第45話 怒られないための手順と、北の森の“邪龍”報告
冒険者ギルドの朝は、いつも通り賑やかだった。依頼板の前には冒険者たちが群がり、酒場スペースでは早くもジョッキを傾けている者までいる。解体所の方からは、独特の匂いが風に乗って漂ってきた。
その中を、ケンとリナが並んで歩いていく。
……ただし、今日はいつもと違う。
「パパ、ほんとに駄目だからね。ちゃんと私の言うこと聞いてよ」
ギルドの入り口で、リナが念を押した。
ケンは苦笑いで返す。
「分かったって。今日はリナの言う通りにする。……そんな大したことないだろ」
「その“大したことない”で、いつもギルマスに怒られるんだよ」
「う……」
反論できない。ケンは素直に頷いた。
受付へ向かうと、職員がにこやかに挨拶する。
「ケンさん、リナさん、おはようございます。今日はどんな御用で?」
「この前の報酬の受け取りと、ギルマスに会いに来ました」
ケンが答えると、職員はすぐに頷く。
「分かりました。少しお待ちください」
“ちゃんと受付を通す”――それだけで、リナの表情は勝ち誇っていた。
「パパ、こうやって話をしてからすれば怒られないよ。いきなり解体所に行って素材を出すから怒られるんだよ」
「分かった分かった。今日はリナに任せる」
「ほんとかなぁ~」
半信半疑の顔で睨まれながらも、ケンは大人しく待つ。
しばらくして職員が戻ってきた。
「お待たせしました。ギルドマスターの部屋にお願いします」
二人は廊下を進み、重厚な扉の前に立つ。
リナが改めて気合を入れ、ノックした。
「失礼しま~す!」
「……ども。おはようございます」
ケンが続くように頭を下げる。
部屋の奥にいたバルガスは、二人を見た瞬間、深く息を吐いた。
それは安堵なのか、それとも覚悟なのか。
「おお、リナか……と、ケン」
バルガスの視線が、まずリナに――次にケンに移る。
「今日は……まだ何も起きてないな?」
「はい!」
リナが元気よく即答する。
「……まだ、です」
ケンがぼそっと付け足した瞬間、バルガスの眉がぴくりと動いた。
「“まだ”って言うな……」
そして、また深いため息。
「で、まずはこの前の報酬だったな」
バルガスは机の上の書類を手に取り、ケンをじろりと睨んだ。
ケンは目を合わせない。妙に大人しい。
「全部で金貨一七〇〇枚だ」
「すごーい!」
リナの目が一気に輝く。
バルガスは淡々と内訳を読み上げた。
「ワイバーンの皮、骨、臓器で金貨五〇〇枚。それが二匹分で千枚。
ケルピーが三匹で二〇〇枚。
ウォーターフロッグが七匹で四〇枚。
討伐報酬はケルピーが五〇枚、ワイバーンが四〇〇枚……残り十枚は、おまけだ」
「おまけまで付けてくれるの? ありがとうございます!」
リナが嬉しそうに頭を下げる。
バルガスが腕を組む。
「……ケン。やけに大人しいじゃないか」
「リナに任せるって話になっただけですよ。俺だって普通にできますよねぇ、バルガスさん」
ケンが少し不満げに言うと、バルガスは容赦なく切り返した。
「お前の常識は、この世界じゃ非常識だからな。リナは正しい」
「バルガスさんまで……どうせ俺は非常識ですよ」
ケンは肩を落とした。
リナが慌ててフォローしようとするが、そこで思い出したように表情を引き締める。
「パパ、いじけないで。ギルマス、それより大変なんですよ」
「ん? どうした」
バルガスの目つきが変わる。
リナは一度深呼吸し、言った。
「昨日、パパと夜に狩りに行ったんですけど……そこに邪龍が出たんですよ」
「何!?」
バルガスが勢いよく立ち上がる。
「邪龍が出ただと!? どこで出た!」
「北の森の湖を、ちょっと越えた場所です」
リナは言葉を続ける。
「まだ子供だったから討伐自体はできたんだけど、場所が近かったから報告だけはしとこうと思って」
バルガスの顔が険しくなる。
「……子供? 大きさは」
「ちょ、ちょっと待って、いっぱい言われると分かんない。パパ、説明お願い」
リナがケンに丸投げすると、ケンは咳払いして話し始めた。
「俺が見たのは三メートルくらいの個体です。最初は大人の邪龍かと思ったけど、鑑定で“子供”って出たんですよ」
「三メートル……」
バルガスは唸る。
「それなら親から独立してる個体だな。どうやって倒した?」
「ええ。俺が体を凍らせて動けなくしたところを、リナが止めを刺しました」
「……冷静に言うな。夜に親子で邪龍を仕留めるな」
バルガスは頭を抱えそうになりながらも、すぐに別の質問へ移る。
「この前のワイバーンは飛んでるのを倒したって言ってたな。あれはどこに飛んで行った?」
「ケルピー倒してる最中だったんで正確じゃないですけど……北から南へ飛んでたと思います」
「……南の山脈」
バルガスは低く呟いた。
「邪龍やワイバーンが住むのは南の山脈だ。北に生息地ができたか……」
「できたか?」
リナが身を乗り出す。
バルガスは顔を上げ、重い声で言った。
「ダンジョンができた可能性がある」
「ダンジョン!」
リナの目がまた輝いた。
だがバルガスの表情はまったく笑っていない。
「どちらにしろ調査が必要だ」
そして扉の方を向き、大声を張り上げた。
「おい! 誰かいるか! 副ギルドマスターを呼べ!」
廊下の向こうで慌ただしい足音が響き、空気が一気に“仕事モード”へ変わっていく。
バルガスはケンとリナへ視線を戻した。
「悪いな。今日はここまでだ」
「はい。報告できてよかったです」
リナが礼儀正しく頭を下げる。
ケンも軽く頭を下げた。
こうして二人は部屋を出て、解体所へ寄り、いくつかの手続きを済ませてから家へ戻った。
「ただいま~」
「おかえりなさい。どうだった?」
サオリが迎え、二人の顔を見てすぐ察する。
「ギルド、なんかあった?」
「ダンジョンができてるかもしれないって。ギルド、忙しそうだったよ」
リナが説明しながら、ケンがマジックバッグを掲げる。
「ああ、そうだ。はい、これ。ワイバーン肉」
ずしり、と重い肉塊が現れた。
「ついに来たわね……未知のお肉」
サオリの目が料理人のそれになる。
怖いくらいに輝いていた。
「ああ。ご飯、楽しみにしてる」
「私も楽しみ!」
リナがはしゃぐ。
ケンは椅子に腰を下ろし、ようやく肩の力を抜いた。
報酬金貨一七〇〇枚。
北の森に現れた邪龍。
そして、ダンジョンの可能性。
平和なスローライフを望んでいるはずなのに、なぜか次々と“事件の種”は増えていく。
だが――三好家には、今夜の最大の事件が待っていた。
サオリがワイバーン肉を前に、静かに腕まくりをする。
「ふふ……じゃあ、今夜は腕が鳴るわね」
三好家の夜ご飯は、いったいどうなるのだろうか。




