第40話 家の話、仲間の話、夢の話
商業ギルドから戻り、冒険者ギルドから駆けてきたリナと合流し――三好家の三人は、いつもの借家へ帰ってきた。
玄関の扉を閉めた瞬間、外の世界の音がふっと遠ざかる。
途端に、リナの足取りは軽くなり、サオリはエプロンを手に取り、ケンは椅子に腰を下ろして大きく息を吐いた。
――この家は、狭い。
だけど、三人にとって間違いなく“居場所”だった。
「よし、じゃあ……これからのこと、整理しようか」
サオリが言うと、リナが待ってましたとばかりに手を上げた。
「はいっ! 私からいい?」
「もちろん」
リナは胸を張り、今日の成果を一気に話し始めた。
「私ね、パーティーを組もうと思ってギルマスに相談したの。そしたらおすすめのパーティーを紹介されて――前は四人パーティーだったんだけど、アタッカーの人がやめちゃったんだって。だからちょうどいいって言ってたよ!」
リナの声は明るい。
“仲間を作る”という言葉が、リナにとってどれだけワクワクするものなのかが伝わってくる。
「ほう……」
ケンが低い声を出した。
その顔が、妙に真剣だった。
「で、そのパーティーに男はいるのか?」
「……え?」
リナがきょとんとする。サオリは一瞬だけ瞬きをし、すぐに口元を押さえた。笑いをこらえている。
リナが答えるより先に、サオリの肩が小さく揺れる。
ケンはいたって真面目だ。
「女の子パーティーだって。皆、私より年上だよ。今度会わせてくれるって」
その返答を聞いた瞬間、ケンの肩から力が抜けた。明らかにホッとしている。
「……そうか」
「もう、ケンは心配性なんだから」
サオリが呆れたように言うと、ケンは即座に言い返した。
「いや、そこは大事だろ」
「パパったら……」
リナは頬を膨らませ、少しだけ大人ぶった口調で言った。
「私だってもう十六だよ。もう彼氏だって――」
「いるのか?」
ケンがビシッと身を乗り出した。目が怖い。
リナは一瞬だけたじろぎ、視線を泳がせてから言い返す。
「いないけど! いてもおかしくないってことだよ!」
「……そうか。いないのか」
「だから、そこじゃなくて!」
リナがじたばたすると、サオリが間に入って手を叩いた。
「はいはい。パーティーのことは分かったわ。続きはまた今度にしましょう。パーティーの皆さんにも会ってみないと分からないし、ね」
「うん!」
リナが素直に頷く。
その様子を見て、ケンもようやく落ち着いた。
サオリは、今度は自分の番だと言わんばかりに姿勢を正した。
「じゃあ次は私ね。私の話はズバリ……家のことよ」
言った瞬間、部屋の空気が少しだけ変わった。
“家”は、今の三好家にとって一番大きなテーマだ。土地がどうなるか。店はどうするか。工房は。暮らしは。
「まずは、どんな家にしたいか――希望を聞きたいわね」
サオリは微笑み、少し夢を見る目で言う。
「私はお店が欲しいの。前からの夢だったから。洋食、和食、中華……何でも作るレストランが欲しいのよ」
「うんうん!」
リナが大きく頷く。サオリの料理が好きなのはもちろんだが、それだけじゃない。母が夢を語る瞬間が、リナは好きなのだ。
「私はね、大きい部屋がいい!」
次はリナが勢いよく言った。
「四人パーティーになったら、皆で話したり集まれる部屋! 作戦会議とか、カードゲームとか、なんかそういうの!」
「おお、なるほどな」
ケンが頷く。確かに“集まれる場所”は大事だ。狭い借家だとどうしても難しい。仲間が増えればなおさらだ。
そして。
ケンが、少しだけ照れたように咳払いをした。
「……俺は、やっぱり夢だから作りたいよ。美容室」
「「美容室~!」」
リナとサオリの声がぴたりと重なった。
驚きと、呆れと、笑いが混ざった声だった。
「二人して何だよ!」
ケンがむっとして手を振る。
「俺だって、いつまでも雇われ店長じゃなくて、自分の店持ちたかったんだぞ!」
ケンの言葉には、元の世界で積み重ねてきた時間の重みがある。
ハサミの感触。店の空気。お客さんの笑顔。――全部、ケンの人生だった。
でもサオリは現実も見ている。
「ケン、あなたはこっちに来るとき神様が言ってたでしょ。お金を出して髪を切る習慣がないのよ。生活のために魔道具屋さんになるんじゃないの?」
リナもすかさず援護射撃だ。
「そうだよ! あれだけ上手に魔道具作れるんだから、魔道具屋さんでいいじゃん!」
「二人してそんなに攻めなくてもいいじゃん……」
ケンがいじけたように肩を落とす。
サオリは少しだけ優しい声で続けた。
「攻めてるわけじゃないのよ。現実の話。……でも、あなたの夢も分かるわ」
その言葉に、ケンは少しだけ顔を上げた。
「……わかったよ。魔道具を作る工房にする」
「うん」
「だけど、美容スペースは作るぞ。ダメでも夢くらい見させてくれよ」
拗ねたような言い方だったが、そこに“譲れない何か”が詰まっているのが分かる。
サオリは小さく笑って頷いた。
「ええ、まあ。それくらいならいいわよ」
ケンがほっと息を吐いたところで、サオリが改めて尋ねる。
「ところで、ケンの話は?」
「おう、そうだった」
ケンは思い出したように手を叩いた。
「街灯を作るのを頼まれたんだ。商業ギルドの人に。……ただ、細かい仕組みはよく分からないから、明日、子爵様の話を聞いたら魔道具屋さんに行って聞いてくる」
「街灯ね……」
サオリが頷く。村の夜は暗い。危険も増える。街灯は暮らしを変える。
「作ってみないと何とも言えないな。回路の組み方も、魔石の選び方も。試作して、反応見て……改良だ」
ケンの目が“職人の目”になっている。
夢がどうであれ、この世界でケンが生きる手段は、今や魔道具だ。
さらにケンは続けた。
「あと、今度また魔石を取りに行くから、その時に必要なスパイスを教えてくれたら、ついでに取ってくるよ」
「ありがとう。助かるわ」
サオリは心からそう言った。スパイスは料理だけじゃない。場合によっては商材にもなる。手に入るなら手に入るだけ価値がある。
リナも元気よく頷く。
「私も護衛する!」
「お前はまず師匠の修行だ」
「むー!」
いつものやり取りが挟まり、三人の空気が少し和らぐ。
サオリが改めてまとめに入った。
「取りあえず、明日は子爵様の所に行って話をするってことで」
「はーい!」
リナが元気よく返事をする。
「わかった」
ケンも頷く。
土地の話。家の話。お米の話。商業ギルドの話。冒険者ギルドの話。
全部が少しずつ繋がって、三好家の未来の形が輪郭を持ち始めていた。
「それじゃ、ご飯の準備するわね」
サオリが立ち上がり、台所へ向かう。
ケンは椅子にもたれ、リナは机に頬杖をついて、目を輝かせながら“未来の家”を想像している。
――家が建つ。
店ができる。
工房ができる。
仲間が増える。
そして、いつかお米でカレーを食べる。
小さな借家の中で、三好家の明日は少しずつ大きくなっていくのだった。




