第36話 強制ランクアップ
「な、なんじゃこりゃぁーーーー!」
耳をつんざく叫び声が、冒険者ギルドの解体所に響き渡った。
叫んだのは二人。解体所のベテラン職員ガンツと、コトコト村冒険者ギルドマスターのバルガスである。
――目の前にある光景が、あまりにも現実離れしていたからだ。
解体所の床に、ずしり、と重い影が落ちる。
ケンがマジックバッグの口を開き、淡々と「出しますよ」と言った次の瞬間、巨大な獣体が滑り出てきた。
翼。爪。鱗。
そして獰猛な頭部――。
さらにもう一体。
「……二匹、だと……!?」
バルガスの声が震える。ガンツは目を見開いたまま、口をぱくぱくさせた。
普段なら、どんな魔獣が持ち込まれても動じない男たちが、完全に固まっている。
ケンは首を傾げるように言った。
「え、知らないんですか? これ、ワイバーンですよ。そんなに珍しいんですね」
「そういうことを言ってるんじゃない!!」
バルガスが机を叩き、声を張り上げる。
「ちょっと来い!」
そう言ってギルドマスターの部屋に行く。部屋に着いたとたんバルガスが叫んだ
「なんでお前がこれを狩ってるんだ!!」
ケンは両手を上げて、まあまあ、と宥めるように言う。
「いや、落ち着いてくださいよ。だってギルドに依頼来てたじゃないですか」
「これが落ち着いていられるか!」
バルガスは青筋を立てながら叫ぶ。
「ワイバーン討伐の依頼は確かに出てる。だがな、それは本来、Sランク案件だ!
なんでBランクのお前が、そんなものを“当たり前みたいな顔”でこなしてるんだ!!」
バルガスの怒りは、単なる嫉妬でも見栄でもない。ギルドマスターとして、村を守る責任と現実感覚から来る“本気の叱責”だ。
「目立つなと言ったよな!? お前、目立ちたいのか!? 英雄と呼ばれたいのか!?」
「いや、静かに暮らしたいですよ」
ケンが真顔で即答すると、バルガスの顔がさらに歪む。
「静かに暮らしたい奴が、ワイバーンなんて仕留めてくるか!!」
「ははは……」
ケンは乾いた笑いで誤魔化すが、誤魔化しきれる空気ではない。
「ワイバーン二匹って……」
呆気に取られていたがその空気を察したのか、ガンツが咳払いをして割って入った。
「……けん。そもそもだ。どうやってワイバーンを仕留めた?」
ガンツの声は低く、しかし興味と警戒が混じっている。
バルガスも「そうだ」と唸り、ケンを睨んだまま問いを促した。
ケンは少し考えるように視線を上げ、淡々と説明を始めた。
「最初は遠くにいたんですよ。俺も“ああ、いるな”くらいで、こっちから喧嘩売る気はなかったんです。
でもケルピーを狩ったら……バレちゃって、大変だったんですよ」
「……ケルピー狩ったら、ワイバーンに見つかった?」
「そうです。向こうが飛んできて」
ケンが肩をすくめた瞬間、バルガスが低く唸った。
「……なるほどな。上空の捕食者に目を付けられたか」
ガンツが顎に手を当てる。
「で? 魔法は何を使った」
「雷は効かなかったんで」
その一言に、ガンツが即座に頷く。
「ワイバーンの皮膚は雷を通しにくい。鱗が魔力を逃がすんだ」
ケンは続けた。
「だから、魔道具じゃない、普通の風魔法で遠くに飛ばして……」
「ほう。飛ばして」
ガンツが目を細める。
「それで、土か氷なら氷の方が効くかなって思って」
「効くかなって……」
バルガスが額を押さえる。
“ワイバーン相手に試してみた”みたいな言い方をするな、と言いたげだ。
だが、ケンは悪びれずに言う。
「ライフルで、ドンっと」
「……頭を刳り抜いたと」
「はい、そんな感じです」
言い終えた瞬間、バルガスとガンツが同時に頭を抱えた。
「そんな感じで済ますな!!」
「お前なぁ……!」
空気がさらに揺れる。
しかしガンツはすぐに一つ息を吐き、職員としての目に戻って口を開いた。
「……本来はだ。風で押し切って地上に落として、そこを複数人で仕留める。
ワイバーンは飛行が厄介だからな。地面に落ちた瞬間が勝負だ」
「え、だって風魔法使ったらワイバーンが痛むじゃないですか?」
ケンが不思議そうに言うと、二人が「え?」となる。
バルガスが眉をひそめた。
「……痛む?」
「はい。翼膜が裂けたり、鱗が剥がれたりしたら価値が落ちるかなって。
せっかくなら、綺麗な状態の方がいいでしょ?」
その瞬間、ガンツの顔が別の意味で引き攣った。
確かに、素材としての価値を考えるなら正しい。だが、その判断をワイバーン相手に冷静にできる時点で異常なのだ。
「……まあ、ギルドにしたらありがたい話だ」
ガンツが、深く深くため息をつきながら言った。
「これだけ綺麗な状態のワイバーンが……二匹、いるんだからな」
バルガスも諦めたように肩を落とし、ケンに視線を戻す。
「……向こうが来た、だと?」
「向こうが来たんですよ。防衛ですよ、防衛」
ケンは真剣な顔で言い切った。
その“防衛”の規模が、防衛の域を超えているだけで。
バルガスはしばらく黙り込んだ。ギルドマスターとして、判断をまとめている。
そして、重く口を開いた。
「……はあ。まあいい。だが、今回の件はさすがに“公にしない”わけにはいかない」
「え、そんな大げさに……」
ケンが嫌そうに顔をしかめる。
静かに暮らしたい。それは本音だ。だが、現実は本音の通りに動いてはくれない。
バルガスはケンを睨み、宣告した。
「よって――お前をA級冒険者にする」
「え」
「おそらくリナも、A級に上がるだろう。家族の戦力、実績、そして何より……お前の“危険さ”を、B級のまま野放しにできない」
「いや、防衛ですよ? 別にランクアップしなくても――」
「お前なぁ!!」
バルガスが爆発した。
「防衛の片手間でワイバーンを一人で二匹も討伐する奴が、B級を名乗れるわけ無いだろ―――!!」
ケンは口を開きかけて、すぐ閉じた。言い返しても火に油だ。
そして――。
その後、ケンは二時間説教を受けた。
「目立つな!」
「規格外を自覚しろ!」
「静かに暮らしたいなら、せめて報告しろ!」
バルガスの説教は、途中からほとんど親の小言になっていた気がする。
ガンツも「解体所の段取りがある! 事前に言え!」と途中参戦した。
解体所の隅で正座させられながら、ケンは心の中で小さく呟く。
(……自分を守っただけなのに……解せぬ)
床の上には、ワイバーン二匹。
ギルドにとっては大金が転がり込み、村の防衛力は一段跳ね上がり、そして何より――三好家の“静かな暮らし”は、また一歩だけ遠のいた気がした。
それでも、ケンは思う。
家族が無事なら、それでいい。
静かに暮らせるようにするためなら――目立つことだって、きっと必要になるのだ。
……できれば、ほどほどで済ませたいのだが。




