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美容師パパは魔道具担当、料理人ママは飯担当、娘は赤点担当の勇者です  ~異世界の隅っこで、家族スローライフ始めました~   作者: antomopapa


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第38話 金貨一五〇〇枚と、家の夢と、いつもの夜



 精魂尽き果てたケンが、ようやく家に帰ってきたのは夕方もだいぶ過ぎた頃だった。玄関の扉が開く音はいつもと同じはずなのに、やけに重たく聞こえる。

「ただいま~……いやあ、ひどい目にあった」

 かろうじて明るく言おうとしているのは分かるが、声の張りがない。肩も落ちている。まるで全身から「もう動きたくないです」と滲み出ていた。

「おかえりなさい。どうしたの?」

 台所から顔を出したサオリが、すぐに異変に気づいて近寄ってくる。ケンは靴も揃えないまま上がり込み、リビングの椅子にどさっと座り込んだ。

「いやね、ギルドの解体所で昨日の狩りの獲物を持って行ったら、大説教さ」

「何か変なの持って行ったの?」

 サオリは首を傾げる。依頼品を持ち込んで怒られる、という状況がそもそも意味不明なのだ。

「いや、普通の依頼にあったやつだよ」

「おかしいわねぇ。依頼の品を出して怒られるなんて」

 サオリが腕を組むと、ケンは苦笑しながら天井を見上げた。

「そうなんだよ。サオリも気を付けた方がいいよ。一応C級冒険者だからさ」

「そおねぇ……あっ、だからバルガスさんの声が聞こえてたのね」

 サオリは思い出したように手を叩いた。商業ギルドから出たとき、隣の冒険者ギルドから飛んできた怒号。村に響くほどの大声だった。

「あれ、ケンが怒られてたの? ワイバーンがどうとか……」

 ワイバーンという単語を口にした瞬間、ケンが「それそれ」と指を立てる。サオリは、ワイバーンという魔物の格を深く考えず、ただ“怒られる原因の名前”として言っただけだった。

「B級がSクラスの依頼を受けるとダメらしい」

「……え?」

 サオリの眉が上がる。B級とSクラス。言葉の並びだけで危なさが伝わってくる。

「だからさ、サオリもAクラスはやめて、Bクラスまでにしておいたほうがいいよ」

 真顔で言うケンに、サオリは思わず笑ってしまった。

「私が冒険者ギルドの依頼で受けるのは薬草採取くらいだから大丈夫でしょ」

「まあ、そうだな」

 ケンがうなずく。ほんの少しだけ、肩の力が抜けたように見えた。説教で削られた精神が、家の空気で少し戻ってきたのかもしれない。

 そこへ、玄関から勢いのいい声が飛び込んできた。

「ただいまー!」

 リナだ。師匠のところへ行っていた足取りのまま、元気いっぱいにリビングへ駆け込んでくる。顔は上気していて、目がやけに輝いていた。嫌な予感がするやつだ、とケンが内心で思うより早く、リナが爆弾を落とした。

「ねえ、パパママ! お師匠様がね、土地タダでくれるって!」

「……ちょっと待て」

 ケンの背筋がしゃきっと伸びた。さっきまでの疲労がどこかへ消えたかのような反応速度である。

「リナ、ちゃんと説明してくれ。どうして子爵様が土地をくれるんだ?」

 リナは頬をふくらませるでもなく、妙に誇らしげに胸を張った。

「なんかね、お師匠様が言うには、勇者の家がいつまでも借家では、儂が末代まで笑われるから、土地を渡すって言ってたよ」

「……面子か」

 ケンが呟く。サオリも「なるほど」と納得しかけて、すぐに現実に戻った。

「サオリ、どうしよう?」

 ケンが視線を向ける。子爵からの土地。しかも“タダ”。話としては魅力的だが、こういう話ほど条件が付く可能性もある。最初の一歩の踏み方を間違えると、後々ややこしくなる。

 サオリはすぐに答えを出した。

「取りあえず、明後日リナが修行に行く日に、一緒に行って話を聞きましょう」

「……ああ、そうだな」

 ケンも頷いた。まずは本人の口から、条件を聞く。これが一番確実だ。

 話が落ち着いたところで、ケンはふと、思い出したように尋ねた。

「で、サオリの方の話はどうなったんだ?」

 サオリは嬉しそうに微笑む。こちらも成果があった。

「お米は売ってる街を聞けたわよ」

「おお、ほんとか」

「コンソメの街っていうところ。ここから南に馬車で三日くらい。値段は高いけど手に入るって。あと、ミズホの村っていう米どころもあるけど、そこは公都セント・シチューからさらに一週間って言ってたから、遠いのよ」

