第32話 秘匿されたオーパーツと、三好家の平和な竜田揚げ
空に消えた魔王が残した静寂のあと、三好家のダイニングには再び温かな灯りがともっていた。
テーブルの真ん中に鎮座するのは、大皿に山盛りとなった「ウォーターフロッグの竜田揚げ」。生姜と醤油の香ばしい匂いが湯気と共に立ち上り、先ほどまでの修羅場が嘘のような平穏が戻ってきた。
「はぁ……やっと、落ち着いてご飯が食べられるな」
ケンが深く息を吐きながら箸を手に取ると、向かいに座ったバルガスが、まだどこか落ち着かない様子で口を開く。
「おい、ケン。食べる前の話じゃないのは分かってるが、さっきのあの武器は何だ?
魔法使いが杖を使うのとは訳が違う。あの速度、あの威力……あれが量産でもされたら、この国の、いや世界の戦争の形が根底から変わっちまうぞ」
真剣な眼差しに、ケンは一瞬だけ箸を止めた。どう説明すべきか――言葉を選んでいると、隣で竜田揚げを口いっぱいに頬張っていたリナが、ぱっと顔を輝かせる。
「パパ、あれでしょ! 前に家で一緒にやってたバトロワゲームに出てくるスナの『エーダボ』!
あの形、そっくりだったもん。やっぱりスナイパーはあのアピール力がなきゃね!」
「おっ、よくわかったなリナ!
そうなんだよ。どうせ作るなら、やっぱり一番強そうでカッコいいのがいいと思ってな。あのフォルムを再現するのに苦労したんだぞ」
「だよね! スコープも付いてたし、最高にかっこいいよ、パパ!」
親子で楽しげに頷き合う二人を、バルガスは呆然と見つめる。
「バト? スナ? エーダボ? ……おい、さっぱり分からん。どこの国の言葉だ、それは」
あまりに話が噛み合わない様子を見かねて、サオリが苦笑いしながら割って入った。
「はいはい、そこまで。バルガスさん、ケン、まずは冷めないうちに食べてください。
……ケン、詳しいお話はあとでバルガスさんとゆっくりしてきなさいな。今は美味しいご飯を頂きましょう」
「……ああ、そうだな。ごめんサオリ。先に話してくる。
バルガスさん、ちょっとあっちで話そうか」
ケンはバルガスを促し、食事を一度中断して隣の作業部屋へと移動した。
机の上に、先ほど魔王を西の空へと追放した二本の「ライフル」を置く。バルガスはそれを恐る恐る、しかしギルマスの鋭い観察眼で見つめた。
「バルガスさんが一番心配しているのは、これが村……いや、国中に流通することですよね。
もし誰でも使えるようになれば、とんでもない脅威になる」
「ああ。ギルドを預かる身としては、そんな危ねぇもんが野に放たれるのは放っておけねぇ。
隠さず言ってくれ、これは量産できるのか?」
「安心してください。結論から言えば、これは流通も販売も、ましてや他人が模倣して作ることも――絶対に不可能です。
なぜなら、これは俺にしか扱えないからです」
「何でそこまで言い切れるんだ?
