第52話 コンソメの街で米を買う
オークの集落を出てから、さらに二時間ほど。
あのあとケンの移動は順調そのもので、森を南へ抜けながら、ついでのようにコカトリスを追加で仕留めていった。狙う、撃つ、回収する。流れ作業のように淡々と。
「……よし、これで三匹目。サオリ、絶対喜ぶやつだな」
そんなことを独り言ちつつ、靴の力を借りて跳ぶ。跳んで、落ちて、また跳ぶ。森を“道”に変える感覚は、想像以上に快適だった。
気づけば昼過ぎ。
視界が開け、森の向こうに大きな街並みが見えてきた。石造りの建物が連なり、門の前には人と荷馬車が列を作っている。噂に聞いていた“コンソメの街”だ。
「おー……大分賑わってるな」
ケンは思わず声に出してしまい、ちょっとだけ恥ずかしくなる。聞いていた以上に大きい。田舎者みたいにきょろきょろしてしまうのを自覚しつつ、門へ向かった。
衛兵にギルドカードを提示する。
「通行確認。……よし、入っていいぞ」
街の中へ一歩踏み込むと、空気が変わった。人の声、馬のいななき、荷車の軋む音、焼き物の匂い、香辛料の匂い。村とは比べ物にならない情報量だ。
だが、まずやることは決まっている。
「とりあえず……ギルドだな」
衛兵に聞いた通りの道を辿り、ケンは冒険者ギルドへ向かった。
*
コンソメ支部の冒険者ギルドは、コトコト村のそれよりもずっと大きい。建物自体が立派で、扉を開けると中は人で溢れていた。依頼板の前は肩がぶつかり合い、受付カウンターも列ができている。
ケンがカウンターへ進むと、受付の女性がにこやかに迎えた。
「こんにちは。冒険者ギルド・コンソメ支部へようこそ。どのようなご用件ですか?」
「魔物の解体をお願いしたいのですが」
「かしこまりました。ギルドカードを確認しますので、ご提示をお願いします」
「はい、これでいいですか?」
コトコト村で受け取ったばかりのカードを差し出す。受付の女性が目を落とし――次の瞬間、表情がぴたりと止まった。
「……っ、A級のケン様ですね」
その声が、妙に通った。
周囲が、ざわつく。ほんの一瞬、話し声が薄くなり、視線がこちらへ寄る感覚がする。ケンは咳払いをしそうになって、ぐっとこらえた。
「解体するのが小さいものなら、あちらのカウンターに。大きいものなら、隣の解体所に直接お持ちください」
「分かりました。直接持って行きます」
受付は手早く案内し、カウンターの隣の扉を開けた。部屋の中は作業場になっていて、肉と油の匂い、刃物の研がれる音がする。
「こちらになります。どうぞ」
「ありがとうございます」
ケンが入ると、作業台の向こうから男が顔を上げた。腕が太く、手も大きい。いかにも解体職人という雰囲気だ。
「こんにちは。今日は何の解体だい?」
「コカトリスです。お願いできますか?」
「お、久々の大物だね。大丈夫だよ」
職人は軽く笑った。その笑顔に油断しかけたケンが、さらっと続ける。
「四匹お願いします」
「……よ、四匹!?」
職人の声がひっくり返った。
「あんた一人で倒したのかい?」
「ええ。そうですよ。鶏肉が食べたくて」
職人は一瞬、ケンの顔を見て、次にケンの足元を見る。たぶん“本当にそれだけの理由か?”と目で聞いている。ケンは平然と頷いた。
「さすがA級だねぇ……わかったよ。明日の朝にでも終わってるよ。肉は引き取りでいいかい?」
「お願いします。あと、魔石も引き取りたいです」
「了解だ。羽と鉤爪、嘴は買い取るね」
「お願いします」
打ち合わせは一瞬で終わった。ケンは深く頭を下げ、ギルドを出る。
やるべき次の用事――今日の本命は、解体でもコカトリスでもない。
米。
サオリがカレーを作って以来、家族全員の頭の中に居座っている、あの白い粒だ。
「……よし。農作物の店だ」
*
市場通りに出ると、露店と店がずらりと並んでいた。野菜、果物、干し肉、香辛料、瓶詰め。いろいろあるが、ケンの目は迷わない。
大きめの看板を掲げた農作物の販売店に入り、声をかける。
「いらっしゃい! 何をお探しだい?」
「米を探してるんですが」
「米ねぇ……お客さん、米を探すなんて珍しいね。どこから来たんだい?」
「コトコト村です」
「こりゃあ遠くから来てくれたねぇ」
店主が目を丸くし、次にニヤリとする。
「米はここら辺じゃ流通量が少ないから、少々値が張るが……いいかい?」
「ええ、分かってます」
「キロ、金貨一枚だ。何キロいる?」
ケンは一瞬だけ頭の中で計算した。金貨一枚が安いのか高いのか、街の感覚はまだ掴みきれていない。だが、家族の顔が浮かぶ。カレー、白飯、そして“おかわり”の争い。
必要なのは、悩む時間じゃない。
「何キロあります?」
「家の在庫も合わせれば、五十キロってところかい」
「それじゃあ、全部下さい」
店主の目がさらに丸くなる。
「こりゃあ豪気だねぇ。了解だ。……五十キロも持てるかい?」
「ええ。マジックバックに入れていくので」
「お客さん、マジックバック持ちかい。羨ましいねぇ」
店主は奥へ引っ込み、しばらくしてから大きな袋をいくつも抱えて戻ってきた。米の袋が床に置かれた瞬間、かすかに“穀物の匂い”が立つ。懐かしい匂いだ。日本の台所にあった、あの匂い。
ケンは金貨を渡し、袋を一つずつマジックバックへ滑り込ませていく。容量無限だから遠慮はいらない。入れる動作だけが“荷物の重さ”の代わりになる。
全部が収まったのを確認して、ケンは息をついた。
「毎度あり! また来てくれよな。ちゃんと仕入れとくぜ」
「お願いします」
こうして無事に米を買い付けることに成功した。
――問題は、ここからだ。
今日中に戻ることも不可能ではない。靴の力を使えば相当短縮できる。しかし、無理はしないほうがいい。森を直線で戻ればまた何が起きるか分からないし、米を手に入れた今は“確実に持ち帰る”のが最優先だ。
「……今日は宿で一泊だな」
ケンは街の宿屋に入り、部屋を取った。窓から見えるコンソメの街は、夕暮れに染まりながらもまだ活気を失わない。遠くからは酒場の笑い声、鍛冶場の金属音が響く。
ケンはベッドに腰を下ろし、マジックバックの口を軽く叩いた。
「米、五十キロ。コカトリス四匹。……よし」
サオリの顔が浮かぶ。リナの「白いご飯!」という声も浮かぶ。ニノンたちの反応も、だいたい想像がつく。
明日は朝一でコカトリスの解体品を受け取り、できるだけ早く村へ戻る。
ケンはそう決めて、静かに目を閉じた。コンソメの街の夜が、窓の外でにぎやかに更けていく。




