第44話 卒業と、パパ師匠のチート講座
ブイヨン子爵邸の昼は、相変わらずにぎやかだった。
サオリの料理が厨房を熱狂させ、リナの新しいパーティーは一瞬で仲間っぽい空気を作り、そして――ニノンは最後まで食欲の余韻から抜け出せず、名残惜しそうに皿を見つめていた。
そんな中、ブイヨン子爵がいつもの調子で「ふぉふぉ」と笑いながら、リナに告げた。
「リナよ。今日をもって、儂の修行は卒業じゃ」
「……え?」
リナが固まる。
さっきまで“当てられた!褒められた!”で浮かれていた顔が、一気に不安に揺れた。
「え、ちょ、ちょっと待って! まだ教わりたいことあるし! 私、もっと強くなりたいし!」
リナが慌てて食い下がると、子爵はゆっくり首を振った。
「強くなるのは、儂の前で剣を振ることだけではない。お前はもう、一人で戦う段階を終えたのじゃ」
「一人で戦う段階……?」
「パーティーを組んだろう。なら次は“連携”じゃ」
子爵の目が少しだけ鋭くなる。
「パーティーごとに戦略が違う。役割の分担、戦い方、呼吸の合わせ方。これからは、そちらを学ぶ番じゃ。儂が教えられることは、もう十分渡した」
言葉はあっさりしているのに、そこに込められた重みは大きかった。
リナは唇を噛みしめる。嬉しいのに、寂しい。褒められているのに、置いていかれた気がする。
けれど、子爵は笑った。
「ふぉふぉ。卒業とは、突き放すことではない。困ったらいつでも来い。……ただし、今度は“仲間ごと”連れてくるのじゃ」
「……うん」
リナは小さく頷いた。
その瞬間、バルガスが肩を叩くように言った。
「いい師匠だろ。お前の成長を、ちゃんと次に繋げてくれてる」
リナは黙って、もう一度頷いた。
その横で、ニノンが食い下がっていた。理由は修行ではない。
サオリの料理である。
「サオリさん……次は、いつ……?」
目が真剣すぎる。
声が切実すぎる。
もはや一国の文化を捨ててきた“食の亡命者”だった。
「ニノンさん、落ち着いて。次の機会にね」
サオリが笑顔で宥めるが、ニノンの目は輝いたまま止まらない。
クルトンとルーが両側から押さえつけるようにして頭を下げた。
「ホントにごめんなさいにゃ……!」
「食べ物が無ければ冷静なんです……今日は、完全に壊れてます。すみません」
結局、ニノンには「お帰り願う」形になり、騒がしかった子爵邸の午後はようやく静かになった。
その夜。
コトコト村の北――森の縁。月明かりが枝葉の隙間から落ち、足元の草を淡く照らしていた。
ケンとリナは二人でそこに立っている。
リナはいつもの聖剣ジェディアスを背負い、ケンは“仕事用の顔”だった。
「リナ。魔法って、どれくらい使う?」
突然の問いに、リナは目を泳がせた。
「え、魔法? うーん……あんまり、かな。お師匠様の壁壊してから、ちょっと怖くて……」
過去のやらかしは、ちゃんと心に残っているらしい。
ケンは苦笑しつつも頷いた。
「そう思って、今日は来たんだ。魔法は火とか水だけじゃないんだぞ」
「え、そうなの?」
「……リナ、本を読まないな。神様から貰った魔法の本、読んでないだろ」
「えへへ。ばれたか」
リナは笑って誤魔化す。
「何回か読もうと思ったんだけど、本開くと寝ちゃうんだよね。なんでだろ?」
「なんでだろ?じゃないよ、全く」
ケンがわざと大げさに溜息をついてから、リナの頭を軽く指で弾く。
「そんなリナに、わかりやすく教えてやる」
「お願いします、パパ師匠!」
「……パパ師匠って。まあ、いい」
ケンは肩をすくめ、森の暗がりへ視線を向けた。
「まずは索敵魔法。敵を探す魔法だ」
「索敵くらいわかるよ。パパとやってたFPSゲームの索敵でしょ」
「ゲームならわかるんだな……」
ケンは呆れたように笑いながらも、すぐ真面目な声に戻る。
「よし。ゲームで説明するぞ。俺たちは神様からHPとMPアップの加護――バフを貰ってる」
「うん」
「だから普通の魔術師よりMPが高いのはわかるか?」
「うん、わかる」
