第65話 武器改造と、叫びながら潰せ!
リビングでケンが待っていると、一時間ほどしてクルトンが戻ってきた。手には新しい武器袋。顔は少し悔しそうで、でもどこか誇らしげだ。
「いい物があったかい?」
「にゃ。何とか見つけたにゃ。ほんとはもう少しいいのがあったけど、予算がにゃかったにゃ」
「それじゃあ見せてくれ」
クルトンが差し出したのは、今まで使っていたものより幅が広い両刃のダガーだった。刃の存在感が増し、“突く”だけじゃなく“切る”ことも意識した形になっている。
「うん。いいダガーだ」
ケンはすぐに作業に入った。柄頭を『精密工作』で削り、魔石がぴたりと収まる穴を作る。そこへ魔石をはめ、次にレッドラズリで柄へ通路を引き、魔力の道を通す。
組み込む魔法陣は二つ――『耐久』と『振動』。
まずは柄側へ『耐久』の魔法陣を置き、固定の魔法陣を重ねる。羊皮紙が吸い込まれ、魔法陣がダガーに定着した。
「きれいだにゃ……」
クルトンが思わず微笑む。
ケンはダガーをひっくり返し、反対側に『振動』と固定の魔法陣を重ねる。同じように羊皮紙が消え、ダガーが静かに“完成”の気配を帯びた。
ケンが魔力を流すと、刃がかすかに震え始めた。
「よし、できたぞ」
クルトンへ返すと、クルトンは驚いて目を丸くする。
「にゃんか震えてるにゃ!」
そのタイミングで、ルーとニノンも部屋に入ってきた。二人とも、作業を終えた顔をしている。
「どうだ? できたかい」
「ええ、一応は」
「ニノンが頑張ってくれました」
そう言って二人は弓と杖を出した。
ニノンの弓には『射出』と『追尾』。
ルーの杖には魔石を二つ組み込み、『増大』と『補助』の魔法陣。
さらにケンは、ついでと言わんばかりにニノンのレイピアにも『振動』と『耐久』を組み込んでやった。
「まずは試しに行くか?」
ケンの一言で、四人はダンジョンへ向かうことになる。
道すがら、ニノンがふと思い出したように尋ねた。
「そういえば、リナはどこにいったんでしょう?」
「多分ダンジョンにいると思うぞ」
ケンは妙に確信めいた声で答えた。
*
二時間前――。
リナとサオリは、ダンジョンへ向かって歩いていた。
「ねえママ、このまま行くとダンジョンに行くんだけど」
「ダンジョンに行くわよ」
リナがびくっとして木に隠れる。
「ゴキブリが居るんだよ! 何で行くの!? ゴキブリ嫌い直してからじゃないの!」
サオリはため息をつき、リナの前に立った。
「いい、リナ。よく聞いて。私もゴキブリが嫌いなの」
「じゃあ行かなくていいじゃん!」
「嫌いだけど倒せるの。だからリナも、嫌いのままでも倒せればいいんでしょ」
「それは……そうだけど……」
「ね。だから、嫌いな虫でも倒せる方法、見せてあげる」
「うん! わかった!」
リナが少し勇気を出したところで、逆に気になった顔をする。
「でも、何でママは嫌いなゴキブリ倒せるようになったの?」
「それはね……私が調理の専門学校を卒業して、すぐ就職したお店で教わったの」
「どんな風に?」
サオリは真剣な目で言った。
「食事を扱うお店でゴキブリが出るってことは、絶対にあってはいけない事なの。でも奴らは、どこにでも出てくる。そしたら先輩が言ったの」
サオリは当時の声を真似るように、短く言い切った。
「『ゴキブリを見たらすぐに倒せ。好きとか嫌いの話じゃない。嫌いでも叫びながらでも、見た瞬間に倒せ』ってね」
リナはぽかんとして、そして頷いた。
「倒せるようになる、じゃなくて……倒さないといけない、だね」
「そういうこと」
リナはなぜか、急に納得した顔になる。
「なんだか私も倒せるような気がしてきた」
しばらく歩くとダンジョンへ到着した。そこでサオリが武器を構える。
「ママが武器持ってるの初めて見た……剣とナイフの中間みたい」
「これはマチェーテって言うらしいわよ。キャンプとかサバイバルで便利なんだって。包丁に近い形なら、私でも扱えるだろうって、ケンが持ち手を包丁っぽく作り直してくれたの」
「へぇ~。ママってパンチで魔物を倒すのかと思った」
