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美容師パパは魔道具担当、料理人ママは飯担当、娘は赤点担当の勇者です  ~異世界の隅っこで、家族スローライフ始めました~   作者: antomopapa


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第41話 子爵邸の地図と、執務官の愚痴



 朝のコトコト村は、まだ空気がひんやりと澄んでいる。

 三好家の借家でも、いつもより少し早い時間から台所に明かりが灯っていた。

 サオリは朝食の準備をしながら、同時に小さな木皿の上で香辛料を混ぜ合わせていた。

 乾いた葉の香り、鼻の奥をくすぐる刺激、そしてほんのり甘い芳香――。

(よし、今日はこれでいこう)

 サオリ特製のミックススパイス。

 今日は子爵邸に行く予定がある。その時、屋敷の料理人たちに配ろうと思っていた。

 料理人同士は、言葉よりも“香り”で通じ合う。

 サオリはそういう感覚を、異世界に来てからますます強く持つようになっていた。

「おはよう。サオリ、もう仕込みしてるのか」

 眠そうな顔でケンが降りてくる。

 リナは先に起きていたらしく、椅子に座ってそわそわと足を揺らしていた。

「うん。朝ごはんのついでに、スパイスもね。子爵邸の料理人さんたちに配るの」

「おお、いいな。あれ、評判よさそうだもんな」

「だって、あっちの世界にも“味の世界”はあるはずだもの」

 サオリが笑うと、リナが身を乗り出す。

「ねえ、それで今日、土地の話するんだよね? 早く行こうよ!」

「まずはご飯。落ち着きなさい」

 サオリの一言で、リナは「はーい」と素直に座り直した。

 昨日からやけに張り切っている。理由は分かっている。

(パーティーのこと、決めたからだわ)

