第56話 コトコト・キッチンの連携と、カレー作戦
ケンを見送ったあと、リナはまっすぐ“コトコト・キッチン”の三人が住む家へ向かった。
リナにとって、今日はパーティーとして動く日でもある。討伐依頼の前に、まずは集合場所――そして、三人がどんな暮らしをしているのかを見ておきたかった。
家の前に着くと、リナは少しだけ緊張しながら扉を開けた。
「お邪魔しまーす!」
中は思ったよりもすっきりしていた。三人暮らしの家、と聞くともっと雑然としているのかと思っていたが、最低限の生活が整えられている。……ただし、食べ物の気配だけは妙に濃い。
「すごいね。三人で住んでるんだ」
リナが素直に感心すると、ルーが頷いた。
「私たちも住み始めたばかりだから、リナが初めてのお客さんよ」
「ホントだにゃ。チョルバスが結婚するって言ってから借りた家だから、初めてだにゃ」
クルトンがしっぽを揺らして言う。
「チョルバス?」
聞き返すと、ニノンが肩をすくめた。
「そう。人間のアタッカーだったのよ。結婚するからってパーティーを抜けた」
「その人の代わりに、私が入ったんだ」
ルーの言葉に、クルトンも頷く。
「そうだにゃ」
リナは「へぇー」と頷きつつ、視線を巡らせた。三人がこうして生活を共にしているのは、ただの“仲間”というより、もう小さな家族みたいだ。
だが、のんびりしている時間は少ない。今日の依頼は――ダンジョン周辺の魔物討伐。
「それよりギルドの依頼の話、だね。ダンジョン周辺の魔物討伐」
リナが切り出すと、クルトンが耳をぴくりと動かした。
「そうだにゃ。私が調べた感じだと、魔物が活性化して強い魔物がいるかもしれないにゃ」
「何でも邪龍も出たって話もあるわよ」
ルーが真面目な顔で言う。
「ホントに? 戦い方も考えないと――」
リナはさらっと言った。
「それ、私とパパが倒したよ」
「「「えっ!」」」
三人が一斉にリナを見る。驚きが揃いすぎて、声まで綺麗に重なる。
「この前パパに魔法を教えてもらった時に出たの」
「それを倒したの? どうやって?」
ルーが食い気味に聞く。リナは指を折りながら説明した。
「えーっと……パパが体を凍らせて、私が首を切ったの」
「にゃんか簡単そうに言うにゃ……」
クルトンがぽつりと呟く。
「この親子が異常……」
ニノンが遠い目で言った。
「ちょっと! 異常って何よ!」
リナがむっとした、その瞬間――ニノンの鼻が動いた。
すん、すん、と空気を嗅ぐ。次いで、目が鋭くなる。
「……食べ物が呼んでる。行かなきゃ」
ニノンは立ち上がり、そのまま外へ出ていく。
「ちょ、待って!」
リナたちが追いかけると、すでに外は行列だった。広場の方から、香りが流れてくる。
リナがぴたりと足を止める。
「これ……ママのカレーの匂いだ」
「うん、いい匂い」
「おなかへるにゃ~」
クルトンが幸せそうに呟く。だが、同時にルーの目が細くなった。
これは――戦いの匂いでもある。
*
行列に並びながら、ルーが小声で作戦会議を始めた。
「いい? よく聞いて。ニノンは絶対暴走する」
「うん」
「間違いないにゃ」
リナとクルトンが即答する。ニノンの暴走は、もう前回で証明済みだ。
「だから、クルトンが気絶させて、リナが運ぶ。いい?」
「わかった」
リナが真顔で頷く。完全に慣れている。
「ルーはどうするにゃ?」
クルトンが聞くと、ルーは淡々と言った。
「私はカレーを買うわ。気が付いた時にカレーが無かったら、ニノンが家で暴れるから」
合理的すぎる判断だった。
作戦会議が終わるころ、ちょうどニノンの順番が来た。
ニノンが一歩前へ出て、息を吸い――宣言する。
「鍋ごと全部ください」
サオリが少し困った顔で微笑む。
「ニノンちゃん。一人一皿までよ」
後ろでリナたち三人が無言で頷いた。“今だ”という合図だ。
「全部ください」
その瞬間、クルトンがニノンの背後へ滑り込み、手刀一発。
ぱしん、と乾いた音。
ニノンが崩れ落ちるのと同時に、クルトンはすっと横へずれ、ルーが入れ替わって注文した。
「サオリさん、ご迷惑をかけてすいません。 4人分下さいこれ、これお金です 」
「はいはい、了解」
サオリはすでに慣れた手つきで盛り付ける。
崩れ落ちたニノンは、リナが拾い上げて肩に担いだ。軽々。完全にいつもの動きだ。
完璧な連携で、コトコト・キッチンは家へ戻った。
*
家に着くと、ルーが手際よく食卓を整えた。配膳も早い。合理性がそのまま生活力になっている。
三人で食べ始めるころ、ニノンが「ん……」と目を覚ました。
「ここは……?」
「家よ。ごはんはそこ」
ルーが指をさすと、ニノンの視線が――カレーにロックオンした。
目が変わる。獲物を見つけた猛獣の目だ。
「うんめ~……なんだこりゃあ。辛! 止まらん! 美味い、美味過ぎる!」
ニノンは夢中で食べ、最後は皿まで舐め始めた。
「もう魔獣だにゃ」
クルトンが呆れて呟くと、リナが首をかしげる。
「魔獣なら討伐する?」
「これでも元に戻れば有能。生かしておきましょう」
ルーが真顔で言う。会話の内容が物騒なのに、全員真剣なのがひどい。
するとニノンが、はっと我に返った。
「ハッ……ウッウン。それでは、ギルドの依頼に行きましょう」
三人は揃ってため息をつきながら、討伐の準備を整えた。
*
ダンジョン周辺には、他にも冒険者がいた。新しいダンジョンは、それだけで仕事も人も引き寄せる。
コトコト・キッチンは担当範囲を決め、ダンジョンから湖までのルートを重点的に見ることになった。索敵を中心に、出た魔物を確実に落としていく作戦だ。
周囲を見渡し、リナがすっと目を細める。
「あっちに二匹いるよ。たぶんホーンディア。あと、空にも三匹いるよ」
「よく分かるにゃ……私の出番ないにゃ」
クルトンが肩を落とす。リナが素直に答えた。
「索敵魔法使ってるからだよ」
「……後で教えて」
ルーがすかさず言う。
「でも私、教えるの苦手だよ。パパに教えてもらったから、ルーもパパに聞いた方がいいよ」
「……わかった」
ルーは悔しそうに頷いた。その横で、ニノンが弓を構える。
「見えた。空の魔物は任せて」
「じゃあホーンディアは私が倒す」
リナが言い、次の瞬間にはもう走り出していた。
矢が飛び、獣が倒れ、魔物が落ちる。
隊列は崩れず、役割が噛み合い、討伐は驚くほど順調だった。
こうしてコトコト・キッチンは、今日の担当範囲の討伐をきっちり終え、日が傾く前に家へ帰った。
カレー作戦も成功。
討伐も成功。
そして何より、四人の連携が少しずつ“パーティーらしく”なっていくのを、リナはどこか嬉しく感じていたのだった。




