第29話 久しぶりの料理
第29話 久しぶりの料理
北海道から帰ってきて、ひと月ほどが過ぎた。
美佐子の生活は、少しずつ変わっていた。
朝はカーテンを開ける。
天気がよければ散歩に出る。
スーパーへ買い物にも行く。
そして、娘たちから連絡が来れば、以前よりも気軽に外へ出るようになった。
その日の昼。
美佐子は冷蔵庫を開けた。
「さて……何を作ろうかしら」
冷蔵庫の中には、野菜や肉、卵などが入っている。
しばらく眺めていたが、ふと思った。
「久しぶりに、ちゃんと料理してみようかしら」
修一が亡くなってから、美佐子は料理をすることが減っていた。
一人分なら、簡単なもので十分だった。
ご飯を炊いて、適当におかずを作る。
あるいは、買ってきたもので済ませる。
それでよかった。
けれど今日は違った。
「よし」
美佐子は腕まくりをした。
まず、野菜を切る。
包丁を持つ感覚も、久しぶりだった。
「こんなに大きく切ったかしら」
自分で切った野菜を見て、笑う。
次に肉を焼く。
フライパンから、じゅうっと音がする。
「いい匂いね」
味付けをして、盛り付ける。
少し時間はかかった。
けれど――
「できた」
テーブルの上に料理を並べる。
一人分の昼食。
特別な料理ではない。
でも、自分で作った。
美佐子は椅子に座り、手を合わせた。
「いただきます」
一口食べる。
「……うん」
思ったより、おいしい。
「私、まだ料理できるじゃない」
思わず笑ってしまう。
そのとき、スマートフォンが鳴った。
長女からだった。
『お母さん、何してる?』
美佐子は料理を見ながら返信する。
『今、久しぶりに料理してるの』
すぐに返事が来た。
『え! 何作ったの?』
『肉料理と野菜のおかず』
『写真送って!』
「写真?」
美佐子は料理を見る。
そしてスマートフォンを構えた。
パシャッ。
撮った写真を送る。
数秒後。
『すごい!』
続いて、
『ちゃんと料理してる!』
『失礼ね』
美佐子は笑いながら返信した。
『今度、食べに来る?』
すると、すぐに返ってきた。
『行く!』
さらに次女からもメッセージが届いた。
『私も行く!』
「……もう決まったのね」
美佐子は笑った。
数日後。
娘たちがやって来た。
「お母さん、今日は何?」
「この前作った料理をもう一度作ってみたの」
「楽しみ!」
三人でテーブルを囲む。
娘たちが料理を一口食べる。
「おいしい!」
「本当?」
「うん!」
次女も頷く。
「これ、また作ってよ」
美佐子は嬉しそうに笑った。
「じゃあ、今度は違う料理にしてみようかしら」
「いいね」
「何がいいかな」
三人で料理の話をする。
その時間が、楽しかった。
料理そのものよりも――
「次は何を作ろう」
そう考えている自分が、少し嬉しかった。
以前は、明日のことを考えるのが苦しかった。
今は違う。
明日何を食べよう。
次はどこへ行こう。
娘たちといつ会おう。
そんな小さな予定が、少しずつ増えている。
娘たちが帰ったあと、美佐子は台所を片付けた。
食器を洗いながら、ふと手を止める。
窓の外を見る。
夕方の空が赤く染まっていた。
「……少しずつね」
美佐子は小さくつぶやいた。
無理をする必要はない。
急ぐ必要もない。
ただ、自分ができることを一つずつ。
料理をする。
散歩をする。
娘たちと食事をする。
そんな何気ない毎日を重ねていけばいい。
美佐子は洗った皿を拭きながら、微笑んだ。
明日は何を作ろうか。
そんなことを考えながら――
久しぶりに、明日の朝が少し楽しみになっていた。