仕組みさえ分かれば、腕の良いドワーフなら似たようなものを作るんじゃねぇか?」
ケンは首を振って、ライフルを手に取る。
「物理的な形は作れるかもしれません。
でも一番の問題は『弾』、つまり飛ばすものが、他人の技術じゃ用意できないんです。……ちょっと見ててください」
ケンが掌を上に向けると、土魔法によって親指の先ほどの、滑らかな「石の弾」が生成された。
「バルガスさん。このライフルのパイプの内径に、寸分違わずピッタリ合う石の弾。
……あなたの魔法や、他の職人が作るとして、どれくらいの時間がかかります?」
バルガスは石の弾を手に取り、パイプの入り口と見比べる。
「……隙間があっちゃ魔力が漏れるし、デカすぎりゃ詰まる。
ピッタリというなら、削って磨いて……魔法を併用しても一つ三分はかかるだろうな。
熟練の職人ならもう少し早いが、それでも手作業だ」
「バルガスさんは、一発撃つのに三分も準備が必要な武器、実戦で使いたいですか?」
ケンが指を鳴らす。
次の瞬間、空中に全く同じ大きさ、同じ重さ、同じ形状の石の弾が二十個、同時に出現した。
バルガスの眉が跳ね上がる。
「……は?」
「土属性は一番分かりやすいから今作りましたけど、他の属性はもっと厄介なんです。
俺もいろいろ試したのですが、火属性は加減を間違えるとライフルごと燃えます。
氷はパイプ内部に引っ付くし、風は気流の制御をミスればライフルごと暴発する。
雷は……さっき見た通り、まともに扱えば自分まで痺れます。
だったら、そのまま魔法で撃ったほうがよっぽどマシでしょ?」
「確かに、一発ごとにそんなリスクがあるんじゃ、道具にする意味がねぇな。
……だが、何でお前はそれを扱えるんだ?」
「神様から貰った『精密工作』のスキルと魔法を同時に使ってるからです。
弾を生成する瞬間に、パイプとの摩擦を極限まで減らしたり、属性の暴走を抑え込むための魔法の微調整を、撃つたびに行っている。
つまり、俺という『演算機』がライフルの一部になってないと――ただの重い鉄の棒なんですよ」
ケンはさらに、つるりとした氷の弾を作り出し、バルガスに見せた。
冷気が部屋の空気をわずかに引き締める。
「これと同じものを、射撃の瞬間に連続で作れる人間が他にいますか?」
バルガスはしばらく沈黙し、やがて大きく溜息をついた。
「……なるほどな。お前さん自体がこの武器の心臓部ってわけか。
確かに、それじゃあ他人が真似しようにも、最初の弾一発で自爆するのがオチだ。
……分かった、安心したよ。これはケン、お前だけの武器なんだな」
「そうです。
さあ、冷めないうちに竜田揚げを食べに戻りましょう。サオリが腕によりをかけたんですから」
二人がリビングに戻ると、そこには温かい光景が広がっていた。
カミラがメモ帳を片手に、サオリに熱心に料理のコツを聞いている。
「ねえサオリ、この生姜っていう薬味、魔族の領地にも似たようなのがあるんだけど、こうやって使うと臭みが消えて最高ね!
衣に片栗粉を混ぜるのがコツなの? この食感、バルガスにも食べさせたいわ」
「そうなんです、カミラさん。二度揚げするともっとサクサクになりますよ。
あとでレシピ、まとめておきますね」
主婦同士の料理トークに花が咲く中、ケンはふと娘の皿に目をやった。
「おいリナ、パパとバルガスさんの分まで食べるなよ?」
リナの皿には、すでに自分のノルマを終えた形跡があり、さらに大皿の残りに箸を伸ばそうとしていた。
リナは一瞬動きを止め、口をもごもごさせながら精一杯の愛想笑いを浮かべる。
「そ、そんなわけないよぉ。パパたちの分もちゃんと……ノコソウトオモッテタヨ? ハハハ……」
「……リナ、語尾が震えてるぞ。目が泳いでるし」
「あはは! リナ、正直でいいわね。
ほら、まだ台所に揚げたてがあるから大丈夫よ。バルガスさんも、たくさん食べてくださいね!」
サオリが笑いながら追加の竜田揚げを持ってくると、リナの顔がパッと輝く。
「やったー! ママ大好き!」
バルガスもようやく肩の荷が下りたのか、豪快に竜田揚げを口に放り込み、ジョッキを煽った。
「……ぷはぁ!
ったく、魔王が空から降ってきたり、とんでもねぇオーパーツを見せられたり……今日は厄介な一日だったが、この飯を食うと全部どうでもよくなるな。美味い!」
サオリの微笑みと、リナの弾けるような笑い声。
そして、美味しい料理。
魔王を西の空へ吹き飛ばした後の夜は、どこまでも穏やかで、満ち足りていた。
三好家は、神様から貰った力で無双したいわけではない。
ただ、こうして家族と、気の合う友人たちと共に、美味しいご飯を囲む時間を守りたいだけなのだ。
そのために必要なら、パパはまたいつでも「ライフル」を構えるだろう。
窓の外では、西の空で一際明るく輝く星――ヴァンドレッドが、ゆっくりと地平線の彼方へ沈んでいこうとしていた。




