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あの日の君に会いに』 ――二人の始まりの場所へ。愛した日々を、もう一度確かめるために。  作者: 雨宮ぐみ


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第9話 阿寒湖のマリモ

第9話 阿寒湖のマリモ


遊覧船の出航時間が近づいていた。


美佐子たちは乗り場へ向かう。


湖の上には、これから乗る遊覧船がゆっくりと停まっている。


「大きいね」


次女が船を見上げた。


「これに乗るんだ」


「そうよ」


美佐子も船を見ながら頷いた。


40年前。


修一と二人で、この阿寒湖の遊覧船に乗った。


あのときは、二人とも若かった。


そして今は、娘たちと一緒に乗ろうとしている。


「お母さん?」


長女が呼んだ。


「どうしたの?」


「何か思い出してた?」


美佐子は少し笑った。


「ええ。でも大丈夫」


「そっか」


長女はそれ以上聞かなかった。


三人は船に乗り込んだ。


やがて汽笛が鳴り、船がゆっくりと岸を離れていく。


「出た!」


次女が窓の外を見る。


阿寒湖の水面が船の後ろで静かに揺れている。


湖の向こうには雄大な山々。


風が心地よく吹いていた。


「気持ちいいね」


美佐子が言った。


「うん」


三人は船の外の景色を眺めた。


「お母さん、昔もこんな景色だった?」


次女が聞く。


「そうね」


美佐子は湖を見ながら答えた。


「湖は変わらないわね」


「お父さんも、ここで同じ景色を見たんだ」


「そうよ」


美佐子は微笑んだ。


それ以上は話さなかった。


今は、娘たちとこの景色を楽しみたかった。


船は湖の上を進んでいく。


やがて、マリモ展示観察センターへ向かう案内が流れた。


「マリモ!」


次女が嬉しそうに言った。


「早く見たい」


「そんなに楽しみなの?」


「だって、北海道に来たらマリモでしょう」


「そういうもの?」


「そういうもの」


長女も笑った。


船を降り、三人はマリモ展示観察センターへ向かった。


中に入ると、マリモについての展示が並んでいる。


「へえ……」


美佐子は説明を読みながら、展示を見ていく。


「お母さん、これ見て」


長女が水槽を指差した。


丸いマリモがいくつも並んでいる。


「本当に丸いね」


「かわいい」


次女が水槽を覗き込む。


「これ、触れるの?」


「触ったらダメでしょう」


美佐子が笑う。


「分かってるよ」


「今、絶対触ろうとしたでしょう」


「ちょっとだけ」


「もう」


三人で笑った。


しばらくして、美佐子は一つの水槽の前で足を止めた。


丸いマリモが、水の中で静かに揺れている。


「……お母さん?」


長女が振り返る。


「何でもないわ」


美佐子は笑った。


けれど、40年前にここで修一とマリモを見たことを思い出していた。


あのときも、こうして二人で並んで見ていた。


若い修一が、真剣な顔でマリモを見つめていた。


そして今。


同じ場所で、娘たちとマリモを見ている。


時間が長く流れたことを、美佐子は改めて感じた。


「お母さん」


次女が呼ぶ。


「こっちのマリモ、大きいよ」


「本当?」


美佐子が娘の隣へ移動する。


「まあ、大きいわね」


「お父さんと見たのも、こんな感じだった?」


「そうね」


「じゃあ、同じだ」


美佐子は少し考えてから首を横に振った。


「同じだけど、違うわ」


「?」


「昔はお父さんと二人で見たでしょう?」


「うん」


「今日はあなたたちと見てる」


美佐子は二人の娘を見た。


「だから、今日のマリモは今日の思い出よ」


長女が微笑んだ。


「うん」


次女も頷く。


「じゃあ、写真撮ろう」


「マリモの?」


「うん」


「お母さんも入って」


「また?」


「記念だから」


三人はマリモを背景に写真を撮った。


次女が写真を確認する。


「いい感じ!」


「見せて」


美佐子がスマートフォンを覗き込む。


そこには、マリモと一緒に笑っている三人の姿が写っていた。


美佐子は、その写真をしばらく眺めた。


「いい写真ね」


「でしょう?」


「ええ」


美佐子は小さく頷いた。


昔の写真には、若い自分と修一がいる。


そして今、新しい写真には娘たちと自分がいる。


どちらも、大切な写真だ。


帰りの船に乗るころには、午後の光が湖を照らしていた。


三人は並んで窓の外を眺める。


「お母さん」


長女が言った。


「今日はどうだった?」


美佐子は湖を眺めながら答えた。


「楽しかったわ」


「昨日も言ってたね」


「そうね」


美佐子は笑った。


「北海道に来てから、楽しいことが増えたわね」


次女が嬉しそうに笑う。


「じゃあ、明日も楽しいこと探そう」


「ええ」


船は静かに湖を進んでいく。


美佐子は窓の外を眺めながら、ふと思った。


40年前、修一と見たマリモ。


そして今日、娘たちと見たマリモ。


大切な人と見た景色は、時間が経っても消えない。


けれど、新しい人と見ることで、新しい思い出も生まれていく。


そのことを、美佐子は少しずつ受け入れ始めていた。


遊覧船はゆっくりと岸へ戻っていった。

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