75話 ケンは美容師
『これが私……』
そこには美容師のケンによって見事に美人オークへと変身したパクとモグが、鏡を見つめていた。
『仕事の時は縛るから、長さは残しつつ、毛量が多いからレイヤーに切って鋤鋏でボリュームを調整してるぞ。前髪もモグは可愛く、パクは大人っぽくして、顔回りの小顔効果と自然な束感を意識して作ってみた』
『お母さん綺麗になったよ! パパ凄いよ! 私も可愛くなった?』
『ああ、モグも可愛くて美人になったぞ!』
『やっとケンもお店を使うことが出来たわね。身内だけど』
『パパって本当に髪切るの上手でしょ? パクも綺麗になったし、モグなんてこんなにも可愛いんだから!』
またしてもリナはモグを抱き上げて頬擦りする。
『お姉ちゃん、擽ったい』
『今からお風呂に入ると思って髪洗ってないからな。じゃれるのはいいけど、毛が落ちるぞ~』
『モグ、それじゃあお姉ちゃんと一緒にお風呂入ろっか!』
『うん! 一緒に入る!』
『ちゃんとお風呂の入り方と、体と髪の洗い方も教えるんだぞ』
『は~い、行こうモグ』
『うん!』
二人は手を繋いでお風呂へ向かっていった。
『パクもモグの後でお風呂に入った方がいいぞ。まだお風呂の入り方が分からないだろうから、サオリと一緒に入ってもらえばいい』
『はい、分かりました』
パクは返事をすると、美容スペースを出て上へ向かう。
『サオリ、モグとリナがお風呂から出たら、パクと一緒に入ってくれるか?』
『ええ、分かったわ。ちょっと灯り付けてくれる?』
夕方になってきたのか、部屋の中が少しずつ暗くなっていた。
ケンはキッチン横のスイッチに触れ、魔力を流し込む。
すると今まで薄暗かった部屋が一瞬で明るくなった。
『ケンさん、これは……』
『ああ、説明してなかったか。これは魔道具だよ。マジックアイテムとも言うな』
『魔道具……その魔道具とは、灯りをつける物なんですか?』
『灯りだけじゃないよ。そうだな……魔石の魔力を使って生活を便利にする道具って感じかな。火を出して料理したり、お湯を出してお風呂を溜めたり、灯りを点けて部屋を明るくしたりな』
『生活を便利にする道具……凄いですね。我々オーク族でも、そのような物が作れるようになるのでしょうか?』
『興味があるなら、お風呂入ってご飯食べた後に詳しく話そうか?』
『はい、是非』
サオリがテキパキと夕食の下ごしらえをしていると、リナとモグがお風呂から出てきた。
ケンはドライヤーの使い方を説明しながらモグの髪を乾かしていく。
その間に、サオリとパクがお風呂へ向かった。
モグの髪が乾くと、ケンはドライヤーをリナへ渡し、モグの髪をツインテールに結んであげる。
『いや~ん! モグが更に可愛くなった~!』
『ホントに? お姉ちゃん、パパ、私可愛くなった?』
『ああ、とっても可愛いよ』
『うんうん』
リナの髪も乾き終えた頃、サオリとパクがお風呂から出てきた。
今度はパクの髪を乾かしながら、ドライヤーの使い方を教えていく。
最後に仕事の邪魔にならないよう、ポニーテールに結んであげた。
『こうすれば仕事の時も邪魔にならないだろ?』
『はい、ありがとうございます』
ケンはドライヤーをサオリへ渡し、そのままお風呂へ向かった。
ケンがお風呂から出て髪を乾かし終わる頃には、夕食の準備も整っていた。
『『『『『いただきま~す!』』』』』
『今日のご飯は具沢山ワイバーンコンソメスープとポテトサラダ、メインはブラッディブルのチーズハンバーグよ』
『う~ん、美味し~!』
『ママ、このお肉の中のトロっとしたのが美味しいよ!』
『そのお肉がハンバーグって言って、中のトロっとしてるのがチーズだぞ』