 仲間を作る。強くなる。

 だからこそ、師匠の修行もちゃんと頑張る――リナなりの決意が見える。

 三人で朝食を食べ終えると、サオリはスパイスを小袋に分け、丁寧にまとめてバッグに入れた。

 それから上着を羽織り、リナが剣を確認し、ケンが戸締まりをして――三好家は揃って家を出た。

 目指すは、コトコト村の西端にあるブイヨン子爵の館。

 村の中でも一段と立派な敷地を持つその屋敷は、石壁と整えられた庭が目を引く。

 門の前に立つと、リナがいつもの勢いで声を張った。

「おはようございます! トールさん! 師匠いますか?」

 門番のトールが、笑いながら眉を上げる。

「お前、友達の家に遊びに来たんじゃないんだからな」

「大丈夫ですよ。お通り下さい」

 トールは肩をすくめ、門を開けてくれた。

 その言い方も表情も、どこか楽しそうだ。リナがよほど馴染んでいるのだろう。

「行ってきまーす!」

 リナは軽い足取りで屋敷の敷地内へ入っていく。

 その背中を見ながら、サオリが小声で言った。

「今日は楽しそうに歩いてるわね」

「わかる?」

 リナが振り返って、少し照れたように笑う。

「パーティー組むなら、頑張らないとって思って。……あ、お師匠様ー!」

 リナは見つけた瞬間、一直線に駆け寄った。

 庭の一角で佇んでいたのは、ブイヨン子爵。

 年齢のわりに背筋がしゃんとしており、目の光だけは若者のように鋭い。引退した隠居領主であり、元S級冒険者でもある――とにかく“ただの老人”ではない存在感がある。

「ふぉふぉふぉ、よく来たのう。偉く張り切っておる」

「うん! 今日こそは当てるんだから!」

 何を当てるのか。ケンとサオリには分からないが、修行の何かだろう。

 やり取りだけで、師弟関係の濃さが伝わる。

 ケンとサオリは一歩前へ出て、丁寧に頭を下げた。

「おはようございます、ブイヨン子爵様。この度は過分なお心遣いをいただき、何と言っていいのか……」

 借家暮らしの自分たちに、土地を“渡す”という話。

 ありがたいが、あまりにも大きい。

 ブイヨン子爵は豪快に手を振った。

「気にするでない。こちらも勇者に土地を与えるなど、こんな名誉なことはない」

 サオリは内心で「名誉」という言葉の重さを噛みしめる。

 だが、子爵はそれ以上細かいことを話すより先に、後ろへ視線を投げた。

「詳しい話は、この者に聞いてくれ」

 現れたのは、きっちりした服装の男だった。

 立ち居振る舞いがいかにも文官――執務官という雰囲気がある。

「ブイヨン子爵様の下で執務官を務めています。ビリビと申します。こちらでお話を」

 丁寧に頭を下げた後、ビリビは二人を応接の部屋へ案内した。

 その途中、子爵がぽんとリナの肩を叩く。

「ではリナ、稽古じゃ。今日こそ当ててみせい」

「はいっ!」

 リナは元気よく返事をし、ケンは小声で言った。

「リナ、頑張れよ」

「ハーイ!」

 明るい返事とともに、リナは師匠の方へ走っていく。

 ケンとサオリはビリビに連れられ、別室へ入った。

 部屋に入ると、中央の大きな机の上に地図が広げられていた。

 紙ではなく、薄い板のような素材に描かれている。細かい区画まで丁寧に書き込まれていて、村全体の姿が一目で分かる。

「こちらがコトコト村の地図になります」

 ビルリビが指でなぞりながら説明を始めた。

「東の端が村の入り口。西の端が子爵様の館です。中央にサオリさんが屋台を出している広場。その広場を中心に商業区となります。ギルドもここですね」

 ビルリビの指が、地図の中心を軽く叩く。

 確かに、広場とギルドは村の心臓だ。

「北に行くと工業区。職人、鍛冶、魔道具、服飾の工房などのお店が並びます。南が農業区で、東側――村の入り口を入ってすぐの一帯が居住区となります。」

「なるほど……」

 サオリは思わず頷いた。

 言葉で聞くだけより、地図で見ると理解が早い。生活の動線が頭の中に入ってくる。

 ケンは地図の西側、居住区のさらに端を指した。

「ここら辺が、俺たちの家か」

「そうね。こうやって見ると、便利な場所ね」

 サオリも同意する。

 屋台の広場に近く、ギルドにも近い。ケンが工業区に足を運ぶにも都合がいい。

 だがビリビは、そこで別の場所を指した。

 商業区と子爵邸の間、その南側。思った以上に“真ん中寄り”だ。

「子爵様がご用意しているのが、こちらになります」

「……え?」

 サオリは驚いて目を瞬いた。

「ここって、どんな場所になるんですか?」

 ケンも同じ疑問を口にする。

 あまりにも良い立地に見える。

 ビリビは当然のように答えた。

「こちらは村の高官たちの住まいになりますね。ギルドマスター達や、我々執務官が住むエリアです」

「そんなにいい立地に、俺たちが住んでいいのでしょうか……?」

 ケンの声には遠慮が滲む。

 土地をもらうだけでも恐縮なのに、高官エリアとなればなおさら目立つ。

 しかしビルリビは淡々と首を振った。

「子爵様の希望でございます。サオリさんのお店が必要になるので、ここにするようにと」

「私の……店?」

 サオリが思わず聞き返す。

 屋台の評判がここまで影響するとは。

 ビリビはさらに続けた。

「本当は北側にしろとのお達しでしたが――冒険者ギルドのバルガス邸があるので、その場所は駄目だと申したのですが……」

「いえ、俺たちは戴けるだけでありがたいので」

 ケンが慌てて言う。

 だが、ビリビは止まらなかった。

 顔が少し赤くなり、堰を切ったように言葉が溢れる。

「そしたら何と言ったと思います!? 『バルガスなんぞ退ければいい』ですよ! まったく、あの爺――いや子爵ときたら、我儘ばかりで! この間もですね――」

(……始まった)

 ケンとサオリは目を合わせた。

 これはもう、止まらないタイプだ。

「ねえ、ちょっと聞いてます?」

 ビリビが身を乗り出す。

「はい、もちろん」

 ケンは完璧な笑顔で頷いた。

 サオリも同じく、礼儀正しく微笑む。

 ――こうして、リナの修行が終わるまで。

 ビリビの愚痴は止まらなかった。

 屋敷の外からは、ときおりリナの元気な声が聞こえる。

 「当たった!」「今の惜しい!」

 剣の音、足音、師匠の笑い声。

 その音を遠くに聞きながら、ケンとサオリは地図の上の“新しい土地”を見つめ続けた。

 ここに家が建つ。

 店ができる。

 工房もできる。

 そして――この村での暮らしが、また一段階大きくなる。

 その未来を想像しながら、二人は今日も丁寧に、聞き役を務めるのだった。


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