第63話 街灯100基と、生活革命の種
翌日も、ケンは夜明け前から開拓現場に立っていた。商業ギルドの担当者たちは、もはや“ケンが来る日=予定が全部前倒しになる日”と理解し始めている。
前回までで整地したのは、中心に広場を据えた直径四百メートルの円。今日はそれをさらに二百メートル広げる。つまり直径六百メートル規模――小さな村の中心区画としては、もう“街の核”と言っていいサイズだ。
「今回も二十回ちょうど……計算通りだな。あとは細かいのを」
ケンは一人で頷き、無詠唱魔法で細部調整に入った。伐採の角度、倒す方向、倒木の重なり具合、作業員の動線。頭の中で展開図を組み直しながら、余計な混乱が起きないように“倒れる順番”すら整えていく。
ケンの風魔法が走る。木々が一斉にざわめき、次の瞬間には倒木の音が連鎖した。まるで森が、ケンの指示で“礼儀正しく崩れていく”かのようだった。
「……広場の円は、これでいい。あとは南側を工業区へ繋げるルートを太くしておくか」
第二商業区は、中心に広場があるだけでは機能しない。人と物が流れてこそ街になる。南側は工業区と接続される予定で、そこへ無理なく馬車が通れる“道幅”を確保しておく必要がある。
ケンは南側の森を追加で切り、通路になる幅を整えた。倒木は後で移動できるよう、なるべく同じ方向へ寄せて倒す。切り株は例の“フライパン”で粉砕する――ただし、ここは目立つ場所だ。周囲の作業員に危険が及ばないよう、範囲を区切ってから慎重に行った。
コン、コン、コン。
軽く三回叩くだけで、切り株が内側から崩れて粉状になる。地面に残るのは、少しの木粉だけ。根を抜く手間が丸ごと消える。
担当職員は遠目に見守りながら、喉を鳴らして呟いた。
「……本当に、土木の常識が壊れる音がしますね……」
「便利でしょう? でもこれ、武器として考えると怖いので、あくまで工事用ってことで」
ケンの軽い言葉に、職員は乾いた笑いを返すしかなかった。
結果として、直径六百メートルの広場が“形として見える”状態まで仕上がった。中心に広場、そこから外周に向けて区画が割れそうなライン。人が歩き、馬車が通り、店が並ぶ未来が、森の中から浮かび上がっている。
「……終わった、な」
ケンが汗を拭う頃には、切り株の処理も一段落していた。南側の接続ルートも確保できた。
「ケンさん、次の工程は我々で回せます。今日は――商業ギルドへ」
職員にそう言われ、ケンは頷いた。今日は開拓の続きではなく、“昨日の試作品”の報告が待っている。
――夜だけ光る全自動街灯。
*
商業ギルドに着くと、ケンはすぐにギルドマスター室へ通された。ハワードは椅子に座ったままなのに、背筋がピンと伸びている。話す前から“本気”がにじみ出ている人間は、見ているだけでわかる。
「ケンさん。これは本当に凄い魔道具ですよ」
ハワードは街灯の“側”と中身――ケンが組んだ仕組みの説明書き――を交互に見ながら、言葉を選んでいた。
「今までは、仕事終わりの職員が街灯を点けながら帰るのが日課でした。点火の順路、点検の順番、消し忘れの確認。あの作業が消えるだけで、どれほど人員が浮くか……」
ハワードは指で机を軽く叩く。
「しかし、負担軽減だけではありません。夜間の視界が安定する。治安が上がる。事故が減る。結果として――夜の商業活動も伸びます。これは“街の骨格”です」
ケンは内心で(そこまで言うか)と思ったが、ハワードの目は本気だった。
「それに……これほどの装置をこんな短時間で作るなんて」
ハワードの視線が、ゆっくりケンに刺さる。
「私も商業ギルドの長として、魔道具の仕組みは学んでいます。一般的な魔道具師がこれを組むには、最低でも一週間。……ケンさん、あなたは一体……」
その瞬間、ドアがノックされた。
「はい、どうぞ」
入ってきたのはバルガスだった。
「おう。ちょっとお邪魔するぜ」
「これは珍しいですね、バルガスさん」
バルガスは肩をすくめ、ハワードの顔を見て苦笑する。
「師匠に言われてたんだ。ハワードはすぐにケンの秘密に気づくだろうってな」
ハワードは額を押さえた。
「全く子爵様も人が悪い……初めから教えていただければ、私の推測と検証に費やした労力が……」
「事が事だけにな」
バルガスはケンを見て確認する。
「師匠の許可も得てる。ハワードは口も堅いし信用できる。話していいか?」
「ええ。子爵様が言うなら大丈夫です」
こうして、ケンとバルガスは“三好家の事情”を説明した。
別世界で死に、神の手違いでこの世界に復活したこと。詫びとして膨大な加護を受けたこと。保有魔力が異常なほど多い理由。さらに――リナが勇者であること。
ハワードは沈黙した。
理解するための沈黙だった。世界の前提がひっくり返った時、人はまず黙るしかない。
「……話は分かりました」
ようやく口を開いたハワードの声は、いつもより低かった。