『サオリさん、この具沢山ワイバーンコンソメスープというのは……』
皆で食事を終えた後、ケンの美容室裏にある倉庫兼魔道具作業場に、ケン、パク、モグ、リナが集まっていた。
『流石に狭いな……』
『でしょ? 私いなくても良くない?』
『いや、俺達もうこっちの世界に来て一年だぞ。流石に呪文の詠唱くらい覚えてるよな?』
『え、詠唱……うん、勿論オボエテルヨ』
『はい、三人で確認しような』
渋々ながらリナも加わる。
『まず初めに、パクの質問だが、魔道具師はオーク族にもなれる。ただ、今はなれないと思う』
『今はなれないというのは?』
『前に長に聞いたんだが、オーク族で文字を書ける人は少ないだろ?』
『ええ、長の他に二人くらいしかいませんね』
『最初の理由はそれだな。魔道具は文字で起動させて、魔石の魔力を媒体として使う道具だ。文字を知らないと作れない』
『それなら長なら作れるのですか?』
『長がどれくらい文字を書けるかは分からないけど……』
ケンは横に置いてあった羊皮紙とレッドラズリ水溶液を持ってきて線を書いた。
一つは綺麗な真っ直ぐな線。
もう一つはいびつながらも真っ直ぐな線。
『モグ、この紙に軽くでいいから魔力を流してみて』
モグは両手で羊皮紙を持ち、魔力を流した。
綺麗な線には光が流れ、いびつな線は燃え上がる。
『ごめんなさい……紙が片方燃えてしまいました』
『大丈夫だよ。こうして魔道具の文字は狂いなく書かないと燃えてしまう。もっといびつに書けば爆発することだってあるんだ。……つまり、文字や線を寸分の狂いなく書ける技術力が必要なんだ』
『確かに今のオーク族では、ここまで綺麗な文字や線は書けませんね』
『そういうこと。もし人族ともっと仲良くなって、オーク族が普通に文字を書けるようになった時、魔道具師を目指したいオークが現れたなら、修行すればなれるようになると思うぞ』
『その為にも、我々が人族の生活に慣れないといけないのですね』
『そうだな。モグは人族は好きか?』
『私? 私は大好き! だって皆優しいもん!』
ケンは優しい目をしてモグの頭を撫でた。
『年齢を重ねたオーク達は反発することもあるかもしれない。でもモグみたいな若い世代がいれば、きっと大丈夫だ』
『ええ、そうですね』
『パパ~』
『リナどうした?』
『魔法の詠唱の話無かったじゃん。やっぱり私いなくて良かったじゃん』
『ちょうど今から話すところさ。モグ、オーク族に伝わる火魔法の詠唱は分かるか?』
『火魔法の詠唱? え~っと……『母なる聖霊よ、我が魔力を基に彼の者を倒したまえ』だよ』
『へぇ~、そうか。オーク族は神に祈らないのか』
『神様に祈るの? 聞いたこと無いよ』
『精霊か……やっぱりいるんだな……』
『パパどういうこと?』
『説明する前に、リナ。火魔法の詠唱は?』
『え? 火魔法? え、え~っと……『天に在す父よ……』ごめんなさい、分かんない』
『『天に在す父よ、万物を温め照らす浄火に感謝を捧げん。御国が光に満ちるごとく、導きの炎を地に灯したまえ』だ。ちゃんと覚えろよ』
『ごめんなさい……とにかく話の続きは?』
『これは想像だけど、元々魔法の詠唱は二種類あったんだ。人族は魔力が少ないから神様から魔力を補助してもらう詠唱。オーク族は魔力が高かったから精霊に威力を補助してもらう詠唱って感じにな』
『つまりどういう事?』
『詠唱をちゃんと覚えたら教えてやる』
『ぶー』
『今日は皆ありがとう。色々と勉強になったよ』
『私も一族の将来の話が聞けて良かったです』
『私も! 違う詠唱があるって聞けて良かった!』
『私は……もっと勉強した方がいいって分かった……と思う。たぶん』
こうして、一か月後――ケンが王都へ向かう日がやって来た。




