「昇格試験のことだが、日にちが決まったぞ」