「ケンさんの魔力量にも納得です。……そして、納得した瞬間から“危険性”も見えてきました」
ハワードは視線を上げる。
「つまりケンさんは、魔道具の価値を“時間”で測る世界にいながら、時間の壁を軽々と越えられる人間だ」
バルガスが頷く。
「だから師匠も、扱いに気をつけろって言ってる」
ハワードは話を切り替えるように言った。
「一つ確認してもいいですか?」
「なんでしょう?」
ハワードの目つきが、完全に商人のそれに切り替わる。
「この全自動街灯は、いくつ作れますか?」
「えーっと……一日ずっと作るなら、多分五十くらいは作れると思いますよ」
「素晴らしい」
ハワードは即座に結論を出した。
「取り敢えずギルドから百個注文します。金貨二千枚でどうでしょう?」
「に、二千……?」
ケンが固まった瞬間、バルガスが机を軽く叩いた。
「おいハワード。安すぎる」
「……?」
「それ、百個なら金貨五千枚以上だろ。少なく見積もっても、だ」
「ご、ごせん……!」
ケンの驚きは止まらない。ハワードは淡々と続けた。
「公都で買うなら、一万枚はくだらないでしょう」
「い、一万ってことは……一億.......」
ケンの脳内では、現代日本の感覚で勝手に換算が始まり、顔色が変わっていく。
だがハワードは、そこで“現実”を叩きつけた。
「しかしそれは、一般の魔道具師が“一個作るのに一か月”という希少性が前提の価格です」
そして静かに言う。
「ケンさんは、その気になれば二日で金貨一万枚稼げる。それは、ケンさんが望まないでしょう?」
ケンは無言で大きく頷いた。
ハワードはそこで、商業ギルドの長らしい提案に落とし込む。
「だから、現実的な価格にします。かつ、ケンさんが“搾取された”と感じない価格に」
「……」
「公共工事費用として、金貨二千枚。村の安全のための予算です。私の懐に入る訳ではありません」
さらに条件を揃える。
「街灯の側、魔石、レッドラズリ、ブルーラズリ。材料はすべてこちらで用意します」
ケンは息を吐き、ようやく頷いた。
「分かりました。こちらこそよろしくお願いします」
「ありがとうございます! 在庫の側二十個をすぐお渡しします。下でラズリ類も受け取ってください」
バルガスが呆れ顔で言う。
「お前、ほんとこういう時、容赦ねえな」
ハワードは涼しい顔で返す。
「それは商業ギルドに対する誉め言葉ですよ」
「だろうな!」
ケンは(この二人、相性良いな……)と思いながら、ひとまず注文が決まったことに安堵した。
*
――が、安堵は長く続かなかった。
「ところで話が変わりますが、ケンさん」
「は、はい、なんでしょう?」
「あなたのいた世界は、かなり高い文明を持っていたと認識していいのですか?」
「そうですね」
ケンは、できるだけ分かりやすく説明した。魔物も魔力もない代わりに、技術で生活を便利にしてきた世界。馬を使わない馬車。百人以上乗せて空を飛ぶ飛行機。世界中どこにいても話せる電話。
ハワードは真剣に聞き入り、そして“次の問い”を投げる。
「そんな世界を知るケンさんが、コトコト村を発展させるなら、何を優先しますか?」
ケンは少し考え、答えた。
「簡単なところからなら、インフラです。水とお湯。石鹸。排水。下水道。浄水。病気が減れば、人が増えて、労働力も増える」
さらに続ける。
「道も大事です。石畳が普及すれば、馬車の速度も安定性も変わる。物流が良くなれば店が増えて、税も増えて、村が潤う」
ハワードが頷くたびに、バルガスは“これ以上言うと止まらないやつだ”という予感を強めていった。
そして――予感は的中する。
「そういえば、前にこちらに来た時に……」
ケンは思い出したように、マジックバックから小型魔道具を出した。
「水とお湯、両方出るやつ作ってたんですよ。壁に付けやすいように小型化して。こっちが水で、こっちがお湯」
ハワードの目が、街灯の時以上に輝いた。
「ケンさん……こちらも百個、注文しても?」
「え?」
「これは生活革命が起きますよ。家庭に水とお湯があるだけで、料理も洗濯も衛生も変わる。感染症も減る。子どもの死亡率も下がる……!」
止まらない。
「……ただし魔石が足りない。バルガスさん、冒険者ギルドから融通をお願いします」
「おい待て、急に話がでかく――」
「急ぐべきです。ダンジョンで人が増える前に整備すべきです」
ケンは視線を泳がせた。気づけば机の上には発注の見積もり、素材の手配表、設置順路の案が並び始めている。
「ケンさん、報酬の方ですが――」
「いや、あの、ちょっと……」
ケンの声は、商業ギルドマスターの“街づくり熱”に飲み込まれていった。
結局、ケンとバルガスが解放されたのは五時間後。
開拓で森を切り拓いた以上に、商業ギルドマスターの熱量が“道”を切り拓いていた――そんな一日だった。
すいません。ストックが切れたので、これからは水曜日、土曜日の週2回更新になります。




