31話 魔王、三好家の現実を知る
三好家の借家は、家族三人で住むにはちょうど良い大きさだが、今このリビングには六人の大人がひしめき合い、異様な熱気と緊張感に包まれていた。
三好家のケン、サオリ、リナ。
そして、サオリの屋台を手伝ってくれた縁で同行した魔族の美女カミラと、その夫でありコトコト村冒険者ギルドマスターのバルガス。
そして最後の一人は、ダイニング の椅子に座らされたまま、太い縄でぐるぐる巻き――いわゆる簀巻きにされている魔王ヴァンドレッド、通称ヴァンである。
「……ケン、本当にこれが、さっき言ってた『空から降ってきた不届き者』なの?」
サオリが冷ややかな視線を簀巻きの男に向けながら、隣に立つ夫に確認する。
「ああ。森でライフルの実験をしてたら、空から『ゴペッ』とか言いながら落ちてきたんだ。
まさか、お前をナンパした奴と同一人物だとは思わなかったよ」
ケンが呆れたように答える中、娘のリナは一言も発さず、聖剣ジェディアスを鞘のまま強く握りしめていた。
その瞳には、昼間の「頬へのキス」という暴挙に対する、勇者としての――いや、思春期の少女としての静かなる怒りが宿っている。
バルガスは「よりによって魔王がうちの村の重要一家に手を出したのか……」と言わんばかりにこめかみを押さえて項垂れ、
一方でカミラだけは「ヴァン、あんた最高に無様ね」と笑いをこらえるのに必死だった。
その時、簀巻きの男が「う、ううん……」と小さく声を漏らし、意識を取り戻した。
「あれ? ここは……?
僕は確か、天使のようなお姫様に打たれて、雲の上まで飛んで……」
まだ意識がハッキリしないのか、ヴァンはぼんやりと周りを見渡した。
しかし、目の前に立つサオリと目が合った瞬間、その表情がパッと華やぎ、いつものチャラいキリッとした顔に戻る。
「やあ、サオリさん!
こんなに早く再会できるなんて、やっぱり僕たちは運命だ。
僕との結婚を前向きに考えて、ここに招待してくれたのかい?」
「いえ、全く」
サオリの即答を、ヴァンは華麗にスルーして、今度は左側に立つリナへと視線を向けた。
「おやおや、リナさん。君にそんな物騒な剣は似合わないよ。
僕と結婚して、綺麗なドレス姿で微笑んでいる方がずっと魅力的だと思わないかい?」
その言葉に、リナは一瞬だけ背中に冷たい戦慄を覚えたが、すぐに気丈に言い返した。
「私はこのままでいいの!
ドレスなんて着ないし、あんたとなんか結婚しない!」
「ははは、全く二人とも素直じゃないなぁ。……ん?」
ヴァンはふと、目の前の二人を交互に見つめ、何か名案を思いついたように手を打とうとした(が、縛られているので肩が動くだけだった)。
「もしかして君たちは姉妹かい?
そうか、二人同時にプロポーズしたから、どちらかが遠慮しているんだね。
大丈夫だよ、案ずることはない!
僕にはすでに三十人の妻がいる。もちろん全員を平等に、かつ深く愛しているよ。
だから君たち二人とも、僕の妃として同時に愛せる。
これなら問題はないだろう?」
悪びれる様子もなく、むしろ「名案だろう?」と言わんばかりのヴァンに対し、
これまで沈黙を守っていたケンが、一歩前に出て割って入った。
「済まないが、それは絶対にできない」
「おや、君は誰だい?
僕の聖なる恋路を邪魔しようだなんて、なかなかの不届き者だね」
ヴァンの挑発的な問いに、ケンは静かに、しかし断固とした口調で告げた。
「不届きじゃないさ。なぜなら――俺はサオリの夫で、リナの父親だからだ」
その瞬間、場がシーンと静まり返った。
ヴァンの思考が数秒間停止し、大きく見開かれた目がケンと、サオリと、リナを何度も往復する。
「……もしかして。サオリさんとリナさんは、親子……?」
全員が、無言で、かつ力強く頷く。
しばしの沈黙。
ヴァンは深妙な面持ちで考え込み、やがて何かを閃いたように顔を上げた。
「お父さん! 娘さんを、僕にください!」
「やらん」
即答である。
光の速さでの拒絶に、ヴァンは必死に食い下がった。
「そんなこと言わないでください!
僕はこれでも一国の王ですよ。僕と結婚すれば、娘さんは必ず幸せになれる!
