表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
美容師パパは魔道具担当、料理人ママは飯担当、娘は赤点担当の勇者です  ~異世界の隅っこで、家族スローライフ始めました~   作者: antomopapa


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

43/65

第43話 屋敷の厨房は戦場、そしてニノンは壊れた



 ブイヨン子爵邸の庭先は、先ほどまで冒険者たちの“修行と紹介”で賑わっていた。

 リナは新しい仲間――ニノン、クルトン、ルーと打ち解け始め、ケンとサオリも「いよいよ旅立ちが近い」という現実を噛みしめている。

 その空気を、別方向からぶち壊す勢いの足音が近づいてきた。

「サ、サオリ様っ……! 何卒、我々にご教授を……!!」

 厨房の奥から、料理長らしき男が半ば転げるように飛び出してきたのだ。

 髪は乱れ、目は血走り、手には大きなメモ帳。完全に“授業を受ける気満々”である。

「やっぱりサオリさんが来ると、こうなるよね」

 カミラが肩を揺らして笑う。

 サオリは苦笑いを浮かべつつ、持参した小袋――自家製ミックススパイスを抱え直した。

「そうですね。……じゃあ、皆さんで食べましょうか?」

「やったー! みんな、ママの料理美味しいんだよ!」

 リナが得意げに胸を張る。

 その横で、静かに、しかし確実に――ニノンが小さくガッツポーズをしていた。

(……あれ?)