「そのMPを使って魔法を撃つのに、普通の魔術師たちはチャージタイムがいる」
リナが「チャージタイム」と聞いた瞬間、すっと理解した顔になる。
「で、そのチャージを早くするために使うのが詠唱っていう合言葉だ。でもリナは合言葉を覚えるのが苦手だな」
「うん、苦手」
「だから――神様から貰ったMPを多く使って、チャージタイムを無くすチート技を使う」
「なんか……チート使うって、悪いことしてるみたいだね」
「でもこれは、生きるために神様から貰った“悪くないチート”だ」
ケンは真剣に言う。
「そうだね。神様から貰ったんだから、悪いことじゃないね。で、そのチート、どうやって使うの?」
「イメージだ。イメージがすべて」
ケンは自分のこめかみを指で叩く。
「パパは使ったことがある。イメージを教えるぞ」
「うん、教えて!」
「……ミークラの“光の矢”わかるか?」
「うん! 敵モブの周りが光る矢だね!」
「そう、それだ」
ケンは小さく息を吸い、森の奥を見つめる。
「それをイメージして――『見つけて』って言う」
「見つけて!」
リナが言った瞬間。
森の暗闇の中に、薄い赤い“光の印”がぽつぽつと浮かび上がった。
「どうだ? 見えるか?」
「うん、見えるよ! これ赤色なんだね!」
「そう。敵反応は赤で出る。これがあれば冒険する時も安心だろ」
「うん、パパ教え方の天才だね!」
ケンは鼻を鳴らした。
「あと、もう一つ。これは簡単だ」
「うん、うん!」
「頭の上に光の玉をイメージして――『光って』って言ってみろ」
「光って!」
ぱあっ、と柔らかな光が生まれた。
まるでランタンのように周囲を照らす。明るさは意識で調整できるらしく、リナが少し集中すると、光が強くなったり弱くなったりする。
「おお、明るい! これがライトの魔法だ。イメージでもっと明るくも、暗くもできる」
ケンが言いながら、ふと森の奥を見る。
「……ん? あっちを見ろ。これがライトの弱点だ」
リナも目を向ける。
暗闇の中、赤い反応がじりじり近づいてくる。
「向こうから赤いのが来るね」
「そう。光は便利だけど、敵にバレやすい」
ケンは即座にハンドガンを構え、まっすぐ撃った。
雷の痺れが走ったのだろう。赤い反応が一気に鈍くなる。
「こうやって痺れさせて――リナ、止めを刺して」
「うん! やーっ!」
リナが聖剣ジェディアスを抜き、走り込んで一閃。
魔物の気配が消える。
「これがチームプレイだな」
「これがチームプレイ!」
リナが真似して言い、満足げに笑った。
「……お。ホーンディアだ。ママにお土産ができたな」
ケンが森の別方向を指す。
リナは急に真剣な顔になって、赤い反応を見た。
「あっ、パパ。あっちに大きいのがいるよ!」
「よし。一度ライトを消そう」
ケンは声を落とす。
リナも息を呑む。暗くなると、森の音が急に大きく聞こえる。
「リナ。大きい敵、強そうな敵は怪我をするかもしれない」
ケンは言いながら、地面にしゃがんだ。
「そのための魔法が“障壁”だ。簡単に言えばバリアーの魔法だな。自分にも他の人にも掛けられる」
リナの目が輝く。
「FPSのアーマーみたいなやつ?」
「そう、そのイメージでいい。体全体を守るイメージをして――『守って』って言う」
「金アーマーイメージして……守って!」
リナの体の周りに、見えない膜が張ったような感覚が広がった。
肌の表面が少し温かく、守られている感じがする。
「よし、できたな。アーマーが剥がれても、また言えば着れる」
「無限アーマー……これもチートみたいだね」
「だな。神様チートだ」
ケンはさらりと言って、森の奥に視線を向けた。
「よし。あの大きいの、パパが体を凍らす。リナが止めだ」
「うん、わかった!」
ケンの手が冷気を纏う。
リナは剣を握り直し、深く息を吸った。
森の中、赤い反応がゆっくり動く。
暗闇の向こうにいる“何か”へ、二人は息を合わせて進む。
――こうして、リナにチートを教える夜が更けていったのだった。




