第64話 ダンジョン三階層と、コトコト・キッチン強化計画
ダンジョン周辺の魔物討伐をかなりの数こなしたことで、コトコト・キッチンの四人――リナ、ニノン、クルトン、ルーは「先にダンジョンへ入っていい」とギルドから許可をもらった。
ついに本格的な探索。胸が高鳴る――はずだった。
一階層、二階層は問題なかった。前回、ケンが報告していた虫系モンスターの情報もあり、想定通りに進めたからだ。
だが、問題は三階層目で起きた。
「いやあぁぁぁぁぁぁーーー! ゴキブリィィィィィーーー!」
悲鳴を上げたのはリナだった。
闇の奥から、カサカサと不快な音を立てて迫るジャイアントコックローチ。サイズも存在感も“嫌悪感”も、想像の数倍だった。
「クルトン、ニノン! リナが動けないから援護!」
ルーが叫ぶ。
「了解にゃ!」
クルトンがダガーで応戦するが、相手の殻は想像以上に硬い。突いても、浅い。致命傷にならない。
「殻が結構硬いにゃ……!」
一方、ニノンは弓を構えるものの、
「動きが早くて狙えない……!」
と、弓を諦め、慣れないレイピアへ持ち替える。しかし、近接戦の経験が乏しく、決め手に欠けた。
その間、ルーだけが前に出た。
「天に在す父よ、万物を温め照らす浄火に感謝を捧げん。御国が光に満ちるごとく、導きの炎を地に灯したまえ――みんなどいて! ファイヤーランス!」
火槍が走り、ジャイアントコックローチが焼き切られる。
だが、数が多い。奥から次々に湧いてくる、気配が多い。
「……いったん引きましょう!」
ルーは火魔法で道を作りながら、二階層まで撤退を決断した。
安全圏に入ったところで、リナが俯いた。
「ごめんね……ゴキブリはどうしても苦手で……」
いつも最前線で突っ走るリナの、珍しい弱音だった。
「普段、助けられてるから……御相子で……す……」
ルーが言いかけたところで、そのまま崩れ落ちた。
「ルー!? 大丈夫!」
「大丈夫にゃ!」
「でも……」
ニノンが冷静に補足する。
「いつもの魔力切れです」
「魔力切れ?」
「ええ。ルーは昔から優秀で上位魔法も覚えました。でも魔力保有量が少なくて、よく倒れることがあるんです」
リナは噛みしめるように頷いた。
「……そうなんだ。じゃあニノン、ルーを背負ってくれる? クルトンは索敵。魔物は私が倒すから」
「わかったにゃ」
こうして四人は、なんとかダンジョンを脱出したのだった。
*
「――って事があったのよ」
場面は三好家の食卓。
うなだれる四人を前に、ケンとサオリが理由を聞き、リナが事情を説明していた。
「そういうことか……」
ケンが静かに言う。
ルーが顔を上げた。
「私たちも、リナに頼りきりだったのがいけないんです」
「そうだにゃ……私も自分の非力さが悔しいにゃ……」
クルトンも唇を噛む。
「私も剣の腕を磨くか、弓の精度を上げないと……」
リナも、珍しく落ち込んでいた。
「私だって……嫌いなのを克服しないと、ダンジョンに入れないよ……」
しん、と沈む空気。
しかし、ケンはそこでため息ではなく前を向く選択をした。
サオリに小声で言う。
「リナは任せていいか?」
「ええ。……あとの三人は何とかなりそう?」
「ああ。大丈夫だと思うぞ」
四人が顔を上げる。
「取り敢えず、ご飯を食べましょうか」
サオリが声をかけ、ようやく昼食が始まった。
さすがのニノンも、この日は大人しく食べた。
*
食事のあと。ケンはニノン、クルトン、ルーの三人を呼び、座らせた。
「みんな、武器を出してくれ」
並べられたのは、ニノンの弓、クルトンのダガー、ルーの杖。
ケンはまずニノンの弓を手に取る。
「ショートボウだな。これは手作り?」
「はい。エルフ固有の植物魔法で成形して作ってます」
「成形はすぐできる?」
「はい、できます」
ケンは弓を眺め、弦を指で弾いて確認する。
「弦は市販のものか。……じゃあ弓の両端を五センチくらい、この向きに反らしてくれ」
「こっちですか? それじゃ逆じゃないですか?」
「いや、こっちでいい。頼む」
次にクルトンのダガー。
「普通のダガーだな。何かこだわりがあるのか?」
「ないにゃ。武器屋の親父さんにおすすめされたにゃ」
「これじゃ突くしかできないだろ」
「でもダガーってそういうものじゃないかにゃ?」
ケンは首を振る。
「ダガーにも種類がある。俺のおすすめはブロードダガーだ。突くだけじゃなく切ることもできる」
そして、クルトンの持つ武器を見て頷いた。
「このダガー、大事に使ってたんだな。たぶん武器屋の店主も、最初はこれで慣れさせて、次にブロードダガーへって考えてたんじゃないかな」
「そうだったんだにゃ……」
最後にルーの杖。
「素材は?」
「魔力の通りを考えて、柊の木で作りました」
「魔石は?」
「一応、A級の魔石を入れてます」
「入ってるのは一つだな、君の魔法の系統は?」
「火と土です。メインは火ですね」
ケンは一度、三人の顔を見回した。
「作業はここでできるか? ホームに戻った方がいい?」
「ここでできます」
「それじゃあ、これを渡す」
ケンはマジックバックから、禍々しい枝を数本取り出した。
「これは……?」
「マンイーターの枝だ」
「マ、マンイーター……」
空気が固まる。
ケンは淡々と続ける。
「こだわりや愛着があるなら、今の素材で加工してくれ。……ルーはどうする? 今の杖のままにするか? マンイーターは魔物素材だから、魔力の通りも柊よりいいぞ」
ルーは一瞬迷い、決めた。
「……マンイーターにします」
「分かった。ニノン、ルーの杖も前と同じ感じに成形してくれ」
「はい」
「クルトンは武器屋でブロードダガーを選んできてくれ」
「にゃ」
「ルーはニノンについて、杖の相談しながら作ってもらってくれ。俺は専用の魔法陣を組むから」
「はい」
ケンは立ち上がり、締める。
「みんな、終わったらここに集合で」
「「「はい(にゃ)!」」」
ダンジョン三階層の“ゴキブリ地獄”は、コトコト・キッチンに痛い現実を突きつけた。
だが同時に――四人が“パーティーとして強くなる”ための、はっきりした課題も示した。
そして、その課題に対して、ケンが動き出した。
ここから、コトコト・キッチンの本当の強化が始まる。




