第51話 南へ跳ぶ靴、森で出会う友
昨日の食事のあと、三好家は家族会議を開いた。カレーに心を奪われた“米欲しい熱”は冷めるどころか、日に日に強くなる。なのに、ダンジョンの発生だの討伐依頼だの、村の空気は落ち着くどころではなかった。
「このままじゃ、いつまで経ってもお米を買いに行けないよね」
リナの一言に、サオリもケンも頷いた。だったら――動くしかない。
こうして今日、三好家はそれぞれ別行動を取ることになった。
ケンは米を買いに“コンソメの街”へ。
サオリは村で屋台を回し、稼ぎと評判を積み上げる。
リナは冒険者ギルドの依頼で、ダンジョン周辺の魔物討伐へ。
家族で同じ方向を向いたまま、別々に動く。そんな一日が始まった。
*
ケンは装備を整え、コトコト村を南へ向かって出発した。目指すはコンソメの街。村から馬車で三日と聞く距離だが――今日は違う。
足元の靴が、ケンの自信そのものだった。
「このために靴を作ったんだし……他の人にバレるのもまずい。それに、真っ直ぐ南下すれば時間短縮になるだろう」
普通なら街道を使う。森を迂回して東回りに行く安全なルートだ。
だがケンは、森を“真っ直ぐ”抜けるルートを選んだ。
人気も目も少ない。靴の性能も試せる。ついでに、魔物も回避――いや、回収できるかもしれない。
ケンは軽く助走をつけた。
次の瞬間、地面が遠ざかった。
「……これは、早いぞ」
魔改造した靴は、最大出力で跳ぶと高さ五十メートル。ざっと見て、一歩で五百メートルほど進む。障害物がなければ、二百歩も使わず町へ届きそうだった。
木々の上を飛び越え、着地してはまた跳ぶ。森の地形を“道”に変える感覚。風を読み、重力を操り、地面に触れる時間は短い。
その快適さに頬が緩んだ――そのとき。
索敵の魔法、“ファインド”が反応した。
「あれは……コカトリスか? 鶏肉はサオリが喜ぶぞ」
ケンはすぐにライフルを構える。狙いは翼の付け根。ストーンバレットが放たれ、枝葉を裂いて飛ぶ。
コカトリスが落ちた。
ケンは回収しながら呟く。
「もう二、三匹欲しいな」
ついでに周囲を見回し、またファインドの反応を追う。すると、森の奥に妙な“違和感”があった。目にはただの茂み。でも魔法の反応は明確だ。
「あそこに植物型の魔物がいるな。擬態してるのか?」
ケンはショットガン型の魔道具を抜く。風魔法を内側で乱し、刃のような流れに変えて放つ。
ぶわっと風が弾け、茂みが切り刻まれた。
「マンイーターか……ほんとにファンタジーの世界だって実感するね」
魔物の名前を口にしながら、ケンはまた南へ跳ぶ。進路は直線。今日の目的は米――だが、旅はいつも目的だけでは終わらない。
*
さらに南下した先で、ケンの耳が異音を拾った。
叫び声と、重たい衝撃音。何かがぶつかるたびに地面が揺れるような響き。
森の切れ目の向こうに、集落のような場所が見えた。
そして――そこで何かが戦っていた。
ケンは跳ぶ角度を変え、一気に距離を詰める。
見えたのは、オークたちと巨大な熊。
岩のような体格、分厚い毛皮、地を踏むだけで土が跳ねる――アースベアだ。
オークたちは槍や斧で囲んでいるが、押されている。倒れた仲間もいる。時間がない。
ケンは即座にライフルを構え、頭を狙った。
ストーンバレットが当たる。
――が。
弾は、体毛に弾かれ流された。
「毛で……!?」
ケンは舌打ちする暇もなく叫んだ。
『みんな、下がって!』
言葉が通じたのか、オークたちが一斉に距離を取る。アースベアがこちらへ向き直り、敵と認識して腕を振り上げた。あの一撃を食らえば、人間なら終わる。
ケンはとっさにハンドガンを撃つ。
弾は致命にはならない。だが、電撃で反応が――ほんの少し遅れた。
その隙に、ケンは跳んだ。
高く。高く。
振り下ろされる腕を空中でかわし、浮いている間にショットガンを取り出す。内部で乱気流を発生させ、風を“刃”に変える。
撃つ。
アースベアが乱気流に包まれ、毛皮の上から切り刻まれた。血が飛び、獣が怒りの咆哮を上げる。森の空気が震えた。
だがケンは怯まない。獣が口を開けた瞬間――そこが弱点だ。
ライフルを構え、口内へ撃ち込む。
ストーンバレットが、喉奥へ突き抜けた。
アースベアの咆哮が途切れ、巨体がぐらりと揺れる。
そして、沈黙した。
*
戦いが終わると、オークたちは距離を保ったままこちらを見た。敵か、味方かを測っている視線だ。ケンは武器を下ろし、両手を軽く上げて敵意がないことを示す。
『みなさん、大丈夫ですか?』
神様から貰った魔法教本に書いてあった回復魔法をみなにかける。
すると、オークの一人――明らかに他より装備が立派な個体が、低い声で言った。
『……人間が、なぜ我々の言葉がわかる?』
ケンは少しだけ驚いた顔をしたが、すぐに笑って答える。
『そういうスキルを持ってるので』
『人間は敵。なぜ我々の味方をする?』
『オークと人間って敵対してるんですか? いや、俺はただ危ないと思って助けただけですよ』
オークが、じっとケンを見て――短く言った。
『お前、変わってる』
『ええ、よく言われます』
ケンの返しに、オークたちの空気がほんの少し緩む。先ほどの質問をしたオークが、胸を張った。
『人間、名は?』
『ケンといいます』
『ケン。我は“長”と呼ばれておる。そなたは友人だ。もてなそう』
思いがけない申し出だった。ケンはありがたいと思いつつも、今日の目的を思い出す。米だ。時間も惜しい。
『もてなして頂けるのはありがたいのですが……俺、ちょっと急いでいるので。また遊びに来ます』
長が、ゆっくり頷く。
『うむ。待っているぞ』
ケンはアースベアを回収し、マジックバックに入れる。手に入った獲物は、サオリが喜ぶに違いない。だがそれ以上に――森の中に、思わぬ“友”ができたことが大きかった。
ケンは再び靴に力を込めた。
跳ぶ。
南へ。
コンソメの街へ向かう旅は、さらに速く、そして少しだけ面白くなっていた。




