第60話 土地の確約と、オークの提案
ブイヨン子爵邸に関係者が集まった。
ケン、サオリ、リナに加え、冒険者ギルドマスターのバルガス、そして商業ギルドマスターのハワード。領主邸の応接室は、いつもより少しだけ“会議”の空気が濃い。
その間、サオリは厨房へ向かっていた。客が集まる場所で、カレーのレシピを料理長たちに教える為にも、 料理を作らないという選択肢はない。鍋の中でカレーの香りが立ち上がり、緊張した空気にだけ、ほんの少し柔らかさが混じった。
*
話し合いの口火を切ったのは、ブイヨン子爵だった。
「まずはケン。お主たちの住む家についてじゃ。お主たちは、どこに住みたいのじゃ?」
ケンは用意してきた答えを迷いなく告げた。
「はい。俺たちは北側にできる商業区の……南西の隅の土地を頂きたいと思っています」
「なんじゃ。真ん中のデカい土地を取ればよいじゃろう。無欲な奴じゃのう」
子爵は面白がるように笑う。しかしケンは首を振った。
「いえ、申し出はありがたいのですが、サオリがレストランを作るにあたって、畑を作りたいと言ってまして。その辺りも鑑みて、この場所に決めました」
「畑を作る、とな……」
子爵は少し顎に手を当て、目を細めた。
「うむ。その方が“後々”よいのかもしれんの」
「後々、ですか?」
「うむ。分かった。南西側の土地を約束しよう」
「ありがとうございます!」
ケンが深く頭を下げると、子爵は満足げに頷いた。
「ハワードよ。そのことを、くれぐれも頼むぞ」
「はい。責任をもって当たらせていただきます」
ハワードが背筋を伸ばし、次の話題へ移る。
「カレーの件は、どういたしましょう」
「カレーの方は、うちの料理長が責任をもってレシピの公開をする。それでよいか?」
「はい。問題ありません」
ブイヨン子爵が頷き、話を切った。
「では商業ギルドの方の話は終わりじゃの。ハワードは下がるのじゃ」
「はい」
ハワードが退出すると、子爵は肩の力を抜いたように言う。
「ハワードは仕事はできるのじゃが……真面目すぎるのが難点じゃな」
バルガスが慌ててフォローする。
「ハワードがいないと、この村は成り立たないですよ、師匠」
「分かっておるんじゃよ。しかしハワードと喋ると肩がこるんじゃよ」
「まあまあ、そう言わずに」
そのやり取りを見て、リナが吹き出した。
「お師匠様が、こんなにまじめに話してるの初めて見た」
「ふぉふぉふぉ。そうなんじゃよ。儂はもっと気楽な領主なんじゃから、堅苦しいのは嫌いじゃよ」
笑いが広がった、その時だった。
「父上、そう言わないでくださいよ。ハワードも気にしてるんですよ」
声とともに現れたのは、三十代半ばほどの男性。品のある身なりで、落ち着いた目をしている。
ブイヨン子爵が紹介した。
「ケンとリナは初めてかのう。現当主の息子、ヴィシじゃ」
「ケンさん、リナちゃん。こんにちは。ヴィシと申します」
「ヴィシ様ですね。私はケンと言います」
「私はリナ。よろしくね」
リナがいつも通りの距離感で言い放ち、ケンが慌てて止める。
「こらリナ、すいません……」
しかしヴィシは気にした様子もなく笑った。
「ははは。いいですよ。僕も堅苦しいのは苦手で。よろしくね、リナちゃん」
そこへバルガスが余計な補足を入れる。
「ヴィシはこう見えても、俺と同じ元A級冒険者パーティーのリーダーだったんだ。怒らすと恐ぇぞ」
「バルガス、余計なこと言うなよ」
ヴィシが苦笑しつつ手を振る。
「すいません。話の途中でしたね。続きをどうぞ」
*
「うむ。オークの件じゃな」
ブイヨン子爵の声が、少し低くなる。
「うちの者に調べさせたが、正確な情報は分からん。しかし、おそらくケンの言うことで間違いあるまい」
そして、ため息混じりに言った。
「大方、急に現れたオークにびびって、調べもせずに魔物に認定したんじゃろ。まったく嘆かわしい」
「でも、これからどうすれば……」
ケンが問うと、子爵は指を立てる。
「一番は、お互いの言葉の理解じゃな。人間側はケンたちがおるから心配はないんじゃが」
「オーク側に、人間の言葉を理解できる者がいない」
バルガスが現実を口にすると、子爵は頷いた。
「そうじゃ。そこでじゃ」
「?」
ケンが首を傾げる。
「すぐとは言わんが……ケンたちの畑ができたら、従業員としてオークを雇ってほしい」
思いもよらない提案に、ケンが目を瞬かせる。
「……そういうことですか」
「悪い話じゃないじゃろ」
「ええ、確かに」
ケンはすぐに納得した。だが、リナだけはピンときていない。
「どういう事?」
ケンが説明する。
「畑の管理をオークに頼むんだ。そうすればこの村に住むから言葉も覚えるし、村の人にも覚えてもらえる。……これが試金石になる」
「しきんせきはよく分からないけど、さすがお師匠様だね」
「ふぉふぉふぉ。リナももう少し言葉の勉強をするのじゃ」
「えー! せっかく勇者になったのに勉強するの?」
リナがぶうぶう言うと、ケンが頭を抱える。
「リナ、頼むから……な」
「ふぉふぉふぉ。親として痛いとこじゃな」
サオリがちょうど戻ってきて、さらっと追撃した。
「ええ、本当に」
リナがぐぬぬと唸る一方で、ブイヨン子爵は話を締めにかかった。
「まあ、オークのことはそんなに急いでおらん。向こうがどう返事をするかも分からんし、そもそもまだ畑もできておらんしな」
「ええ。家が完成するまでに、一度向こうに行こうと思います。歓迎してくれるって言ってましたし」
「うむ。その時には職員も同行させよう。のう、バルガス」
「え、俺ですか?」
「お主以上に、この話が分かる者がいれば代わってよいぞ」
バルガスは顔をしかめ、吐き捨てるように言った。
「……くそっ! 俺しかいねえじゃねーか」
「ふぉふぉふぉ。落ち着いたら日取りを決めなさい」
「はい」
土地は南西隅に確約され、カレーのレシピ公開も道筋がついた。
そして、オークとの関係は――“雇う”という形で未来へ繋ぐ案が示された。
こうして三好家のブイヨン子爵への報告は、ひとまず無事に終わったのだった。




