第49話 跳ぶ靴と、ダンジョンの価値
ダンジョンを出た五人は、そのまま歩いてギルドへ向かった。森を抜け、湖の方角へ道を取る。さっきまで洞窟の冷気の中にいたせいか、外の空気がやけに柔らかく感じる。
並んで歩きながら、リナがふと思い出したようにケンへ顔を向けた。
「ねえパパ。どうやって先にダンジョンに着いたの?」
ケンがニヤリと笑った。妙に自信満々の時の顔だ。
「ふふふ。よくぞ聞いてくれた。新しい魔道具を作ったんだよ。これだ」
そう言って、ケンは足元を指差す。
「靴? パパ、靴作ったの?」
「いや、作ったんじゃなくて、組んだだけ。買った靴を魔改造したんだ」
魔改造、という響きに、ルーがわずかに眉を動かし、クルトンが興味津々で尻尾を揺らす。ニノンも弁当の余韻から完全に戻り、じっと靴を見つめた。
「へぇ、どんな改造したの?」
「“飛躍”と“緩落”の魔法陣を組み込んだんだ」
「ヒヤクトカンラク? なにそれ」
リナが首をかしげると、ケンはわかりやすく言い直した。
「要するに、高く跳ぶ魔法陣と、ゆっくり落ちる魔法陣を組んだわけだ」
「跳んで落ちるんなら、空を飛んだ方がいいんじゃないの?」
リナの素直な疑問に、ケンは少し渋い顔をする。
「試したんだけど、あれは駄目だった。制御が難しすぎる」
「そうなんだ。ねえ、ここで跳んでみて!」
リナの目が期待で輝く。
「いいぞ。ちょうどそこの湖で跳んでみよう」
湖の岸辺まで来ると、コトコト・キッチンの三人も気になるらしく、自然と歩幅を落として見守る体勢になった。ニノンは弓を背負ったまま前のめり、クルトンは猫のように身を低くし、ルーは理屈で止めたい顔をしている。
ケンは湖面を見て、対岸を指さした。
「じゃあ、こっちから向こうまで跳ぶぞー」
その距離を見た瞬間、ニノンが慌てて飛び出した。
「ちょ、ちょっと待ってください! こっちから向こうまで三百メートルはありますよ! 跳べるわけないですよ!」
「これは無謀だと思うわ」
ルーも同意し、クルトンもこくこく頷いた。
だがケンは、にこにこと余裕の笑みを崩さない。
「まあ、見てなって」
そう言って、走り幅跳びみたいに助走をつけた。――そして、跳んだ。
「にゃーーー!」
クルトンの悲鳴が上がる。リナは目を輝かせた。
「パパすご~い!」
ケンの身体が、ひゅん、と上へ吸い上げられる。二十メートルほどの高さまで一気に跳び、そこからは羽のようにふわふわと降りていった。ゆっくり、ゆっくり落ちる……のに、前へ進む距離がとんでもない。
そして対岸へ。
着地したケンは手を振り、今度は戻ってくるために再び跳んだ。
――が。
今度は飛びすぎた。
ぐん、と進み、対岸をさらに通り過ぎて百メートルほど先――森の中へ突っ込んでいく。
「パパー!? 大丈夫!?」
リナが慌てて駆けだす。残された三人は、口を開けたまま固まっていた。
「どうやったらあんなに飛べるにゃ……」
クルトンが呆然と呟く。
「わからないけど……多分、風魔法?」
ルーが理屈を探そうとして、さらに眉をひそめる。
「風魔法って普通、相手を攻撃するための魔法よね。どう制御すれば移動に使えるの?」
「……わからないにゃ」
クルトンも素直に降参した。
やがて、森の方からリナとケンが戻ってきた。ケンは頭を掻きながら笑っている。
「イタタタ……まだ制御に慣れてないからな。ははは」
「もう! パパ心配させないでよね」
「ごめんごめん」
そのやり取りに、三人は一斉に“この親子の平常運転”を理解してしまい、逆に言葉を失う。
ニノンが恐る恐る手を挙げた。
「あの~、パパさん。ちょっと聞いてもいいですか? これって風魔法で制御してるんですか?」
「制御は風魔法だな。それを魔法陣にして組み込んであるぞ」
続けてルーも質問を重ねる。
「起動は違うんですか?」
「説明すると長くなりそうだ。先にギルドに報告してからでいいか?」
「はい、お願いします」
五人はそのままギルドへ向かい直した。
*
ギルドに戻ると、すぐにギルドマスター室へ通された。バルガスが机に肘をつき、短く言う。
「報告を聞こう」
ケンが一歩前へ出る。
「それじゃあ俺から。ダンジョンになってましたね。二階層までは殲滅したんで、スタンピードの心配はないかと思いますよ」
さらっと言うケンに、バルガスは一瞬だけ目を細めた。しかし深追いはせず、話を切り替える。
「……とんでもないことを言ってるが、今はいい。で、モンスターはどんなのが居た?」
「一、二階層は虫系ばかりでしたね。えーっと……」
ケンは懐からメモを取り出した。準備が良すぎる。
「一階層で俺が当たったのは、キラーアント、ジャイアントスパイダー、ジャイアントワーム、ジャイアントモスキート。二階層はそれに加えて、キラービー、ポイズンバタフライ、ジャイアントスコーピオンが出ました。そこまではボスはいなかったですね」
「よし。大体の状況は分かった」
バルガスが頷く。そして、言葉に少し重みが乗った。
「これから忙しくなるぞ」
「忙しく?」
リナが「なんで?」という顔をする。
「ダンジョンは産業になる。おそらく村が北に広がって、街になるかもしれん。……もしかしたら、お前たちの家の件も北に変わるかもしれないぞ」
リナは一瞬きょとんとしたが、ケンは肩をすくめた。
「俺たちは貰えるから、北でもいいですけど」
あっさり言い切って、バルガスがため息をつくように頷く。
「俺は子爵様に報告に行く。公爵様にもすぐ報告が行くからな」
そしてルーたちへ視線を向けた。
「コトコト・キッチンは、ダンジョン周辺の魔物の討伐依頼が出る。そっちを頼む」
「はい!」
ルーが代表して返事をする。クルトンとニノンも頷き、リナも元気よく声を揃えた。
バルガスは続けてケンへ指示を飛ばす。
「ケンは一度、ギルドにダンジョンのドロップ品を卸してくれ。必要な魔石などは取っておいてくれ」
「了解です」
「それでは解散だ。討伐依頼もよろしく頼むぞ。無理はしないように」
「「「「はい」」」」
四人の声が揃った。
ダンジョンの発見は、ただの“危険”じゃない。村の未来も、家づくりの場所も、仕事も、依頼も――全部を動かしていく。
そしてその中心に、跳ぶ靴を笑って見せるケンがいる。
コトコト村の北のダンジョンが、少しだけ近くなった気がした。




