第35話 夜の狩りと、三挺の答え
夜のコトコト村は静かだった。屋台の喧騒も、夕飯の匂いも、もう遠い。
借家の窓から漏れる灯りがひとつ、ふたつと消えていく中、ケンは一人、外套を羽織って玄関を出た。
「……よし。行くか」
サオリとリナには「狩りに行く」とだけ伝えてある。二人を起こさないよう、足音を殺して門を抜ける。
空には二つの月。冬の夜気は冷たく澄み、吐く息が白い。
今日、ケンが狙うのは“狩り”であり、“実験”でもあった。
昼間、ケンはずっと庭で武器の改良をしていた。
あの魔王を吹き飛ばしたライフル。あれは確かに強い。だが、強いだけでは不十分だ。反動、扱いやすさ、状況対応――家族の近くで振り回すなら、なおさら安定した“道具”にしなければならない。
けれど、ケンの持てる武器は限られている。
ライフルが一挺。
もう一挺はポンプショットガン。
さらに一挺、ハンドガン。
それだけだ。剣やメイス、ハンマーといった、この世界の定番武器に手を伸ばす気はない。
握り慣れないものは、いざという時に迷いを生む。迷いは死ぬ。
「……フライパン持とうか悩んだけどなぁ」
自分で言って、くすっと笑う。
サオリが聞いたら「持たないで」と即答するだろう。リナなら「フライパンってあれでしょ?」と目を輝かせるに違いない。
ケンは目的地へ歩きながら、頭の中で武器の役割を整理した。
遠距離はライフル。
中距離はハンドガン。
近距離はショットガン。
この三つで死角を消す。
その組み合わせが本当に正しいか――今夜、確かめる。
向かう先は、以前ウォーターフロッグが出た湿地の近く。
カエル肉の美味しさを知った三好家にとって、あの魔獣はもう“恐怖”ではなく“食材”になりつつある。
「まずは……試し撃ちだな」
ケンは足を止め、夜の闇に目を凝らした。
そして、魔法を最大限活かすために、短く詠唱を唱える。
「――ファインド」
魔法が広がる。見えない糸が森と湿地の輪郭を撫で、気配を拾っていく。
昼間なら視界で把握できる範囲も、夜は一気に危険が増す。だからこそ、“探す力”は命綱だ。
「……昼間見える範囲は、大体把握できるな」
近くに、反応がいくつか。
数は――七。
ウォーターフロッグ。
水辺に潜み、跳びかかり、舌を鞭のように打つち水魔法を使う厄介な魔獣だ。
ケンはまず、牽制として弱い雷魔法を流した。
バチ、と小さな音。湿った草の陰で、影が一斉に動く。
七匹が、攻撃態勢に入った。
だが、ケンは隠れたままではなく、堂々と姿を現す。
敵に恐れを与えるためではない。自分が“試す”ためだ。
跳ぶ。
ウォーターフロッグの跳躍は速い。暗闇の中では、襲い来る影そのものが凶器になる。
ケンはハンドガンを抜き、構え、撃った。
――バチバチバチッ!
連続した発射音ではなく、連続した“痺れ”の音。
七匹の体が同時に硬直し、落下した。
「……よし」
命中。狙い通りだ。
ハンドガンには、二つの仕掛けを組み込んでいた。
絶縁。
連射。
以前、長いライフルで雷を撃った時は、威力は凄まじかったが反動が大きかった。扱いが荒れれば、自分の身体まで持っていかれる危険がある。
だからケンは発想を変えた。
倒す雷ではなく、痺れさせる雷へ。
殺すより先に、動きを止める。
その代わり、敵が複数でも対応できるように連射。
そして反動を抑えるためにバレルは短くする。
結果――七匹が全員、痺れたまま地面に転がっている。
ケンは落ち着いてライフルに持ち替え、六匹を素早く処理した。
迷いがない。躊躇もない。必要な手順を必要な速度でこなす。
最後の一匹だけ残す。
「じゃあ次」
ケンはポンプショットガン型を構えた。
この武器は、見た目がショットガンの形をしている。
理由は単純だ。中身が“太い”からだ。
バレルの根元――目元を太くしてある。
その太さを隠し、違和感を消すための外見。ショットガンという形状は、ケンの中で“機能を隠すための最適解”だった。
ケンは風の弾を作る。
そして太いバレルの中で、わざと弾を暴れさせる。
乱気流。
暴風。
制御された破壊。
イメージは、前世で見た某忍者アニメの必殺技。
あれを、現実の“弾”として再現する。
ちょうど、最後のウォーターフロッグの痺れが解け、突っ込んできた。
ケンは引き金を引く。
――ドンッ!!
放たれた乱気流の弾が、カエルを包んだ。
切り刻まれるような音。水しぶき。肉片が散る。
ウォーターフロッグは吹き飛び、地面を転がり、動かなくなった。
「……肉の回収は難しいけど、威力は申し分ないな」
ケンは淡々と言い、倒した七匹をマジックバッグに収納する。
食材としては惜しい。だが、近距離の切り札としては十分だ。敵が大きくなればなるほど、この手の“範囲破壊”は生きる。
ケンは三挺を見比べた。
ライフル型は、射出と耐熱。
ショットガン型は、射出と外側への耐震。
ハンドガン型は、絶縁と連射。
試した末に落ち着いた組み合わせ。
近距離はショットガン。
中距離はハンドガン。
遠距離はライフル。
死角を無くすための、三挺の答え。
「これで……取り敢えず完成かな」
ケンは小さく息を吐く。
だが、夜の狩りはまだ終わらない。今夜の本命は別にある。
依頼に出ていた――ケルピーの魔石採取。
水辺に潜む馬型の魔獣。魔石が取れれば、生活魔道具にも、戦闘用にも応用が効く。
ファインドを広げ直し、さらに奥へ。
「……あとは、ケルピーが――」
反応があった。三つ。
湿地のさらに先、黒い水面の近くにいる。
「いたいた」
ケンは足を止め、口元をわずかに吊り上げた。
三匹のケルピー。
そして――その上空。月明かりを遮るように揺れる、巨大な影。
それは、ケンの“実験”心をくすぐるには十分すぎる存在感だった。
「……面白い。今日はいい夜だ」
ケンは三挺の武器を確かめるように握り直し、静かに前へ踏み出した。
家族が眠る借家へ戻るために。
そして、明日につながる材料を持ち帰るために。
闇の向こうで、何かが羽ばたく音がした。




