第42話 サプライズ三人娘と、親の心配
執務官ビリビの止まらない愚痴を、ケンとサオリが礼儀正しい笑顔で受け止め続けて、どれくらい経っただろう。
地図の上の「ここに家が建つ」という未来の場所を眺める余裕すらなくなり、二人の心はほぼ“聞き役”に固定されていた。
「それでですね、あの爺――いえ子爵様ときたら、今度は『街灯はもっと派手に』などと仰りまして! 派手にって何です!? 光の強さの問題じゃなく――」
(助けてくれ、誰か……)
ケンが目で訴えた、その瞬間だった。
「パパー! ママー! やっと当たったよ!」
扉が開く勢いで、リナが部屋へ飛び込んできた。頬は赤く、息は弾んでいるのに、顔は満面の笑みだ。
その声を聞いた瞬間、ケンとサオリは反射的に肩の力を抜いた。
「ああ……よかった……」
「やっと、終わったのね……」
二人の安堵の息は、たぶん別の意味でも混じっていた。
そして、リナの一撃――いや、報告の一言で、ビリビがぱちんと正気に戻る。
「っは……! わ、私としたことが……大変失礼しました。このことはご内密に……!」
ビリビは顔を赤くし、咳払いをして背筋を正した。
サオリは苦笑いを浮かべつつも、優しく頷く。
「ええ、もちろん。心中お察しします」
「シンチュウオサッシって何? 新しいスイーツ?」
リナが首を傾げる。真剣な場面のはずなのに、言葉の拾い方がいつも通りだ。
「まあいいから」
ケンが軽くツッコミを入れ、話を進める。
「子爵様のところに行こう」
こうして、ケンとサオリ、リナ、そしてビリビの四人は、屋敷の庭へ向かった。
庭の一角。
そこにはブイヨン子爵が立っていた。
いつも通り、のんびりした笑い方――なのに、漂う空気だけは鋭い。
先ほどまで行われていた“修行”の濃さが、そこに残っている。
「ふぉふぉふぉ。ついに当てられてしまったわい」
子爵が愉快そうに言うと、ケンが思わず前へ出た。
「お体の方は大丈夫ですか?」
「うむ。かすっただけじゃから大丈夫じゃ」
かすっただけ、と言う割に、リナは誇らしげに胸を張っている。
師匠に“一発入れた”こと自体が、どれほどの成果なのか――それは、周りの空気が教えていた。
「それよりも……おーい、出てくるのじゃ」
子爵が声を掛けると、屋敷の奥から人影が動いた。
まず現れたのは、バルガスとカミラ。
そして、その後ろから――見知らぬ三人が姿を見せる。
背の高い女性エルフ。弓を背負っている。
猫の獣人族の少女。軽い身のこなしが一目で分かる。
そして人間の少女。静かな目で周囲を観察し、魔術師らしい雰囲気を纏っていた。
「あれ? ギルマス、どうしてここに?」
驚くリナに、バルガスは腕を組んで鼻を鳴らした。
「リナ。かすっただけとは言え、よく師匠に一発入れられたな」
「えへへ。でしょ! 頑張ったもん!」
リナの笑顔に、子爵が「ふぉふぉ」と喉を鳴らす。
その光景を見て、ケンとサオリは小さく息を吐いた。
(無事でよかった)
そして、バルガスが改めて三人を前へ促した。
「おお、そうだ。紹介しよう。ここにいるのが、昨日話してた三人だ」
バルガスが指を向ける。
「まずは、弓手。支援魔法も攻撃魔法も使うエルフの――ニノン」
エルフの女性が、落ち着いた微笑みで一礼した。
「よろしくお願いします」
「次。シーフで斥候の獣人族――クルトン」
猫の獣人が尻尾をぴんと立て、元気よく手を振る。
「よろしくだにゃ~」
「最後。魔術師の――ルー」
人間の少女が短く頷く。
「よろしく」
三人とも、個性はばらばら。
