第48話 洞窟か、ダンジョンか
真っ二つになった大蛇は、リナのマジックバックの中でおとなしく“荷物”になっていた。袋の口をきゅっと縛りながら、リナが振り返る。
「そろそろ行こっか」
返事は――ない。
少し離れた草地で、ニノンがまだ弁当を貪っていた。さっき泣いて叫んでいたのはどこの誰だ。いや、今も泣きそうな顔で、全力で食べている。
「ニノンが全部食べるにゃ!」
クルトンが叫んだ瞬間、空気が変わった。
「えっ」
「待って!」
「私の分!」
リナとルーが同時に弁当へ手を伸ばす。クルトンも器用に滑り込み、四人の手が一斉に“残り”を攫った。
――遅かった。
「うう……ほとんど食べられた……」
リナがしょんぼりする横で、ニノンは満足そうに肩を落ち着けている。食べ終えたエルフは、もはや聖女のような顔をしていた。
ルーが眼鏡を押し上げ、声を低くする。
「ニノン。チームワークを乱すなら、サオリさんに言って今後一切のお弁当を禁止にします。いいですね」
ニノンが、びくん、と背筋を伸ばした。次いで、ものすごい勢いで大きくうなずく。
「ごめんなさい……もうしないわ……」
今度は別の意味で涙が出ていた。弁当禁止の恐怖は、魔物より刺さるらしい。
クルトンが笑いをこらえながら、リナの背中のマジックバックを指さす。
「でも、リナがマジックバック持ってるのはいいにゃ。これからの移動も探索も楽になるにゃ」
「そうね。長時間の探索になったら、水が荷物の半分になる。これが無いだけでだいぶ楽」
ルーも現実的に頷いた。
「うん。荷物は気にしないで、いつでも入れられるから」
リナはあっけらかんと笑い、歩き出す。ニノンも鼻をすすり、弁当箱を抱えて追いかけた。
*
湖を北へ、二時間ほど。
道は湿り、木々は密度を増し、時おり魔物が出てくる。リナが先頭でさくっと倒し、クルトンが周囲を見張り、ルーが魔力の消費を計算し、ニノンが弓を構えつつ“食べ物の気配”に敏感になっている。
チームとしての形が、少しずつ整っていく。
そのとき、クルトンがぴたりと足を止めた。
「ちょっと皆、来てほしいにゃ」
「どうしたの?」
リナが近づくと、クルトンが木陰の先を指さした。そこには、岩肌に穿たれた穴――洞窟の入口が、口を開けていた。
「ここに洞窟があるにゃ」
ルーが慎重に覗き込む。中は暗く、奥は見えない。
「奥は見えないわね。これじゃ洞窟かダンジョンか分からない」
ニノンが弓を下ろし、落ち着いた声で言った。
「いきなり無茶はしたくない。でも、何があるか分からないから……少し奥に行って証拠を探しましょう」
「証拠?」
リナが首を傾げると、ルーがリナの方を向いた。
「リナはダンジョン経験は?」
「うん、初めて」
「それじゃ、教えてあげる」
ルーは指を一本立てる。
「ダンジョンにいるのは“魔物”じゃなくて“モンスター”って呼ぶの。モンスターは倒すと死体がダンジョンに吸収されて残らない。残るのはドロップ品だけ」
リナの目が丸くなる。
「だから、この中に入って敵を倒せば、ダンジョンか洞窟か分かる。――わかった?」
「うん。ルーは説明もうまいね」
褒められて、ルーはほんの少しだけ照れた顔で咳払いをした。
「とにかく。取り敢えず中に入って敵を倒してみましょう。その強さで進むか、報告に戻るか決める。いい?」
クルトンとニノンとリナが頷く。四人は隊列を整え、洞窟へ踏み込んだ。
*
中はひんやりしていた。外の湿気とは違う、岩の冷たさが肌を撫でる。足音が反響し、時々ぽたぽたと水滴が落ちる音がする。
――なのに、敵が出ない。
「外は魔物が多かったけど、中にいないんじゃ判別しづらいわね」
ルーが小声で言う。
「そうにゃ。トラップも二つあったけど、これだけじゃ分からないにゃ」
クルトンが床や壁を見ながら歩く。仕掛けを解除したのだろう、動きがいちいち滑らかだ。
「どうして? トラップがあったらダンジョンじゃないの?」
リナの素朴な疑問に、ニノンが答えた。
「トラップがあっても、盗賊のアジトで侵入防止の時もあるのよ。判別しにくいの」
「なるほど……」
慎重に、慎重に。さらに三十分ほど進んだところで――。
物音がした。
岩の向こう、何かが動く擦れた音。四人が一斉に身構える。
次の瞬間、聞こえた声は、思っていたものと違った。
「――おう、リナたちじゃないか。早かったな」
「パパ?」
暗がりから現れたのは、ケンだった。いつもの穏やかな顔、いつもの軽い口調。なのに、洞窟の空気が一段変わる。
ケンは奥をちらりと見てから、言った。
「取り敢えず出よう。リスポーンするかもしれないから、気を付けろよ」
ルーの眉が跳ねた。
「……では、やっぱりダンジョンだったのですか?」
「ああ。ダンジョンだった。入口から二階層までは殲滅させたから、スタンピードは大丈夫だ」
あまりに普通に言われて、リナ以外の三人が固まる。
殲滅? 二階層まで?
言葉を飲み込む間もなく、五人は出口へ向かって歩き出した。
*
帰り道、気配が変わった。
さっきまで静かだった通路に、少しずつ――何かが“戻って”くる。カサカサ、ぱさり。羽音。脚が岩を擦る音。
「やっぱり一階層は昆虫系だな」
ケンが淡々と言いながら、現れたものを手際よく片付けていく。リナも遅れずついていく。
「ちょっと気持ち悪いね……」
リナが素直に言うと、クルトンが小さく身震いした。
「にゃ……同意にゃ……」
ルーは魔力の消費を気にしつつも、最小の動きで対処していく。ニノンは弓を引き、いつもの集中した目に戻っていた。弁当のことを忘れたわけではない。いまは“我慢している”だけだ。
そうして、出口が見えた。洞窟の外の光が、やけに眩しい。
外へ出た瞬間、ケンが空を見上げる。太陽の位置をざっくり確認し、独り言みたいに言った。
「太陽があの辺りだから……リスポーン間隔は三、四時間ってところか」
そして振り返る。
「バルガスさんに報告に行くが、君たちも来るか?」
その問いに、ニノンが慌てて口を開いた。
「ちょ、ちょっと待ってください! 二階層まで全滅させたって……一人でですか?」
ケンは「ん?」と首を傾げる。
「ああ」
ルーも気になっていたらしく、言葉を選びながら聞いた。
「……モンスターが少なかったんですか?」
「うーん……どうだろう。他のダンジョンを知らないからな。五百以上は……覚えてないぞ」
「ごっ、五百……」
クルトンが引いた声で呟いた。猫獣人の耳が、ぺたっと寝ている。
ニノンが焦ったようにリナへ詰め寄る。
「ちょっとリナ。あなたのお父さん、何者なの?」
「え? パパはパパでしょ。いつもこんな感じよね」
リナは不思議そうに答えた。本人にとっては、いつもの“魔道具担当”がちょっと出張しただけなのだ。
ケンも「まあ、そうだな」と軽く頷く。
リナ以外のコトコト・キッチン三人は、同じことを思った。
(……このひと、本物だ)
そして彼らは、急に“報告に行く”という言葉の重みが増したのを感じながら、ギルドへの道を歩き出したのだった。




