第57話 勇者の告白
“女子会”といっても、異世界で、しかも冒険者となれば話題はだいたい決まっている。
恋愛話? 皆無だ。
盛り上がるのは武器の手入れ、依頼の危険度、回復薬の節約法、そして――仲間の強さの確認である。
その夜、コトコト・キッチンの家で、ルーが湯気の立つカップを置きながらリナを見た。
「リナ。あなた、魔法はどれくらい使えるの?」
「私? よく分かんない」
その返事に、ルーが目を細める。
「“よく分からない”の意味が分からないわよ。どういうこと?」
ニノンも気になったらしく、身を乗り出した。
「そうよ。分からないって何? 使えるの? 使えないの?」
「えーっとね」
リナは頭を掻きながら、少し困ったように笑う。
「私、バカだから詠唱?とか分からないの。だからパパが私に分かりやすく教えてくれたんだよね。パパの教え方だと、イメージが大事らしくて……イメージすれば出せるって」
「完全な感覚派だにゃ……」
クルトンが半分呆れ、半分感心した声を漏らす。
ルーはなおも食い下がる。
「詠唱もしないでどうするの?」
「ちょっと見てて」
リナは立ち上がり、手を軽く広げた。
「金アーマーで……『守って』」
ぱん、と空気が鳴ったように感じた次の瞬間、リナの全身に淡い障壁が展開した。鎧のようにぴったり張り付く“光の膜”。見ているだけで、硬さと安心感が伝わる。
「こんな感じなのね」
リナは平然としていたが、三人はぽかんと口を開けたままだ。
最初に動いたのはニノンだった。
「ちょ、ちょっと待って! リナ、何種類の魔法が使えるの!?」
「何種類?」
「属性よ。火とか水とか」
ルーが助け舟を出すと、リナは指折り数え始めた。
「火と水と氷と風は使ったことあるよ」
「この感じだと全属性いけそうだにゃ」
クルトンがぽつりと言う。
「全属性って?」
リナが首を傾げると、ルーが説明した。
「属性には八種類あるの。火、水、氷、風、土、雷、光、闇」
「火とか水は分かるけど……光と闇って?」
リナの質問に、ルーは少し真面目な顔になった。
「光は癒し。回復魔法や状態異常解除。上位だと呪い解除や聖魔法の攻撃もある。闇は逆に状態異常を与えたり、上位なら呪いをかけたり、重力操作、即死魔法とかもあるわ」
「頭が爆発しそう……」
リナが顔をしかめると、クルトンが即座に追い打ちをかけた。
「まだ大した話をしてないにゃ」
「でもさ」
リナは思い出したように言った。
「確か私、聖魔力を持ってるって聞いたよ」
「「「聖魔力!」」」
三人の声が揃った。揃いすぎて怖い。
「えっ、なにみんな。顔怖いよ」
ニノンが真剣な目でリナを見る。
「あのねぇ、聖魔力って神殿の枢機卿様とか、神様の加護があるような人しかもらえない超レアスキルなんだよ。なんでリナが持ってるのよ」
「なんでって言われても……」
ルーが静かに核心を刺した。
「リナ。何か隠してるでしょ」
リナがびくっと肩を跳ねさせる。
「やっぱり、だにゃ」
クルトンが小さく頷く。
ルーは続けた。論理で追い詰めるようでいて、声は冷たくない。
「リナって、魔力にしろ力にしろ色々規格外なのよ。でもブイヨン子爵様やギルドマスターとは懇意にしてる。村に来てすぐにこれって、おかしくない?」
「確かにそうね」
ニノンも頷く。
リナは視線を泳がせ、息を吸い込んだ。
「ギルマスとか、お師匠様に言っちゃダメって言われてるんだけど……」
言葉を探して、続ける。
「……じ、実は私、異世界から来たの」
「異世界……?」
ニノンの声が小さくなる。
「そう。異世界。地球って星に住んでたんだけど、事故に会って死んじゃって……神様に会ったら、死ぬ予定じゃなかったから生き返らせてあげるって。それからジョブとスキルを選んでって言われて……」
ルーが息を呑む。
「何を選んだの?」
リナは一瞬だけ黙って、そして言った。
「……勇者」
「「「勇者!」」」
また揃った。今度は驚きが混ざっている。
「そしたら神様が、ついでに聖魔力を付けてあげるって言ったの」
「聖魔力って……ついでに貰えるものなの?」
ニノンが信じられない顔をする。クルトンは小さく首を振った。
「神様に会ったことないから分からないにゃ……」
リナは肩を落とした。
「黙っててごめんなさい」
しばらく沈黙が落ちる。
その沈黙を割ったのは、ルーだった。硬い声ではなく、優しい声だった。
「リナ。教えてくれてありがとう。こっちこそ無理に聞いてごめんね」
ルーはリナの目を見て、はっきり言う。
「でも、これからは勇者とか関係なく仲間だからね。これからもよろしくね」
ニノンとクルトンも頷いた。ニノンは少し照れたように視線を逸らし、クルトンは尻尾をゆっくり揺らした。
リナの胸が、ふっと軽くなる。
「みんな……こっちこそよろしく!」
その後は他愛もない話をして、笑って、気づけば空が明るくなっていた。
*
朝。
ギルドの依頼で、コトコト・キッチンはダンジョン周辺の魔物討伐へ向かった。
今日も役割分担は明確だ。索敵、迎撃、討伐、回収。昨日より連携が自然になっている。
「リナ、そっちに行ったよ!」
「了解! やぁ!」
リナが切り込み、巨体が倒れる。
「これで大体倒したわね」
ジャイアントボアの群れを片付け、四人が息を整えた――そのとき。
遠くから、鳴き声が聞こえた。
普通のジャイアントボアよりも低く、重く、空気を震わせるような声だ。
「……むこうにまだいるにゃ」
クルトンが耳を立てる。
「ちょっと待って。大きいよ。ジャイアントボアの二倍くらいある」
ルーが目を凝らす。
「まさか……グレートジャイアントボア!?」
ニノンが弓を握り直す。
「誰かいるかもしれない。早く行かないと」
四人は声の方へ急いだ。木々を抜け、草地へ出た瞬間――全員が立ち止まる。
そこにいたのは、グレートジャイアントボアを素手で一撃で倒し、ぽいっと放り投げるサオリだった。
リナは「さすがママ」と当然のように思った。
だが、リナ以外の三人は違った。
(神様から授かった力で、グレートジャイアントボアを素手で一撃……)
(この人を怒らせたら、絶対ダメだ)
三人は揃って冷や汗を流す。
秋の風が吹く。湖が遠くで光る。
その穏やかな景色の中で、コトコト・キッチンは改めて理解した。
この世界で最も怖いものは、魔物でもモンスターでもない。
――“怒った母”だ、と。
今月いっぱいでストックが切れそうなので5月から週2回更新になります。すみません。




