79話 公都に到着 02
お待たせして申し訳ございません。
「そうですねぇ……俺が言うのは失礼にあたるかもしれませんが」
「内々の話だし気にしなくていいよ」
「それでは失礼して……パッツア様はとても優秀な印象があります。おそらくですが物覚えが良く、剣術に関しても武器は別として、とてもよく勉強をしていて、おそらく試合であればとても優秀な成績を残しているのではありませんか?」
「あら、ケン♡ よく分かってるじゃない♡」
喜ぶアクアの横で、ヴィシは浮かない顔をしている。
「しかしながら……ハッキリと申しますと、優秀な成績は試合だけで、実戦となれば別の話では?」
「そ、それは……」
アクアも思うところがあったのか、言葉が詰まる。
「流石ケンさん。その見立ては合ってると思うよ。よく分かったね」
「俺もそれなりに経験を積んで生きてますからね。顔つきで大体分かりますよ」
ケンは馬車の横を付いて歩くパッツアを見ながら答えた。
パッツアは今年で十八歳になると聞いたが、見た目は十五歳以下の中学生のように見える。
この世界は十五歳で成人になるので、大人として仕事もしている人たちは日本人に比べて大人びて見える。
それはやはり経験によるものなのだろうとケンは思った。
つまりパッツアは、それだけ経験が少ないということだ。
よく言えば擦れていない。だが悪く言えば世間知らずだった。
ケンと一緒にパッツアを見ていたヴィシが少し考え込んだ後、ケンに提案した。
「ケンさん、うちのパッツアを弟子にしないかい?」
「えっ? あなた?」
「は? 弟子?」
突然の提案に唖然とするケン。
目を丸くするアクア。
だがヴィシはそのまま話を続けた。
「だって丁度良くないかい? ケンさんはリナちゃんを結婚させたくないんだろう?」
「それはもちろん」
「それならこうしない? そうすれば……」
ヴィシはケンとアクアに説明した。
ブイヨン家はソワーズが平民から成り上がった家だ。
ヴィシが生まれたのはまだ平民の頃で、冒険者になろうと思った頃に貴族となった。
だからこそ、生まれた頃から貴族だったパッツアをどう育てていいのか悩んでいたらしい。
パッツアのパーティーメンバーも子爵付きの衛兵たちから選んだ。
だが今思えば、それが良くなかった。
お坊ちゃまと呼ばれ、魔王に教えを請い、周囲は誰も強く叱れない。
結果として、増長するパッツアをコントロールできず、甘やかしてしまった。
そこで異世界から来たケンだ。
教養もあり、常識もあり、なおかつ冒険者としての感覚も持っている。
まさに渡りに船だった。
ケンに教えを請えば、それは財産となり後々必ず活きるだろう。
ついでに勇者がお嫁さんに来れば、なお良し。
そんな考えらしい。
ケンは「俺は剣士じゃないから辞めた方がいいのでは」と抵抗した。
だがヴィシは、ケンに教えて欲しいのは剣術ではなく、冒険者としての心意気だと話した。
ケンは異世界から来たにもかかわらず、冒険者のことをよく理解している。
命綱となる情報はもちろん、本来なら飯の種にもなる重要な知識まで恩着せがましくなく教えてくれる。
それは冒険者の理想だとヴィシは力説した。
ケンはそれが日本で遊んでいたMMORPGの基本だからとは説明できず、歯切れの悪い返事しかできない。
だがヴィシの熱弁に心を打たれたアクアとバルガスまでヴィシの味方に回った。
いよいよ返事に困ったケンは、
「考えます」
と言って馬車から逃げ出し、そのまま馬車の上で一人胡坐をかいて考え込んでいた。
「何だよ皆して……誰も俺の味方に……」
ブツブツと独り言を漏らすケン。
まだ子供だと思っていたリナに突然起こった結婚話だ。
冷静にいられるはずがなかった。
だが周りはそうは思ってくれない。
ブイヨン家は大歓迎といった感じで、パッツア自体も悪い印象はない。
だが親馬鹿なケンは、どんなに条件が良くても納得できなかった。
「はぁ……」
大きくため息を吐きながら空を見上げる。
青空の下を馬車の列が進んでいく。
馬車の横ではパッツアが護衛として周囲を警戒していた。
その姿を見ながら、ケンはふと思う。
もし本当にリナと結婚したいのなら。
もし本当に家族になるつもりなら。
簡単に認めたくはない。
リナを守れる男かどうか、自分の目で確かめる必要がある。
「……そうか」
ケンは一つの結論に辿り着いた。
「勝てばいいんだ」
その時、馬車の窓が開き、ヴィシが顔を出した。
「どうだい? 考えはまとまったかな?」
「一応は」
「本当かい!?」
「ただし、これは俺の条件です。コトコト村に帰ったらサオリにもちゃんと聞いてください」
ヴィシは笑みを浮かべる。
「分かった。それじゃあ聞こうじゃないか」
「交際自体は問題ないです。だけど結婚というなら、パッツア様が模擬戦で俺に勝ったらリナとの結婚を認めます」
「おお!」
