第39話 赤点勇者、パーティーを組みたい
朝のコトコト村は澄んだ空気に包まれていた。
広場では早起きの村人が水汲みをし、パンの焼ける匂いが漂い、そして――冒険者ギルドだけが、いつも通り騒がしい。
その冒険者ギルドに、リナは一人でやって来ていた。
「すみませーん、ギルドマスターに用があるんですけど!」
受付の職員に声を掛け、慣れた足取りで廊下を進む。
扉の前で一度だけ深呼吸し、コンコンとノック。
「ギルマス、おはようございます!」
「おお、リナか。今日はどうした?」
部屋の中にいたのは、コトコト村冒険者ギルドマスター・バルガス。
書類に目を通していた手を止め、リナを見上げる。
「ちょっとお願いがあって」
「お願い? 嫌な予感しかしないな」
「そんなことないですよ。ギルドのためです」
リナは胸を張って言い切った。
バルガスは目を細めたまま、椅子に深く座り直す。
「ほう。で、何のお願いだ?」
「依頼書にあった邪龍討伐をしたいです」
「ブーーーーー! ゲホッゲホゲホッ……オエッ!」
バルガスは盛大に噴き、咳き込み、口元を押さえて背中を丸めた。
リナは即座に眉をひそめる。
「ギルマス、汚いですよ」
「突然なに言い出すんだ! 邪龍討伐だぁ!? どこの誰が今すぐ行けって言った!」
「だって、パパばっかり冒険してて! 私は狩りとかに行きたいのに、パパいつも夜中に行くし!」
「だからって、邪龍退治を思いつきで言うな!」
「思いつきじゃないもん。だからこうしてギルマスに相談しに来たんだもん」
「だもんって……」
バルガスが額を押さえる。
この子は本当に、言葉の勢いだけは勇者だ。
「で、お願いじゃなくて……相談の方は?」
リナはぱっと表情を明るくし、身を乗り出した。
「私、パーティー組みたいと思って」
「ほう」
バルガスの目つきが変わった。さっきまでの呆れ顔が、ギルドマスターの真剣な顔に切り替わる。
リナは言葉を止めない。
「これからのこと考えて、一人じゃ無理なこともあるし! 仲間が居た方が冒険も楽しくなるし! チームワークで上級冒険者パーティーを目指すのもいいかなって!」
「……まあ、そうだな」
「それに、四人パーティーはRPGの基本でしょ! 部活みたいで楽しそうっていうか――あ、私バスケ部だったんだけどPGやっててCの子と仲良くて高校の凸凹コンビって有名で!」
「わかった。いや、後半はわからんが、お前の考えはわかった」
「ほえ?」
「要するに――お前ひとりじゃやれることに限界がある。だからパーティーを組んで、みんなで強くなって、邪龍を退治したい……そういうことだな」
「うん!」
リナは素直に頷いた。
バルガスは腕を組み、しばらく黙ってから、低い声で言う。
「パーティーを組むのは賛成だ。師匠も組んでたし、俺もだ。皆で強くなるのはいい。……だがリナ、この話、ケンとサオリには言ってあるのか?」
「まだだけど……先にギルマスに相談しないと、後で言うと怒られるってパパが言ってたよ」
「ほう」
バルガスの口元がわずかに緩む。珍しく褒める顔だ。
「それはいい心がけだな」
そして、ふっと眉間に皺が寄る。
「……それに比べてケンの奴は」
昨日のことを思い出したのか、バルガスの拳がぎゅっと握られた。
リナは「えへへ」と照れる。何を照れているのかは分からないが、空気だけは察したらしい。
「そういうことなら、ひとつ心当たりがある」
「ホントに?」
「ああ。アタッカーが抜けて困ってるって言ってた、女性三人パーティーだ。リナより年上だが、皆若い。将来有望のB級冒険者パーティーだぞ」
「わぁ……!」
リナの顔がぱっと輝いた。
“仲間”という言葉が、胸の奥で大きく鳴ったのだろう。
「今度会わせよう」
「お願いします!」
リナは深々と頭を下げた。
邪龍討伐という爆弾は相変わらず危険だが、それでも“地に足のついた一歩”を踏もうとしている。バルガスは内心、少しだけ安心した。
「……よし。まずは親に話せ。そこからだ」
「はーい!」
リナは元気よく返事をして、部屋を飛び出していった。
バルガスは、扉が閉まった後もしばらく天井を見上げていた。
「……あいつ、ほんとに将来どこまで行く気だ」