 ケンがその動きを見逃さない。

「ニノンちゃんも、食べるのが好きなのかい?」

 尋ねると、ニノンは一瞬だけ“取り繕う”顔をした。

 だが、すぐに観念したように頷く。

「はい。実は私の国……エルフ国エルダー・リーフは粗食文化でして。精進料理のような、質素な食事が美徳なんです。……私はそれに耐えられなくて」

 ニノンの声は丁寧だが、どこか切実だった。

「それが嫌で世界を旅するようになって……美味しいものには、目がないんです」

 クルトンが尻尾を揺らしながら、軽く補足する。

「ニノンは美味しいものを食べると、人格が変わるにゃ」

 ルーも淡々と頷いた。

「見てて飽きない。……ただし、巻き込まれると大変」

「えっ、そんなに?」

 ケンが思わず目を丸くすると、リナが笑顔で断言した。

「じゃあきっと、ニノンはママの料理気に入るよ!」

 ――この時点で、リナはまだ知らなかった。

 “気に入る”どころでは済まないことを。

 サオリが一歩前に出て、料理長たちに向かって微笑む。

「ふふ。それでは、厨房をお借りできますか?」

「はっ! どうぞ、こちらへ!」

 料理長は深々と頭を下げ、まるで王族を案内するかのようにサオリを厨房へ誘導する。

 カミラも同行し、料理人たちがわらわらと集まっていく。メモ帳を構える手は真剣そのものだ。

 ケンは思わず呟く。

「……何でここに料理人がいるんだ?」

 カミラは当然のように返した。

「サオリさんが来てるからでしょ」

「……そっか」

 納得するしかなかった。


 厨房は広く、火口も多い。

 けれど今日の主役は、サオリ一人で十分だった。

「今日はもうお昼時なので、早く作れるものと、時間のかかるものを一緒に作ります」

 料理人たちが一斉に姿勢を正す。

「ブラッディブルのお肉が残っているそうなので、煮込み料理とステーキでいきますね」

 ざわ、と空気が動いた。

 ブラッディブルは希少で旨いが、扱いが難しい――そういう認識なのだろう。

「まずは煮込み料理から。これは、すね肉……足の先の肉ですね。これを煮込んでいきます」

 料理人たちがざわめいた。

「足の先の肉って、あの硬い……」

「廃棄する肉だろ……?」

 サオリは動じない。むしろ、そこが料理人の腕の見せ所だという顔をした。

「それを美味しくするのが料理ですよ」

 そう言って、まな板の上で玉ねぎをくし切りに、人参を乱切りに、ガリケ――この世界でのガーリックを薄切りにしていく。

 手際が良すぎて、料理人たちのペンが追いつかない。

「こんな感じですね。肉の方は一口大に切って、塩胡椒をしっかりめに振ります」

 次にフライパンへ油。

 ジュッ、と音が弾ける。

「しっかり焼き目が付くまで焼いて、そこに玉ねぎ、人参、ガリケを入れます。全体に油が回るまで炒めて――小麦粉を振り入れます」

「小麦粉……?」

 料理人が小声で呟く。

 粉を“煮込み”に入れる発想がないのだ。

「粉っぽさがなくなるまで炒めてください。ここ、重要です」

 サオリは続ける。

「そこに、赤ワイン2、水1くらいの割合で入れます。今日持ってきたミックススパイスも入れて――二時間くらい煮込みます」

 鍋に注がれた赤ワインの香りが立ち上り、料理人たちが思わず喉を鳴らす。

「水分が半分以下になったら、ワインと水を足して調整しますね」

 “煮込みは待つ料理”だ。

 そう理解した料理人たちが、次々と頷いている。

 サオリは手を止めず、次に行く。

「次はスープを作ります。干し肉はありますか?」

「こちらにありますが……?」

 料理長が戸棚を開け、干し肉の塊を差し出す。

「干し肉は旨味が多いので、これでスープを作りますね」

 どよめきが起こった。

 干し肉は保存食で、硬くて塩辛い――“そのまま食べるもの”の認識が強いのだろう。

「これは簡単に作れますよ。玉ねぎをくし切りにして、干し肉も同じくらいに切ります」

 バターで炒めて、そこに水と牛乳。

 煮込み時間はたった十分。

「吹きこぼれないように見ててくださいね」

 香りが変わった。

 さっきまでの赤ワインの奥深い香りに、今度は乳の優しさが加わる。厨房が“別世界”になっていく。

「続いてステーキにいきます」

 料理人たちの目がさらに真剣になる。

「肉は、ハラミ……胸の肺周りの肉ですね。この肉を使います」

 料理人の一人が恐る恐る質問した。

「肉は……場所で違いがあるんですか?」

「ええ、違いますよ」

 サオリは丁寧に、しかし熱を帯びた声で語る。

「部位によって脂肪や筋の入り方が違うから、調理方法も変わります。腹回りは脂があるのでジューシーで美味しい。ヒレ――背中の肉は脂が少なくて柔らかいから繊細な味が楽しめる。肩や足先は固いから、煮込みが合う」

 料理人たちのメモが止まらない。

「部位ごとに調理を変えて、最も美味しい方法を探すのも、料理人の醍醐味です。……では調理に戻りますね」

 ハラミに塩胡椒、そしてミックススパイス。

 焼き目を付け、まな板へ戻して休ませる。

「前回のローストビーフと同じですね」

 続いてソース。

「玉ねぎとガリケをみじん切りにして小鍋で炒めます。そこにビネガーと白ワインを入れて煮詰めて――」

 煮詰まったところで、極弱火にしてバターを数回に分けて投入。

「一気に入れると、乳化――白っぽいとろみが出にくいので、数回に分けてくださいね」

 最後に盛り付け。

 皿の上に並ぶステーキは、見た目だけで“勝ち”が分かる。

「皆さんが待ってるので、先にステーキを持って行って、煮込みは時間がかかるのでゆっくり食べましょうか」

 料理人たちから、自然と拍手が起こった。

 サオリはその反応を見て、静かに満足する。

 料理人は“教える”ことで、また腕が磨かれるのだ。


 そして食事が始まった。

 ――そこはカオスだった。

 主犯は、ニノン。

「……っ!!」

 一口食べた瞬間、ニノンの瞳が光った。

 顔が変わった。

 “エルフの上品さ”が、すっと消えた。

「美味しい……!」

 そう呟いた次の瞬間、フォークが止まらない。

 手が止まらない。

 そして、目が止まらない。

 自分の皿が空になる。

 隣の皿が視界に入る。

 ニノンの手が伸びる。

「えっ、ちょっ――」

 誰かが声を上げる前に、ステーキが消えた。

「ニノン!?」

 ルーが頭を抱える。

「食べ物が無ければ冷静な人。でも美味しいものがあるとこうなる。……ごめんなさい」

 クルトンは平謝りしながら、尻尾を垂らす。

「ホントにごめんなさいにゃ……!」

 しかしニノンは止まらない。

 リナも最初は「すごい!」と笑っていたが、次第に目が本気になっていく。

「……私の分……」

 リナとニノン、二人の食いしん坊が火花を散らす。

 料理人たちが慌てる。カミラが腹を抱えて笑う。

 ケンが「うわ、ほんとに人格変わるんだ……」と呟く。

 結果――追加でステーキを二キロ焼くことになった。

「美味ぇよ、これ最高だー!」

 誰が叫んだのか分からない。

 たぶん料理人の誰かだ。

 あるいはニノンかもしれない。もう判別は不能だった。

 サオリは苦笑いしながらも、フライパンを振る。

 こんな“幸せな混乱”なら、悪くない。

 やがて煮込みも完成し、足先の肉が信じられないほど柔らかく、濃厚で、香り高い一皿になって運ばれてくる。

 料理人たちの目が潤む。

「……これが、廃棄肉……?」

 誰かが呟き、また拍手が起こった。

 そしてニノンは、完全に確信した顔でサオリを見つめた。

(この人の料理を、もっと食べたい)

 それは憧れではなく、もはや恋だった。

 サオリの料理に恋をしたエルフ――ニノンの旅は、ここからさらに加速していくのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