財宝も地位も約束します!」
「君の国は、確か西の方にあったよな」
ケンの冷静な問いに、ヴァンは胸を張った。
「ああ、僕は西にある魔王国アビスガルドの王、ヴァンドレッドだ。
びっくりしたかい? さあ、そんな偉大な王に娘を――」
ケンはヴァンの言葉を最後まで聞かず、横にいたバルガスに向き直った。
「バルガスさん、ちょっと聞いてほしいことがあるんです。……外で」
「ああ、それは構わないが……穏便にな」
「おや、いよいよ結婚の条件についての相談かい?
それなら僕に直接言ってくれていいんだよ、お父さん!」
「じゃあヴァン、お前も外に来るか?」
「ああ、構わないよ!
それよりまず、この縄を解いてくれないかい?」
「もう少し待ってくれ。サプライズがあるからな」
ケンはそう言うと、ヴァンを椅子に固定したまま外へと運び出した。
村の端にある、今は誰もいない開けた広場。
そこに、ケンとバルガスそして簀巻きのヴァンドレッドが集まった。
「バルガスさん、これなんですが」
ケンが取り出したのは、昨日道具屋で購入し、今朝の実験で完成させたばかりの太い金属パイプだった。
「ん? それは……ただのパイプだな。それがどうしたんだ?」
バルガスが不思議そうに覗き込む中、ヴァンも口を挟む。
「そんな棒切れ、武器にはならないだろう?
護身用の杖にしても短すぎる」
「じゃあ、お見せしましょうか」
ケンが指を鳴らす。
その瞬間、パチッという音と共に、ヴァンの身体に青白い静電気が走った。
「これは、僕が『ライフル』と名付けた魔道具です。
こうやって俺の魔法で雷を小さく纏わせると、狙いを定めなくても当たります。
このように」
ケンが無詠唱で、適当な方向にライフルを向け、魔力を流す。
すると、パイプの先から放たれた雷の弾が、まるで生き物のように空中で不自然なカーブを描き、椅子に縛られたままのヴァンに直撃した。
「あが、がががっ!?
ち、ちょっと……こ、こんなに痺れると、な、何もできないじゃないか!」
何度も繰り返される雷の洗礼に、魔王はガタガタと震えながら叫ぶ。
「何もしなくていい。
何もできないまま、自分の国に帰れ」
ケンの目は笑っていなかった。
「な、何もできないから、か、帰れないじゃないか……!」
「いや、帰れるよ。
この別のもう一つのライフルには、もう一つ違う『機能』がつけてあるんだ」
ケンはヴァンの東側に回り、ライフルを水平に構えた。
その銃身には、新たな魔法陣が浮かび上がる。
「さっきの答えをもう一度言うよ。
娘はやらないし、サオリにも二度と近づくな。……これでおさらばだ。エアショット!」
ライフルの先端に、超高密度に圧縮された特大の空気弾が形成される。
それが開放された瞬間、爆音と共に凄まじい衝撃波がヴァンの椅子を直撃した。
「アッ――!?
リナちゃん、僕は諦めーーーーーーー……!!!」
断末魔に近い絶叫を響かせながら、魔王ヴァンドレッドは椅子に固定されたまま空高くへと跳ね飛ばされた。
重力と物理法則を置き去りにしたその弾道は、夕日の沈むオレンジの空を貫き、本日三度目となる「キラリと光る星」となって、西の空へと消えていった。
静かになった広場で、ケンはライフルの銃身を軽く吹き、満足げに頷いた。
「……よし、射程距離も威力も問題なしだな」
その背後で、バルガスは遠くの空を見つめながら、深いため息をついた。
「……ケン。お前、魔王を道具の実験台にするなんて、本当にとんでもない男だな……」
「家族を守るためですから。
あ、バルガスさん、今の威力なら実用性も十分ですよ」
「ははは……頼もしいよ、全く」
三好家の借家に戻ると、サオリとリナが温かいお茶を用意して待っていた。
「パパ、あの変な人どうしたの?」
「ああ、ちゃんと『お帰り』いただいたよ。
しばらくは戻ってこないだろう」
ケンの言葉に、リナはホッと胸をなでおろし、サオリは優しく微笑んだ。
「お疲れ様、ケン。さあ、夕飯にしましょう。
今日はカエル肉がまだ残ってるから、今度は和風の竜田揚げにしてみたわ」
「やったー! 唐揚げ大好き!」
リナの歓声が響く。
外では魔王が空を飛んでいるというのに、三好家の食卓は今日も変わらず、賑やかで平和な空気に満ちていた。
異世界の隅っこで、最強の家族は今日もまた一つ、厄介ごとを(物理的に)吹き飛ばして、幸せな夕食を始めるのだった。




