78話 公都に到着 01
『ちょっと待ったーー!』
慌ててケンが二人の間へ割って入り、両腕を大きく広げて距離を取るように促す。
『……お父さん! 娘さんを僕に下さい!』
『お前に、いや君に、お父さんと呼ばれる覚えはない!』
『パパ! これは運命だよ! 私も分かったよ! この人と……パッツアさんと結婚する!』
『リナ、よく考えろ! ブイヨン子爵は伯爵に昇爵するために公都へ行くんだぞ! お前はバカなんだから伯爵夫人なんて務まる訳ないだろう! そもそも、お前みたいなバカが伯爵家に結婚を許可される訳ないだろ!』
『ちょっとパパ! いくら何でもバカって言い過ぎなんじゃない?』
『リナ、よく考えろ! お前は自分で思ってる以上にバカなんだぞ! その辺をもう少し自覚し――』
『パパなんて大っ嫌い!』
リナは聖剣ジェディアスを鞘に収めたまま、大きく振り抜いた。
かつて魔王ヴァンドレッドをホームランした時と同じ一撃。
しかしケンは、とっさに風魔法を使って勢いを殺し、そのまま元の場所へ着地する。
娘を思う父だからこそ、必死だった。
『いくら何でも大嫌いはないだろ! そんなこと言うとパパ泣いちゃうぞ!』
『ケンさん、ちょっと落ち着いて……』
見かねたブイヨン子爵が二人の間へ入る。
『子爵様からも言ってくださいよ。まだ結婚は早いって』
『君たちが来た地域のことはよく分からないけど、この世界では普通に結婚を考える年齢じゃないのかい?』
異世界転移の件は秘密のため、ブイヨン子爵は言葉を選びながら話を続ける。
さらにケンの耳元へ顔を寄せ、小さな声で囁いた。
『僕たちからすれば、現役の勇者様と息子が結婚してくれるなら大歓迎だよ。
それによく考えてみなよ。
いずれリナちゃんが勇者様だということは国中に知れ渡る。
そうなれば、本人の意思とは関係なく王族との婚姻話が進む可能性だってあるんだ。
ケンさんは、それでもいいの?』
『子爵様~! そんなこと言わないで下さいよ~!』
ブイヨン子爵の言葉に、ケンは思わず涙を流し始めた。
しかしその表情は怒りに満ち、まるで血の涙でも流しそうな形相である。
あまりに慌て過ぎて、もはや感情の整理が追いついていなかった。
『取りあえず、この話は公都から帰って来てから改めて話そう。
リナちゃん、それでいいね?』
父のあまりの様子に驚いたのか、リナは小さく「分かりました」とだけ答え、そのまま家へ戻っていった。
こうしてブイヨン子爵が何とかその場を収め、一行は公都へ向けて出発した。
◇ ◇ ◇
公都へ向かう馬車の中。
そこにはブイヨン子爵夫妻、バルガス、そしてケンの四人が乗っていた。
当然ながら話題の中心は、先ほどのパッツアとリナの突然の結婚話である。
ブイヨン子爵とバルガスの説得もあり、ようやく少し落ち着きを取り戻したケンは、改めてブイヨン子爵夫妻へ尋ねた。
『先ほどは慌ててしまって、すいませんでした。
でも、いくら何でも早過ぎると思うんですけど……』
『僕としては息子のことだから、そこまで気にはならないけど、ケンさんの所は娘さんだからね。
言いたいことは分かるつもりだよ。
だけど、うちとしては是非お願いしたいと思ってる。
なにせ勇者の称号を持ってて尚且つ父のお墨付きだからね』
『お墨付きって……。
先代様は、そんなにリナのことを気に入っているんですか?』
『もちろんだよ。
そうじゃなければ弟子になんてしないからね』
『はぁ……』
『それよりも、ケンはパッツアのことをどう思ってるの?♡』
アクアにそう尋ねられ、ケンはパッツアの姿を思い浮かべる。
とは言っても、まだ会話を交わした時間は短い。
しかし、美容師として二十年以上、多くの人と接してきたケンには、人を見る目には多少の自信があった。
その経験を思い返しながら、ケンは静かに口を開く。
『そうですねぇ……』




