第47話 コトコト・キッチン、始動
朝のコトコト村は、湯気みたいに薄い霧が畑の上を流れていた。ギルド前の石畳には、早起きの冒険者たちの足音がぽつぽつと響き、掲示板の前では依頼書をめくる音がする。
その端っこに、今日から“正式に”パーティーとして動く四人が集まっていた。
「今日が冒険者パーティー活動一日目だね!」
元気よく宣言したリナに、ニノンがずいっと顔を寄せた。整った美貌が迫力を増して――ちょっと怖い。
「リナ、サオリさんに頼んでくれた?」
「ニノン、顔が怖いよ。お弁当でしょ。ちゃんと作ってもらったよ」
その一言で、ニノンの瞳が宝石みたいにきらっきらに輝いた。さっきまでの威圧感が、食欲の純度に変わる。
「……それがあれば、もう大丈夫!」
「これさえなかったら、ニノンがリーダーなのにゃ」
クルトンが肩をすくめ、語尾までちょっと拗ねた。
「ええ全く。リーダーになった私の身にもなって欲しいわ」
ルーが小さく息を吐く。理論派で神経質、効率重視の彼女は、すでに“まとめ役”の顔をしていた。
「でも、ルーはリーダーに向いてるでしょ」
「向いてるんにゃけど、冷静な時のニノンは優秀だからにゃぁ」
「……はっ。私はルーの方が周りもよく見えてると思いますよ」
ニノンが正気に戻ったみたいに言う。戻るの早い。
「イイね、パーティーの会話だね!」
リナは楽しそうにうなずいた。
「で、いまからどうするにゃ?」
「ギルマスが、北の湖方面の探索の依頼を出すって言ってたよ」
「では、それにしましょう」
ルーが即決した。迷いがない。
四人は並んでギルドへ入った。木扉を押し開けると、いつもの獣臭と酒気、紙とインクの匂い。それに混ざって、どこかで誰かが焼いている串肉の香りが鼻をくすぐる。 ちょうど中に、ギルドマスターのバルガスがいる。
「おう、お前たち。湖北の探索に行ってくれるか?」
「はい。その予定です」
ルーが答えた。ニノンは答えない。弁当袋を抱えたまま、頷きだけが大きい。クルトンは「にゃ」と短く返事、リナは元気よく「はい!」と手を挙げた。
「よし、それじゃあ頼むぞ。……で、お前たちのパーティーネームはどうする?」
リナが一歩前に出る。
「もう決めたよ! 私たちはコトコト・キッチンです!」
「コトコトキッチンだな。わかった。リーダーはルーのままでいいか?」
「はい」
「よし。お前たちをB級パーティー、コトコト・キッチンとして登録しておくが――リナ、お前は個人でA級になる。気を引き締めて行ってこい」
「はい!」
こうして、新パーティー“コトコト・キッチン”の冒険が始まった。
*
北へ向かう道は、村を抜けるとすぐに森の匂いが濃くなる。湖へ続く道は、ところどころ湿っていて、足音が柔らかい。鳥が鳴き、遠くで水のせせらぎが聞こえる。
探索と言っても、初日から無茶はしない。ルーがそう決めていた。まずは湖周辺の様子を見て、魔物の痕跡やダンジョンの気配を探る。報告が目的だ。
――だったのだが。
「お昼ご飯にする」
唐突にニノンが宣言した。
「え、いま!?」
「動かない」
断言。リナが目を丸くして、クルトンが「にゃ」と笑いをこらえた。ルーは、こういう流れを最初から想定していた顔で、荷物を下ろす。
湖の見える草地に座り、包みを開いた瞬間、香りが弾けた。サオリの弁当は、空気を一段おいしくする。
ニノンが一口食べて――次の瞬間、泣いた。
「うめぇ……うますぎるぞ、こんちくしょう!」
「情緒が迷子にゃ……!」
クルトンが半笑いで言う。ニノンは涙を拭きもせず、弁当箱に顔を近づけ、また食べ、また泣く。エルフの美貌が台無しだが、本人は気にしていない。
その横で、残りの三人は普通に会話を続けた。ニノンは置いておいても大丈夫だ。たぶん弁当が尽きるまで動かない。
「えーーー! ニノンって二百歳越えてるの!?」
「そうだにゃ。エルフは寿命が長いから二百歳でも若い方にゃ」
「クルトンはいくつなの?」
「わたしは二十二歳にゃ。ルーは二十歳」
「えっ、ルーって私よりちょっと上なんだ」
「……そうね」
ルーが小さく頷く。
「リナはいくつにゃ?」
「私は十六歳だよ」
「若いわね、だけどブイヨン子爵の弟子。さすがA級ね」
「いやいや、それほどでも……」
照れたリナが笑った――その時、笑顔がすっと消えた。視線が森の奥へ向く。
「魔物がいる。五十メートル先。たぶん、でっかい蛇」
「え?」
ルーが立ち上がり、クルトンも耳をピンと立てる。
「にゃっ、どこにいるにゃ」
「あそこ。倒すね」
リナは迷いなく立ち上がった。声が少し低くなる。勇者の目だ。
「……凍れ!」
次の瞬間、五十メートル先の地面から氷柱が突き上がった。槍みたいに鋭い氷の中に、体長五メートルほどの巨大な蛇が閉じ込められている。
「たあ!」
リナは駆け、聖剣ジェディアスが光る。――一閃。
氷ごと、蛇が真っ二つに割れた。
あまりの速さに、ルーとクルトンが一瞬固まる。いっぽうニノンは、泣きながら弁当を食べ続けている。
リナは剣を下ろして、首をかしげた。
「ねえ、蛇って食べれるの?」
「……食べられるとは思うけど、持って帰るのは手間よ」
ルーが現実的に言うと、クルトンが鼻をくんくんさせる。
「にゃ……でもサオリさんならおいしくするにゃ」
「だよね! 持って帰ろう!」
リナが元気よく言った背後で――。
「うまいぞーーーーー!」
ニノンの叫びが湖に響いた。魔物も氷柱も関係ない。弁当が世界の中心だ。
こうしてコトコト・キッチンの初日は、探索と昼ご飯と、そして“食材の追加”から始まったのだった。