ヴィシの顔が明るくなる。
だがケンは続けた。
「逆に言えば、俺に勝つまでは結婚も婚約もなしです」
「なるほど」
「リナを守れる男かどうか、父親として見極めさせてもらいます」
ヴィシは数秒考えた後、大きく頷いた。
「いい条件だと思うよ」
その返事を聞き、ケンは馬車の上から飛び降りた。
「パッツア様!」
「はい! お義父様、何でしょうか!」
呼ばれたパッツアが振り返り、急いで駆け寄って来る。
「別に君にお義父様って呼ばれる覚えはないんだけど」
「いえいえ、リナさんのお父さんですから」
「はぁ……まあいいです。それよりもお話があります」
そう言いながらケンは事情を説明した。
パッツアは最後まで聞くと目を輝かせる。
「つまり!」
「師匠を超えればリナさんと結婚できるのですね!」
「そういう事になりますね」
「受けて立ちます!」
パッツアがガッツポーズを取って喜ぶ。
あまりにも迷いのない返事にケンは少し苦笑した。
「そうですか」
その時、ケンが突然真顔になった。
辺りを見回すが、シルバー・ウィングスのメンバーも何も気付いていない。
「パッツア様」
「はい!」
「そのまま動かないで下さい」
「え?」
ケンの視線がパッツアの後方へ向く。
空気が変わった。
シルバー・ウィングスのメンバーも異変を察知する。
ケンはマジックバッグからライフルを取り出した。
銃口が真っ直ぐパッツアの方へ向く。
「鉄のパイプ? ケンさん、それは何ですか?」
アンが声を上げる。
しかしケンは構わない。
「動かないで」
短く告げる。
パッツアも本能的に従った。
次の瞬間――
シュパン!
乾いた音が森に響いた。
ライフルから射出された石の弾丸はパッツアの目の前をかすめて飛んでいく。
「っ!?」
パッツアがぺたんと腰を落とす。
直後。
後方の茂みから飛び出そうとしていたキラーアントの頭部が砕け散った。
静まり返るシルバー・ウィングスのメンバーたち。
そして次の瞬間。
ケンだけがファインドの魔法で状況を把握し、指示を飛ばした。
「キラーアントの群れだ!」
「ボリス前へ!」
「おう!」
「ミリーは右!」
「了解!」
「シオンは後方支援!」
「任せて」
「アンは回復待機!」
シルバー・ウィングスが一斉に動き出した。
キラーアントの群れが森から次々と現れる。
ケンもライフルをハンドガンに切り替え、雷撃の援護射撃を開始する。
パッツアは大鎌を振るいながら戦うが、その表情には焦りが浮かんでいた。
戦闘終了後。
十数匹のキラーアントが地面に転がっていた。
ケンはパッツアへ歩み寄る。
「パッツア様」
「はい」
「何匹いました?」
「え?」
パッツアは答えられなかった。
「それじゃあ護衛失格ですよ」
「で、でも出てきた魔物は全部倒したじゃないですか」
「敵を倒すだけなら兵士だっていいじゃないですか」
「くっ……」
パッツアは肩を震わせる。
「冒険者の護衛は違います。対象を守るのが仕事です。その為に出来る事をしないと」
そして周囲を見渡した。
「もしボリスが病気だったら?」
「ミリーが怪我をしていたら?」
「アンが倒れていたら?」
「シオンの魔力が切れていたら?」
「それでも依頼人を守れますか?」
パッツアは何も言えなかった。
「仲間に頼るなとは言わないよ」
「でも万全を期す為に仲間に頼り過ぎるのは駄目です」
「あなたの仲間は冒険者ではないのですから」
「いや、僕らは冒険者パーティーです」
「冒険者と兵士の違いが分かりますか?」
パッツアは意図が分からず答える。
「冒険者と兵士? そんなの強ければいいのでは?」
はぁ、とため息を吐き、ケンは答えた。
「いいかい。兵士の強さは『組織としての頑丈さ』だ。彼らは勝てなくても戦線を維持して生き残れば次の給料が出る。国がその命を保障しているからだ。
だが俺たち冒険者は違う。 成果がゼロなら、その日の宿代も薬代もない。 君がどれだけ強くても、たった一回の失敗で全財産を失い、のたれ死ぬ事だってある。兵士は『負けない訓練』をするだが冒険者は『生き残って稼ぐ計算』をする強さのベクトルが根本から違うんだ君はその強さで仲間全員を食わせる計算が立っているのかい?まさか子爵家から給料が出ている訳ではないのだろう?」
パッツアはハッとした顔をした。
どうやら図星だったようだ。
そんなパッツアを見てケンは苦笑する。
「まあ難しく言いましたが、俺は剣も教えられませんし、大して強くはないですよ」
「ただ、こうして冒険者としての生き方なら少しは教えられます」
その言葉を聞き、パッツアは深く頭を下げた。
「……師匠」
こうしてケンとパッツアの奇妙な師弟関係が始まったのだった。
その後ろで様子を見ていたバルガスが一言呟く。
「お前が強くない訳ないだろ……」
こうして一週間後、ケンたちは公都セント・シチューに到着した。