そして次の瞬間。
「……いや、まずは“あの父親”をどうにかしないといけない気がしてきたな」
ギルドマスターの悩みは尽きない。
同じ頃。
冒険者ギルドの“隣”――商業ギルドには、ケンとサオリが揃って訪れていた。
扉を開けた瞬間、二人の耳に入ってきたのは、聞き覚えのある大声だった。
「――邪龍退治を思いつきで言うな! 」
壁越しに響く怒号。
ケンは肩をすくめ、苦い笑みを浮かべた。
「うわ……バルガスさん、凄い叫んでる。声でかいから……こんなに聞こえるなら、昨日のは良く聞こえただろ」
商業ギルドの職員が、にこやかに頷く。
「はい。商業ギルドの名物になってますよ。バルガスさんの“雷”」
「雷じゃなくて雷鳴だよ……」
ケンが遠い目をしたところで、サオリが話を切り替える。今日の目的は“家”と“商売”だ。
「それでですね。家族に相談した時に、娘が子爵様に言われたんですよ。弟子が借家ではいけないから、土地を渡すと」
勇者であることは伏せている。だから“弟子”という形で説明する。
職員は感心したように目を細めた。
「ブイヨン子爵様に弟子入りできるなんて、将来有望なんですね」
「そう言ってもらうと嬉しいですね」
サオリが微笑む横で、ケンは真面目な顔で続けた。
「だけど俺たちはまだ、村に来て日が浅いので……実際、子爵様に土地を戴くとなると、何か制約が出来たり。いや、そもそも戴くのもどうかと思ってるんですが」
職員はすぐに理解し、首を振った。
「ああ、そういう事ですね。それなら何も気にしなくていいですよ。子爵様は、いい意味で貴族らしくない方なので。裏もなく、制約もないと思います」
「本当ですか」
「ええ。むしろ将来的に強い冒険者が住んでいる方が、街の発展にもつながりますから。村としても“守り”が厚くなりますしね」
ケンはようやく息を吐いた。
「そうですか……良かったです。ホッとしました」
土地の話が一段落し、ケンはもうひとつ気になっていたことを尋ねる。
「あ、あとですね。俺、魔道具師として色々作り始めてるんですが……どういった物が好まれますか?」
職員は即答した。
「魔道具で一番使われるのは、やはり生活道具ですね。水、灯り、キッチン、その辺りが一番多いです。ギルドに持ってきて頂ければ買取もしますし――」
職員は少し身を乗り出し、声を弾ませる。
「子爵様から“街灯を増やすように”とのお達しも来てますから、街灯の魔道具を作っていただきたいぐらいです」
「街灯、ですね」
ケンは頷いた。確かに需要が高い。村の夜は暗い。安全にも直結する。
「わかりました。作ったら持ってきますね」
「はい、是非お願いします」
さらに職員はサオリにも目を向ける。
「あと、サオリさんが使っているミックススパイスも、卸していただいたら高価買取いたしますよ」
「……あら」
サオリの料理人の目が光った。
スパイスは貴重品だ。この世界で“ミックススパイス”が商材になるなら、商売の幅が一気に広がる。
「それじゃあ、今度持ってきます」
「はい。そちらもお願いしますね」
話を終え、二人が商業ギルドを出る。
外の空気は気持ちよく、村の景色はいつも通り穏やかだ。なのに、二人の胸の中には“次の段階”がはっきり見えていた。
家。土地。お米。街灯。スパイスの卸。
暮らしが、商売が、少しずつ形になっていく。
そこへ――。
「パパー! ママー!」
隣の冒険者ギルドの方から、リナが走ってきた。
元気いっぱい、顔は達成感に満ちている。
「おかえり、リナ。ギルドどうだった?」
サオリが聞くと、リナは胸を張って言った。
「ギルマスに相談してきた! 私、パーティー組む!」
「……パーティー?」
ケンが眉を上げる。
リナは勢いのまま頷いた。
「うん! 邪龍討伐のために!」
「いきなり物騒だな!?」
ケンのツッコミに、リナは「えへへ」と笑う。
サオリは半分呆れ、半分嬉しそうに言った。
「ちゃんと相談したなら、偉いわ。帰ってから詳しく聞かせて」
「うん!」
三人は並んで歩き出す。
今日もコトコト村の道は穏やかで、空は青い。だけど、三好家の明日は、また少しだけ賑やかになりそうだった。
こうして三人は、家へ帰るのでした。