「私だってゴキブリ嫌いだから、さすがに素手でゴキブリを潰せないわよ」
「だよね……聞くんじゃなかった……想像しちゃった……」
「さ、そのイメージも払拭させる為にも、早く行きましょう」
ダンジョンへ入ると、サオリの動きは“包丁捌き”そのものだった。
モンスターが出るたび、三枚おろしみたいに切り刻まれていく。リナは目を丸くしながらついていった。
あっという間に三階層の入口。
「いい、リナ。ここからは私が前。あなたは後ろから見てなさい。行けそうなら自分で判断して戦うの。見つけたら怖がりながらでも、とにかく倒す。いなかったら怖がらなくてもいいでしょ」
「分かった! そうだよね。全部倒せば怖がらなくていいもんね!」
なぜか“攻略”として納得したリナは、そのまま三階層へ。
――目の前に、ジャイアントコックローチ。
それを見た瞬間、
「いやあぁぁぁぁぁぁーーー! ゴキブリィィィィィーーー!」
叫んだのは……リナではなくサオリだった。
「気持ち悪いぃぃぃぃーーー!」
叫びながら、ジャイアントコックローチを小間切れに刻むサオリ。
リナは唖然として、そして目を輝かせた。
「ママ凄いよ! 怖くても倒せばいいんだね! 次からは大丈夫!」
そこへ今度は、ジャイアントコックローチの群れ――三十匹ほどが現れた。
サオリとリナは顔を見合わせ、頷く。
「「いやあぁぁぁぁぁぁーーー! ゴキブリィィィィィーーー!」」
*
一方その頃、ケンたちはダンジョン内にいた。新装備の実戦テストだ。
「そこの左の通路に二匹。クルトン」
「はいにゃ」
クルトンが素早く飛び込み、ジャイアントスパイダーを仕留める。
以前の“突くしかない”戦い方ではなく、刃の震えを活かした切断が決まる。
「後ろから一匹来るぞ。まだ距離があるからニノン、このまま真っ直ぐ撃て」
「はい」
放たれた矢は、少し軌道を変えてポイズンバタフライに吸い込まれるように当たった。
「どうだ、使った感じは?」
「凄いにゃ。突くだけの攻撃と違ってバリエーションが増えるし、何よりよく切れるにゃ」
「『振動』との組み合わせが効いたみたいだな。ニノンは?」
「矢のスピードが違います。前より遠くの敵も狙えます。それに……矢が当たりに行きましたね」
「弓の形状と『追尾』を組み込んだからな。矢は真っ直ぐ飛ぶ力が強いから、当たるまで追うような動きはできない。けど少しくらい外れても“寄せる”程度ならいけるはずだ」
二人はへぇ~と頷き、自分の武器を見つめ直す。
「よし。あっちにキラービーらしき影が見える。十匹くらい。ルー、任せていいか?」
「はい」
ルーが詠唱する。
「ファイヤーウォール!」
一瞬でキラービーの群れが消し炭になった。
「凄いです……いつもより楽に打てます」
「杖に魔石を二つ仕込んである。『増大』に『補助』を足して、魔石が体内の魔力を一部肩代わりしてくれるはずだ」
ケンはさらに、ルーへ小さめの魔石を渡した。
「この魔石には『貯』の魔法陣が組み込んである。この手袋をはめて握ってみてくれ」
ルーが言われるまま手袋をはめ、魔石を握る。
「……魔力が回復してる」
「そうだ。魔石に溜めた魔力を『出』の手袋でチャージして、『入』の手袋で体内に戻す。大きい魔石があればもっと良かったが、今はこれが限界だ」
ルーの表情が明るくなる。
「これがあれば、すぐ回復できます。マジックポーションは効くまで時間がかかるから……でもこれは即効性がある。倒れなくていい」
「気に入ってもらえて何よりだ」
その時、下の階層から――途切れ途切れの叫び声が響いた。
「「……やあぁぁぁぁ……りぃぃぃぃ……」」
ニノンたちが焦って顔を上げる。
「い、今の声……!」
だがケンだけが、くすくす笑っていた。
「パパさん、何笑ってるんですか!」
ケンは肩を揺らしながら、昔を思い出していた。
結婚当初、家にゴキブリが出たとき――サオリは叫びながらも、見た瞬間に叩き潰していたのだ。
そして今も、響く。
「いやあぁぁぁぁぁぁーーー! ゴキブリィィィィィーーー!」
叫び声は、今日も元気だった。