なのに、どこか“チーム”の空気をまとっている。
バルガスは続けた。
「ちょっと変わってるが、実力は間違いない三人だ。……そして、こっちが戦士のリナだ」
「よろしくね!」
リナはにっこり笑って元気よく挨拶した。
その目は、さっきまでの“親の前の娘”じゃない。冒険者としての目だ。
「お師匠様、隠してたんですか?」
リナが頬を膨らませると、子爵が悪戯っぽく笑う。
「サプライズじゃよ。ふぉふぉ」
バルガスが腕を組んだまま言った。
「どうだ。ブイヨン子爵に攻撃を当てられる奴は、なかなかいないぞ」
ニノンが静かに頷き、ルーは短く「確かに」と呟く。
クルトンは目を丸くしてリナを見つめた。
「すごいにゃ。私なんか、どうやって当てたか見えなかったにゃ」
「えへへ、照れるなぁ」
リナは照れ笑いを浮かべながら、三人と自然に距離を詰めていく。
初対面なのに、もう仲間みたいに話し始めている。
その様子を見て、ケンとサオリは胸の奥が温かくなるのを感じた。
同時に、ほんの少しだけ――不安も湧く。
そんな時だった。
「サオリ。今日来たってことは、何かあるんじゃないの?」
カミラが、ふっと笑ってサオリを見る。
サオリは、バッグから丁寧に包んだ小袋を取り出した。
「ええ。私の調合したミックスハーブ……じゃなくてミックススパイスを、屋敷の料理人さんの分も持って来たわ」
言った瞬間。
「おい、聞いたか!? サオリさんが俺たちの分まで……!」
近くに控えていた料理人の一人が目を輝かせ、猛ダッシュで厨房へ駆けていった。
「料理長に報告だ!!」
「……何でここに料理人がいるんだ?」
ケンが思わず呟くと、カミラが当然のように答えた。
「それは、サオリさんが来てるからでしょ」
その言い方があまりにも自然すぎて、ケンは言葉を失った。
サオリの影響力が、子爵邸の中でもすでに“事件”になっている。
サオリは苦笑しながらも、少し誇らしげに肩をすくめた。
「喜んでもらえるなら、嬉しいわ」
その会話の横で、リナはすでに三人と盛り上がっていた。
戦い方の話。魔法の話。得意な役割の話。
まるで、昔から一緒に冒険してきたみたいに。
それを見ながら、ケンがぽつりと漏らす。
「……でも、これでリナも本格的な冒険者だな。やっぱり……ちょっと心配だな」
サオリも同じ気持ちだった。
「ええ。そうね。まだ十六歳なんだし」
すると、バルガスが「ふん」と鼻を鳴らした。
「お前らの国ではそうなのか? ここら辺じゃ十五でもう大人だぞ。いつまでも子供じゃないだろ」
正論だ。
でも――親の気持ちは正論だけでは割り切れない。
「いつかは、とは思ってるんですけどね」
ケンは苦笑いを浮かべながら言う。
「来ると心配ですよ。やっぱり」
するとカミラが、笑いながらバルガスの横顔を見つめて言った。
「あなただって、息子たちが冒険者になるって言ったら反対してたじゃない」
「……まあ、そうなんだが」
バルガスは視線を逸らした。
親は、子供の成長が嬉しい。誇らしい。
だけど同時に――少し寂しくて、怖い。
庭先では、リナが笑っている。
ニノンが微笑み、クルトンが尻尾を揺らし、ルーが小さく頷いている。
新しい仲間。新しい冒険。新しい未来。
その中心に、リナがいる。
ケンとサオリは、胸の中に湧く複雑な気持ちを隠すように、そっと息を吐いた。
――子供は、いつか親の手を離れていく。
分かっている。分かっているのに。
嬉しいようで。
ちょっと寂しくて。
それでも、やっぱり心配で。
そんな二人をよそに、リナの笑い声は今日も青空に響いていた。