「なるほど……まずはコンソメの街、か」

 ケンは顎に手を当て、頭の中で距離感を組み立てている。三好家にとって初めての“旅”になる。近すぎても意味がないが、遠すぎても危険が増える。三日という距離は、ほどよく冒険で、ほどよく現実的だ。

「土地はギルドの方へ頼んでおいたけど、どうしましょう?」

 サオリは続ける。商業ギルドは土地の交渉も契約も引き受けてくれると言っていた。金額は金貨一五〇〇から二〇〇〇枚ほど。ローン制度もある。そこへ子爵の“無料の土地”が出てきたわけだ。

 ケンは少し考えてから、肩をすくめた。

「まあ、どちらにしろすぐ決まる訳じゃないし、後で決めればいいんじゃないか?」

 正論だ。焦って結論を出す必要はない。情報が揃ってから選べばいい。

「それより、俺からも話がある」

 ケンが言うと、リナが「なに?」と身を乗り出す。サオリも自然に身を寄せた。ケンは苦笑しながら、さっきまでの疲労を思い出したように少しだけ眉を寄せる。

「ガンツさんが……今回のギルドからの報酬、たぶん金貨一五〇〇枚くらいになるって言ってたぞ」

 一瞬、空気が止まった。

「「――一五〇〇枚(1500万円)!?」」

 今度はサオリとリナの声がぴたりと重なる。リナの目はさらに大きくなり、サオリは口元を押さえた。言葉が出るまでに一拍遅れるのは、それだけ現実感がないからだ。

「……うそ……そんなに?」

 サオリが恐る恐る聞き返すと、ケンは頷く。

「ああ。俺も最初は耳を疑った。説教の後にさらっと言う額じゃないよな」

 サオリは頭の中で一気に計算する。家。店舗。工房。厨房。保存庫。土地の購入か、子爵からの譲渡か。ローンを組むかどうか。――全部が、ぐっと現実の輪郭を帯びてくる。

「それだけあれば……どっちに転んでも大丈夫そうね」

 サオリが言うと、ケンも「だな」と深く頷いた。

 肩にのしかかっていた“この先どうする”が、少し軽くなったように見えた。

 そして。

「じゃあさ、私の部屋も大きくできる?」

 リナが遠慮なく、いつものリナらしく言った。

 サオリは笑いながら頷く。

「ええ、大丈夫だと思うわよ」

「やったー!」

 リナが無邪気に喜び、くるりとその場で回りそうな勢いだ。ケンも疲れた顔の奥で、少しだけ口元を緩めた。

「よし。じゃあ明日は二人で商業ギルドに行こう」

 ケンが言う。サオリが「うん」と返す。

 話が進む。現実が動く。三好家の“借家生活”は、いよいよ次の段階へ行きそうだった。

「私は冒険者ギルドに行く!」

 リナが宣言する。

 家の話に浮かれて終わらないのが、勇者の娘の良いところ……と言っていいのかは分からないが、とにかくリナは自分のやるべきことを忘れない。

「無理しないようにね」

 サオリが釘を刺すと、リナは胸を張る。

「うん! 大丈夫!」

 その「大丈夫」がどの程度の大丈夫か、サオリとケンは顔を見合わせた。

 二人とも同じことを思っている――大丈夫と言うやつほど、大丈夫じゃない。

 けれど、今夜はあまり細かいことは言わない。

 大きな話が動いた日だ。ちゃんと食べて、ちゃんと眠って、また明日考えればいい。

「じゃあ、ご飯にしましょうか」

 サオリがそう言うと、リナが一番に反応した。

「やった! 今日なに!? カレー!?」

「残りのカレーを少しアレンジしてあるわよ。あとパンも焼いてるし、スープもね」

「カレー!」

 リナのテンションが跳ね上がる。

 ケンも立ち上がって台所の方へ歩き出した。

「俺も手伝う。今日は……説教で魂抜けたけど、飯を食えば戻る」

「あなた、ほんと食べ物で回復するわね」

「サオリの飯は別枠だ」

「はいはい」

 そんな軽口を叩きながら、三好家の夜はいつも通りに流れていく。

 土地の話も、お米の話も、報酬の話も、どれも大事だ。けれど今この瞬間、三人にとって一番大事なのは、同じテーブルを囲んで笑えること。

 湯気と香りが満ちる台所。

 小さな借家のリビングに、今日も笑い声が広がる。

 こうして夜が更けていくのでした。


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