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あの日の君に会いに』 ――二人の始まりの場所へ。愛した日々を、もう一度確かめるために。  作者: 雨宮ぐみ


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第6話 釧路和商市場の海鮮丼

第6話 釧路和商市場の海鮮丼


釧路湿原を後にした三人は、車で釧路市街へ向かった。


窓の外を流れていく景色を眺めながら、美佐子は助手席で静かにしていた。


さっきまで見ていた二羽の丹頂鶴。


そして、娘たちに話した修一との思い出。


心の中には、まだその余韻が残っていた。


けれど、後部座席から次女の声が飛んできた。


「お母さん」


「なに?」


「お腹空いた」


美佐子は思わず笑った。


「もう?」


「もうっていうか、朝からあんまり食べてないもん」


「飛行機の中で食べたでしょう」


「お菓子は食べたけど、あれは食事じゃないよ」


長女が運転しながら笑う。


「お母さんもお腹空いてるんじゃない?」


「……少しね」


「ほら!」


次女が嬉しそうに声を上げた。


「じゃあ、北海道の海鮮丼!」


美佐子は窓の外を見ながら微笑んだ。


「海鮮丼かぁ……」


「釧路といえば海鮮でしょ」


「そうね」


「お父さんとも食べた?」


その一言に、美佐子は少し考えた。


「……食べたわよ」


「やっぱり!」


「でも、海鮮丼だったかしら」


美佐子は記憶を辿るように目を細めた。


「昔は今みたいに、好きなものを選んで乗せる感じじゃなかった気がするわ」


「じゃあ、今日はお母さんが好きなものをいっぱい乗せよう」


「そんなに食べられないわよ」


「大丈夫。私たちが手伝うから」


「あなたたち、自分が食べたいだけでしょう」


車内に笑い声が広がった。


やがて、釧路和商市場に到着した。


市場の中へ入ると、魚介の匂いが一気に広がった。


店先には新鮮な魚が並び、店員の声が飛び交っている。


「わあ……」


次女が目を輝かせる。


「すごい!」


「何から食べよう」


「ちょっと待って。まずは落ち着いて」


長女が妹を止める。


「海鮮丼は逃げないから」


「でも、私のお腹は逃げそう」


「何それ」


美佐子も笑った。


市場の活気を感じながら歩いていると、美佐子の表情も自然と明るくなっていった。


「お母さん、これ見て」


長女が魚を指差す。


「新鮮そうね」


「こっちもおいしそう」


「そんなに見たら、全部食べたくなるわね」


「じゃあ全部乗せる?」


「無理よ」


三人で相談しながら、海鮮丼の具を選んでいく。


マグロ。


サーモン。


イクラ。


ホタテ。


そして、北海道らしい海の幸。


「お母さんは何にする?」


「そうね……」


美佐子はしばらく迷った。


「イクラ、乗せようかしら」


「珍しい!」


次女が驚く。


「お母さん、昔からイクラそんなに食べなかったじゃん」


「そうだった?」


「そうだよ」


「じゃあ、北海道だから食べてみようかしら」


「いいじゃん!」


やがて、それぞれの海鮮丼が出来上がった。


三人は席についた。


目の前に並んだ海鮮丼を見て、次女が言った。


「いただきます!」


「ちょっと待って」


長女がスマートフォンを取り出した。


「写真撮る」


「また写真?」


美佐子が笑う。


「せっかく北海道に来たんだから」


「じゃあ、お母さんも入って」


「海鮮丼だけでいいでしょう」


「だめ」


次女が美佐子の隣に顔を寄せる。


「今日のお母さんと海鮮丼」


「何それ」


「記念」


美佐子は笑いながら、娘たちと一緒に写真に収まった。


シャッター音が響く。


「よし!」


「じゃあ、今度こそ」


三人で箸を持つ。


「いただきます」


まず、美佐子はイクラを口に運んだ。


「……おいしい」


思わず声が出た。


「でしょう?」


次女が得意そうに笑う。


「お母さん、もっと食べて」


「あなたは私にどれだけ食べさせたいの?」


「北海道に来たんだから、いっぱい食べないと」


美佐子は笑いながら、もう一口食べた。


新鮮な魚介の味が口いっぱいに広がる。


「おいしいわね」


その言葉を聞いて、娘たちも嬉しそうに笑った。


食事をしながら、三人はこれからの予定を話した。


「次はどこ?」


次女が尋ねる。


「明日は阿寒湖」


長女が答える。


「そのあと摩周湖。それから神の子池」


「神の子池?」


美佐子が聞き返した。


「うん。お母さんたちの新婚旅行では行ってない場所なんだって」


美佐子は少し驚いた。


「そうなの?」


「うん。昔の旅行の写真にもなかった」


美佐子は考えた。


修一と二人で訪れた場所。


修一と見た景色。


修一と交わした言葉。


これから向かう場所の中には、二人が行った場所もある。


けれど、二人が知らない場所もある。


「じゃあ……」


美佐子は海鮮丼を見ながら、ふっと笑った。


「そこは、私も初めて見る景色なのね」


「そうだよ」


次女が嬉しそうに言う。


「お母さんの新しい北海道だね」


その言葉に、美佐子は顔を上げた。


「新しい北海道……」


その言葉を、心の中でゆっくり繰り返した。


修一との思い出を辿るために始めた今回の旅。


けれど、すべてが過去を追いかける旅ではないのかもしれない。


昔、修一と見た景色。


そして、これから娘たちと初めて見る景色。


どちらも、自分の大切な思い出になる。


美佐子は小さく笑った。


「明日が楽しみね」


長女と次女が顔を見合わせる。


「今、お母さん言った?」


「言ったね」


「楽しみって」


「ええ」


美佐子は笑った。


「だって、せっかく北海道に来たんだもの」


次女が嬉しそうに手を叩いた。


「よし! 明日もいっぱい歩こう!」


「ええ」


「朝早いよ?」


「……それは嫌ね」


「そこは即答なんだ」


三人の笑い声が、市場の中に響いた。


窓の外では、釧路の街を午後の光が照らしている。


美佐子はもう一度、娘たちと撮った写真を見た。


そこには、海鮮丼を前に笑っている自分が写っていた。


久しぶりに見る、自分の笑顔だった。


そして美佐子は思った。


この旅で、もう少し笑ってみてもいいのかもしれない。


修一との思い出を大切にしながら。


娘たちとの新しい思い出も、少しずつ増やしていけばいい。


そう思いながら、美佐子は最後の一口をゆっくりと口に運んだ。

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